019 試し切りの相手
「ルッタ! それに先輩も無事だったんだな。良かった。ん? あの……先輩、大丈夫ですか?」
「いや、駄目。オェーーーーー」
「ぎゃーーーーー」
もはやスクラップ同然となったロボクスの中から出てきたルッタとアマナイを出迎えたコーシローであったが、穢れたマーライオンと化したアマナイの攻撃を受けた彼は酸っぱい臭いにオエっとなった。ルッタはスゥッと距離を取った。
それは常人がルッタと共に機体に乗った代償だ。ましてやホバー移動もできないロボクスでのアクロバティック戦闘は寝起きの身にはクルものがあったのだろう。
そしてアマナイを職員に押し付けたコーシローが酸っぱい匂いから避けるように歩いているルッタに青筋を立てながら「こっちだ」と言って、ブルーバレットの置かれているガレージへと向かい始めた。
「まったく。先輩を助けてくれたことには感謝するけどな。ルッタ、お前は何やってんだ?」
「えーとトラウマ克服?」
「なんだよそりゃ。ま、無事ならいいけどよ」
首を傾げるルッタを見てコーシローも首を傾げるが、答えは出ない。最初はアマナイの心情を思ったり、過去の記憶からの怒りを感じたりした結果、道中の住人を助ける……などという行為を始めたルッタであったが、集中し過ぎていつしか縛りプレイで無双することに重きを置くようになっていた。
これがゲームであれば間違いなくハイスコアで、初見でワールドレコード達成クラスであると自負できるほどだ。敵のエンカウント率や数などの運要素も絡むので、再び同じことをしろと言われてもできる気がルッタにはしない。何にせよハンターとして良い仕事をしたのは確かであった。
「ともかくだ。こっからは頭を切り替えろよ。現在タイフーン号が別の場所で高ランクの飛獣とやり合ってるのは聞いてるな?」
「うん。アマナイさんから軽くは聞いてる。それで、コーシローさんがブルーバレット持ってきてくれたんだよね」
ルッタの言葉にコーシローが頷いた。
「そうだ。まあ普通のイータークラウドなら終わるまでジッとしとけって言うところなんだがな。問題はこのイータークラウドは普通じゃないってことだ」
「このまま放っておいても晴れないってのは聞いたけどさ。それってどういうこと?」
「原因はこいつだよ。読んどけ」
そう言ってコーシローが渡したのは飛獣に関して情報がまとめられた書類で、そこに描かれているのは放電している巨大なエイの怪物であった。
「ガルダスティングレー……って書いてあるね?」
「ああ、そうだ。擬似的にイータークラウドを発生させて島に上陸して襲ってくるランクA飛獣……らしい。今回の騒動はこいつが原因だ」
「そんな飛獣がいるんだ?」
「ここら辺じゃ見かけないはずの飛獣なんだけどな。まあ実際にいたんだから仕方ない。知ってるヤツもほとんどいなくて特定に時間がかかったぜ」
「ということは風の機師団はこいつを相手にしてる?」
ルッタがそう尋ねるとコーシローは首を横に振った。
「いいや、みんなが戦っている相手は別だ。それで、お前に頼みたいことがあってだな。ん?」
ルッタがコーシローと話しながらブルーバレットのいるガレージ内に入ると何やら中が騒がしい様子だった。
「おい、まだ機体があるじゃねえか」
「これは風の機師団の所有物ですよ」
「そんなこと言ってる場合か。機体があるなら俺が使う。町の人間を守りたくねえのかよ」
騒ぎが起きているのはブルーバレットの前で、ゴツい男がブルーバレットに乗ろうとして職員に止められているようだった。
「何やってんのアレ?」
「どさくさに紛れて奪おうとしてんのか、乗り手希望が暴走してんか。あー面倒臭いな」
コーシローが眉間に皺を寄せながら頭をかいて職員に声をかけようとしたが、ルッタは戸惑うことなく真っ直ぐにブルーバレットへと歩いていく。
「おい、ルッタ?」
「だからよー。何度も言わせるんじゃねえよ。緊急事態なんだろ。機体が余ってんなら」
「ねえおじさん」
「あん? なんだこのガ……ゴッ」
直後、ルッタの持つガンソードから鎮圧用の雷撃弾が放たれると大男が吹っ飛んで放電しながらゴロゴロと転がっていった。
「邪魔だよ邪魔」
ルッタが忌々しそうな顔で転がっていった大男を見ながらそう口にする。テオに鍛えられたルッタはアーマーダイバーの泥棒には非常に厳しい子供であった。基本的にGの亜種のようなモノだとすら思っている。
なお、ジャッキーより貰ったガンソードの魔弾の中身は雷撃弾。人間相手では見ての通りだが、飛獣相手では豆鉄砲の通常弾よりも効果があるためにアーマーダイバー乗りにとっては最善の装備とも言えるものであった。
そんなルッタの対応にコーシローが呆れた顔をしながら近付いてくる。
「お前、本当にここぞというときに容赦がないよなぁ。さすがドラゴンスレイヤーってことか」
「盗人は害獣だから。テオ爺ならトドメを刺せって怒るだろうけど、対処はギルドの人にお任せするよ」
その言葉にギルド職員がなんとも言えない顔でコーシローを見たが、対してコーシローは苦笑いをして頷いた。処分はお任せしますということであった。
そんなやりとりの間にもルッタはブルーバレットのコックピット内に入り、中に用意されていた自分のダイバースーツを着て、それから機体をチェックし始めた。
「うん、チェック完了。オールグリーン。問題なしか」
機体に不備がないのを確認したルッタは先ほどコーシローに渡された飛獣の情報が書かれた紙に目を通しながら、外にいるコーシローに話しかける。
「それでコーシローさん。ここからの話だけど俺はタイフーン号に戻るの? それとも町の防衛に参加する?」
『いいや。タイフーン号にはリリたちがいるから大丈夫だ。港町にいる飛獣のランクは低いし、今の戦力でも十分もつだろうよ』
その返しにはルッタも頷いた。シーリスとジェットの実力は確かで、タイフーン号自体の戦闘力も低くはない。何よりもリリがいるのだから自分が居らずともルッタに不安はなかった。
この場の防衛についても、そもそもルッタがここに来るまでにロボクスでかなりの数を間引いている。そこにブルーバレットが加わわるのは過剰戦力だろう。だからコーシローがルッタには頼んだのは別のことで、それは……
『ルッタ、お前にはガルダスティングレーの討伐をお願いしたいんだ』
拡声器を使ってルッタに頼んだコーシローの言葉に周囲が騒ついた。
『さっきも話したがガルダスティングレーはランクAだ。で、そいつは現在ソメイロ山に向かっている』
「ソメイロ山ねぇ。となると狙いは……島の天導核?」
ルッタの問いにコーシローが頷く。
ソメイロ山はすべての天空島に存在する島の中心にある水山だ。その真下には島の核である天導核が埋まっている。
『そうだろうな。麓の領都からは天導核まで繋がっている地下通路もあるはずだ。だからそこに向かっているガルダスティングレーに対してはジアード天領軍が対処にあたってるはずで、その応援にハンターギルドからもこの島の最高戦力を送ったんだがランクはC。ランクA相手だと分が悪いと言わざるを得ない……ってのは分かるな』
「そりゃあね」
ランクA単体であってもこの島の戦力では厳しい戦いが強いられるだろうが、そこに眷属が戦力として加わり、さらには島中に放たれた飛獣の対処のために天領軍の戦力はバラけていて結集することができない。ランクCクランもハンタークラン全体で見れば中堅以上の強者の部類に入りはするが、ランクA飛獣相手では当然心許ない。
『だからお前の出番ってわけだルッタ』
そしてコーシローが笑みを浮かべて、こう言った。
『チェーンソーの試運転ついでにランクA飛獣を殺っちまおうぜ』
整備組であるコーシローはルッタの実力が高いことは理解していてもさすがにランクAに挑ませるのには抵抗があったのですが、リリが「ルッタなら大丈夫」と太鼓判を押してギアも頷いてクランとしてルッタに頼むことになったので、ルッタを不安がらせないようにあえて強気に振る舞ってる……的な感じのラストのコーシローの台詞です。