017 再誕の記憶
「グルルル」
ランクE飛獣フライリザード。
それは4メートルにも及ぶ全長をした、ムササビのような飛膜を持つトカゲ型飛獣だ。
竜雲海を飛ぶのがさほど得意ではなく、またアーマーダイバーよりも小さいために比較的狩りやすい飛獣として知られているが、それは竜雲海上でアーマーダイバーと対峙した時の話だ。地上戦においてはその手足を生かした機動力により、同ランク帯の飛獣の中ではより危険度が増すと言われている。
そんなフライリザードの一体がイータークラウドと共にジアード天領へと入り込み、港町内を闊歩していた。
「グル……ギャア?」
ふと何かに気付いたフライリザードが周囲を見渡す。どこかで人間の匂いがした気がしたのだ。
そして目についた人間の形をした何かに噛み付いたが、それはただ硬いだけで人間ではなかった。
であれば、餌である人間は一体どこにいるのかと周りを見た……次の瞬間だ。
「ギャッ」
奇妙な人間もどきのいた建物の横の大きな扉がドガンッという音と共に吹き飛んだ。
「はい、おジャマー」
直後、驚いたフライリザードの喉元に突然黒い剣が突き刺さる。
「ギ……ィ?」
それが扉の奥から投げられたものだとフライリザードも気付いたのだが、即座に身動きすることができない。それは黒い剣から発せられる根源的な恐怖がフライリザードを一瞬立ち止まらせたためであった。
「うん? 反応が鈍い?」
そんな人間の小さな声が聞こえた気がしたが、その時にはフライリザードの首は白い剣で斬り飛ばされており、声の主の正体に気付くことなく永遠の眠りにつくこととなった。
―――――――――――
「さすが竜の牙でできた剣だね。甲殻もない飛獣なら十分に斬り飛ばせるんだ」
アキハバラオー最強レアロボ武器商店ジアード支部。その店の横にあるガレージ入口から出てきたロボクスの中でアマナイが興奮した口調でそう口にした。外に出る前まではロボクスでの戦闘に懐疑的だったアマナイであったが、ルッタがフレイリザードをなんなく仕留めたことで疑念も恐怖も吹き飛んだようである。
「魔力刃のない魔導剣は剣の形をした棒だけど、こいつは本当に剣なんだね。危ないし模擬戦では普通の魔導剣使った方が良さそうだね」
一方でルッタの方はといえば、牙剣の予想以上の切れ味に驚きを隠せないでいた。
実のところ、魔導剣は剣と言いながらも魔力刃なしでは刃を潰した金属の棒のようなものでしかなく、模擬戦などで使用する非殺傷モードはクッションのような弾性を帯びるために機体を傷つけないようになっている。
けれども簡易魔力刃発生装置を取り付けて竜の牙に流しているだけの黒牙剣と白牙剣は違う。魔力刃がなくとも、ソレは正しく剣であり、強力な殺傷能力を有していた。
そしてその二刀を持っているのは作業用機体のロボクスであり、ルッタとアマナイは現在そのロボクスに乗ってガレージから地上に出てきたのである。
「ねえアマナイさん。今斬りつけたフライリザードの様子が若干おかしかった。どうも刺さった瞬間に麻痺したみたいに動きが止まったようなんだけど」
「ああ、私も見たよ。恐らくだけど黒牙剣に宿っている黒竜の気配に当てられたんじゃないかな。攻撃性の高い飛獣の素材を使うとたまにそういう現象が起こるんだ」
「へぇ。それは面白いね」
知らなければ何かあるのではと躊躇してしまうだろうが、そういうデバフがかかることが分かっているならさらに追い討ちをかけることも可能になる。狩りが捗りそうだとルッタは笑う。
「それにしても有線仕様のロボクスが外でも普通に動いてる。凄いねアンくんは」
「以前にも同じような状況があってさ。今回はアンがいてくれて助かったよ」
『Pi』
ロボクスの背部に接続されてるタレットドローンのアンが電子音で返事をした。
本来であればロボクスは竜雲海に接触した魔力変換装置によって取り込んだ竜雲を利用可能な魔力に変換し、それをケーブルによって供給されることで動くものだ。竜雲は魔力変換装置なしでは利用可能なエネルギーにはならないし、ロボクスとアーマーダイバーの最大の違いは魔力変換装置を組み込んだ上で小型化された動力である機導核の有無にあった。それをアンはロボクスのケーブル接続部に自ら取り付き、装填していた魔鋼弾を魔力に還元して機導核代わりとなっていたのである。
「ただロボクスは戦闘用じゃないからね。無茶はできないよ」
「分かってるってアマナイさん。乗っている時間ならアーマーダイバーよりもこっちの方が長いし、まあなんとかなるでしょ」
それはかつてヴァーミア天領でリリがしたことの焼き増しだ。この状態でルッタたちはハンターギルドまでの向かうつもりであった。
「とはいえアーマーダイバーと違って視界が悪いし、レーダーがないのは辛いな。アマナイさん、悪いけど周辺警戒を一緒にお願い」
「分かったよ。って、上!」
「うぃっす」
リッタがアームグリップを操作し、建物の屋根の上から飛び降りてきたフライリザードを黒牙剣で貫く。
「パワーはなくとも相手の勢いを利用すれば……ね」
そう言いながらルッタは突き刺したフライリザードをそのまま真横に切り捨てる。なるべくロボクスの負担にならぬよう骨を避けての切り方をしたことにアマナイが目を丸くするが、それはアーマーダイバーで解体作業も行うルッタには手慣れたものだった。
「それじゃあさっさとギルドに……ん?」
ルッタの耳に人の悲鳴が届いてきた。それもひとつやふたつではない。間違いなく複数の人間が飛獣に襲われているのが分かる。今倒したフライリザードは地上戦に向いた飛獣でシェルター内の人間の臭いを嗅ぎつけられるタイプだ。
(ガレージも崩されかけたほどだから、一般の家のシェルターでも厳しいよね。けれども)
ルッタの今の目的は港町を守ることでも住人を救うことでもない。戦闘に向かない作業用のロボクスを使っているのだから、敵をなるべく避けてハンターギルドに向かうことこそが正しい選択だ。ただルッタは見てしまった。悲鳴の声に泣きそうな顔になるアマナイの姿を。
こんな世界だ。周囲の人間との繋がりは大切で、きっと元の世界の倫理も持っているアマナイにとって身近な人間が食われようとしているのに自分は逃げだそうとしていることが辛いのだろう。けれども、だからと言って助けて欲しいとアマナイは口にしない。それが許される状況じゃないことを彼女は理解している。だから救うという判断が許されているのはルッタだけだ。であればとルッタはボソリと呟いた。
「ま、通りすがりに人助けくらいはいいよね」
「え?」
アマナイがルッタの言葉の意図を察し目を丸くする。
「大丈夫だよアマナイさん。今はイータークラウドのおかげで魔力が吸収できて、アンには召喚弾の生成能力がある。時間制限はどうにかなるよ」
『Pi』
ルッタの言葉にアンが当然だとばかりに返事をし、その言葉にアマナイが涙ぐむ。
「……ルッタくん」
「それにさ。思い出してきたんだ」
そして感極まったアマナイにはルッタのボソリと呟いた言葉は聞き取れなかった。
(また逃げるだけってのは……)
そう考えるルッタの脳裏に浮かぶのは彼の原風景だ。
己が死んで、再び生まれた日。それは忌まわしき悪食竜と炎の世界であった。誰ひとり救えない、救うことすら考え付かなかった過去の地獄をルッタは想った。
(気分が悪いんだよね)
ただ背を向けて逃げ出したあの頃とは違う。そのことを己に証明するためにもルッタはロボクスにその一歩を踏み出させた。