015 喰らう雲
それはルッタがアマナイと共にアキハバラオー最強レアロボ武器商店のガレージでチェーンソーの作成に入った翌日の早朝の出来事であった。
ジアード天領の港町が一望できる丘の上の監視所、そこでは一機のアーマーダイバーが町の見張りに付いていた。
「ハァ、 朝は冷えるよなぁ」
コックピットの中でそうぼやいたのはジアード第二騎士団団員のノヴァ・ルビックという男だ。この天領を治める貴族の家の次男で、昨年から騎士団に入ったばかりの彼は外からの人間が駐留する港町の監視の任務についていた。
そんなノヴァが乗っているのはイロンデルタイプのアーマーダイバーだ。騎士団らしく機体装甲には華美な装飾が施され、ジアード天領を示す紋章が胸部には飾られている。
この機体は当主となった兄より彼に与えられたもので、この海域は八天領の中ではヘヴラト聖天領に近いために当然騎士団の機体はヘヴラト製のイロンデルタイプが多かった。そしてノヴァは港町から見えるように機体を立たせており、それはある種の抑止効果の意味もあった。
『おーい、起きてるかノヴァ、馬鹿どもの様子はどうだ?』
「問題はないな。少なくとも今夜はアーマーダイバーでの喧嘩はないよ」
交代要員の同僚の機体が近づいてきたことに気づいたノヴァはそう返しながら、機体の手を上げて挨拶をする。
彼らが見張っているのは主にハンターのアーマーダイバーだ。ハンターたちは飛獣から天領を守るのに必要な存在ではあるが、同時に天領内で問題を起こす厄介者でもある。ガラは悪く、実際喧嘩も多く、天領内の犯罪も大抵が港町で発生する。言い訳のしようもなく彼らの多くはチンピラで、風の機師団のようなクランは本当に一部の上澄みなのである。
もっとも今の港町は若干落ち着いていた。
『連中、あの穴を開けた馬鹿の件以降は大人しくなったな』
「アレは笑えたが、後始末を考えるとな。それとランクBクランが駐留してるのも原因だろうよ。比較的お行儀の良い連中みたいだが」
『揉め事さえ起こさなきゃいいさ。ランクB相手じゃウチの戦力でも相手取るのは厳しい。オリジンダイバーもいるって噂だ』
「本当かよ。領主様の機体だって太刀打ちできないだろ、ソレ」
そんなやり取りをしている彼らの視線の先にあるのは天領の玄関口である港町だ。そこはハンターや流民が集まる意図的な無法地帯。
天空島は異邦人曰く人工的に造られた小規模の生命圏であり、天導核を根とし、その真上に存在して水を出し続けるソメイロ山を中心として形成されている。常に天空島の中心に存在しているソメイロ山が排出するのはマグマではなく水であり、それは言ってみれば火山ならぬ水山であった。
そして天領がそれぞれ自治であるのは、島が時折移動するため、天領と天領のコミュニティが根付きにくいという事情もあるのだが、実際には自給率の高さ故に島の中だけでほとんどのことが完結しており、協力する必要性が薄いためというのがもっとも大きな理由であった。
そうした天領というひとつの完成された理想郷の中でも異質な場所が港町だ。そこは外界との唯一の接点であり、島の捌け口であり、ゴミ溜めであり、憧憬と蔑み、自由と束縛、それらが矛盾なく内包された必要悪であった。
無論、問題も多いが、その問題をひとつどころに留められていると思えば護る側としては分かりやすくもある。
ともあれ、そうした人造の堕落の楽園として存在するソコを監視するのが彼らの役割だ。けれども、今日は港町の、その先にあるものの様子がおかしかった。
『なあノヴァ。なんだか海の方、おかしくないか?』
同僚の一言にノヴァが眉をひそめて竜雲海を見る。
「おかしい? 何が……いや、確かに妙だな。アレは報告のあったイータークラウドか?」
朝日の光によって見え始めた島の外、竜雲海の先は緑の霧に包まれているようだった。それがイータークラウドと呼ばれる、海面上にまで登ってきた竜雲のようだとは天領に生きる人間ならすぐに気付けただろう。問題は広範囲に広がったイータークラウドがこのジアード天領に向かって遅くない速度で向かって来ているように見えていることだった。
『昨日、流れによっては島の方に来るかもしれないって話はあったが早いな。こりゃ昼前には島を覆うぞ』
「おい。アレを見ろ。馬鹿がいるぞ」
ノヴァの指摘する方角に視線を向ければ、イータークラウドに追われるような形でジアード天領へと接近してくる雲海船が見えた。もちろん、外から来た船が港町に入ること自体は別段おかしいことではないのだが、問題は彼らの背後にあった。
「あいつら、飛獣を連れてきてやがる!」
ノヴァが声を荒げるのも当然のことだ。雲海船を追っているのはイータークラウドだけではなかった。イータークラウドと共に無数の飛獣が雲海船の後方より迫ってきていたのだ。
『なんだありゃ。数がおかしい』
「ふざけんなよ。アレだけの数をあいつら連れてきたのかよ!?」
ふたりの顔が怒りに染まる。だがそれ以上に驚愕があった。何しろ雲海船の背後にいる飛獣の数が尋常ではないのだ。
そしてノヴァたちの見ている前で雲海船は飛獣の群れに飲まれて姿を消し、群れはイータークラウドと共にジアード天領へと進み続ける。その速度は普通ではあり得ない。さらに最悪なものをノヴァは見てしまった。
「おい、見たか『あの影』!?」
『ああ、アレは不味いな』
イータークラウドの中に巨大な影があったのだ。その巨体からすれば飛獣であればランクB以上であろうことは確実。端的に言って、この天領の危機であった。
『ノヴァ、俺は隊長に報告に行く。お前は今すぐ部隊を集めて避難の準備だ』
「了解だ。ああ、クソ。最悪の朝だぜ」
そんな罵りの言葉を吐きながらノヴァも同僚も動き出す。
ここから先はどうあっても良い日にはならないだろうという予感が彼らにはあった。だからこそ動かねばならなかった。一分一秒。遅れた分だけ命を取りこぼしてしまうことを彼らは知っていたのだ。
そしてそれからしばらくして緑の霧が島全体を覆い尽くした頃には飛獣たちが人々を襲う光景が島中で見られるようになったのであった。