022 光の妖精
「あーあ、これルッタに怒られちゃうよねぇ」
延々と撃ち出され続ける魔力弾を避けながらリリがそう漏らす。
後方より追いかけてくるのは三頭首の巨大鮫が二体。それはルッタが狙っていた獲物のシャークケルベロスであった。
イータークラウドと共に港町に襲来したこれらをリリが引きつけて町から距離をとり、その眷属たるオーバルシャークもタイフーン号が相手にすることによって彼らは港町からシャークケルベロスの群れを離すことに成功していた。それがなければ港町はとっくに鮫たちに蹂躙されて壊滅していただろう。
「ルッタがいれば一体ずつ仲良く分けられたのに。このままだとルッタは鮫殺しからエイ殺しになっちゃうよね」
リリがそんな独り言を言っている間もケルベロスシャークたちの砲撃は止まない。三つの首から順に撃ち続けている。それは織田信長の三段撃ちと同じ理屈であり、それが二体でフレーヌを狙って撃って来ているのだ。その連射攻撃には終わりがなく、通常のアーマーダイバーであれば数十機と落とされてもおかしくはない、ランクBでは収まらないほどの秒間火力を持つ飛獣がシャークケルベロスであった。
けれどもリリにとってそれらを避けることは難しくはなく、面倒ではあるもののそれほどの脅威ではない相手という認識だ。
「うーん、撃たせ続けてもまったく止まらないか。かといっていつも使ってないアレに頼るのは負けた感じだし」
ちらりとリリが離れた位置にいるタイフーン号を見る。あの船にはキャリバーと同じくフレーヌと共にサルベージされた専用装備の盾が眠っている。
それを使えば魔力弾を避ける必要はなく、距離を詰めて即座に撃破することも容易だろう。
けれどもリリはヒットアンドアウェイを基本とする自身のスタイルのためにあえて盾を使わず、代わりに魔導長銃を所持している。当たらぬのだから盾など要らぬし、それよりも火力を優先させた形だ。
そして本来であればそれはあり得ないことだった。何故ならばオリジンダイバーと一緒に発掘されたオリジネーターはいわばセットの存在であり人機一体と言えるもの。両者が完全に同期するように調整されているために戦闘スタイルがズレるということはあり得ないはずなのである。
けれども、そのようなオリジンダイバーとオリジネーターの関係を理解している者はタイフーン号にはおらず、リリはただ己のやりたいように戦っている。
「だから、予定通りにハメさせてもらうね」
そう口にしたリリが突如としてフレーヌを急旋回させて魔導長銃を撃つと、直後に緑の霧の中の三方向からシャークケルベロスたちへと銃撃が放たれた。
それはアンを除いた三機のタレットドローン『シルフ』たちの所業であった。彼女たちはステルス状態でこの場に潜伏し、誘導してきたリリの合図で一斉に魔導銃を撃ったのだ。
「!?」
その攻撃を受けてシャークケルベロスの一体の右目と右脇腹、もう一体はヒレと背部にダメージを受けて動きがわずかに止まった。突然の反撃にシャークケルベロスは即座に対応できなかった。
「あはははは、動くのをやめたら駄目だよ」
さらにリリがルミナスフェザーを大きく広げてシャークケルベロスに向かって急加速をすると、一体を魔導長銃で撃って牽制しながら、もう一体へと飛びかかってキャリバーを振り下ろした。それに気付いたシャークケルベロスが避けようととっさに動くが、
「おっそぉおおい!」
フレーヌの専用兵装であるキャリバーから発生している魔力刃はすでに20メートルを超えている。その間合いから逃れるにはあまりにも動作が遅過ぎた。
「はい一匹目」
振り下ろされた必殺の斬撃はシャークケルベロスを真っ二つに切り裂き、ふたつになった肉の塊が緑の雲の中に落下していく。
「これで残りは一体」
そう言って、リリがペロリと舌を出しながら妖艶に笑う。その気配に気付いたのか、もう一体のシャークケルベロスは怯えたように後ずさった。それは生物としての本能のなせるものか。けれどもその時点でシャークケルベロスの存在はもはや捕食者ではなく被食者の側であった。獰猛な肉食獣を前に怯える、憐れな獲物でしかなかった。
「リリが行く前に終わってないとそっちもいただいちゃうよルッタ?」
そして光の翼をはためかせた白き怪物が空を駆け、もう一体の飛獣を斬り裂いてこの場の戦いに決着がついた。