013 戦闘音
『それでルッタ、ガイナの峠ってのはどんなところなの?』
テオドール修理店を離れ、ブルーバレットとロボクスが移動を開始するとシーリスからルッタへと質問の通信が送られてきた。
「ヴァーミア天領の東、アルサ山脈から竜雲海に伸びてる先がガイナの岬ですよ。高低差が結構あって、竜雲海に沈んでる部分も多い地域なんですよね」
『ああ、なるほど。隠れやすい場所ってわけね』
シーリスの言葉に「そういうことです」とルッタが返す。
「隠れやすく守りやすい。天領軍の訓練でも使われるし、その際に潜んでいた空賊と鉢合わせた……なんて話もあったらしいです。空賊も竜雲海の浅い山中に潜む分には潜雲病の危険も薄いですし」
潜雲病とは竜雲海に潜るとかかることがある病気のひとつで、高濃度の魔力に当てられて体を壊し、最悪は魔力結晶が内側から突き破って生えてくることもある。雲海船の内部やアーマーダイバーのコクピット、アーマーダイバー用のダイバースーツはある程度シールドされているからかかり辛くはあるが、竜雲海で生きる者にとっては馴染みの深い死病であった。
『なるほど。だったらタイフーン号も無事な可能性は高いか』
「ヴァーミア天領内で隠れられる場所なんて限られてるし、当たりも付けられやすいってのはありますけどね」
『ああ、となると一戦はありそうってことかい』
シーリスが自分の操縦している機体を見る。ロボクスは作業用で戦闘には向かない。装甲もなく、出力が低いので武装もフライフェザーも使えない。リリを生かして捕まえるのがゴーラの目的なのだから銃弾の雨で蜂の巣にされるということはないだろうが、組み付かれて抑え込まれればお終いだ。
『ルッタ。悪いけど戦闘があったらまたアンタに頼らせてもらうよ』
「了解です。頑張ります」
そのあっさりとしたルッタの言葉にシーリスは眉をひそめる。ルッタが冷静であるのはシーリスにとって喜ぶべきことではあるのだが、ルッタは先ほどの戦闘が初陣のはずだ。パーフェクトと言っても良い成果をあげたことで調子に乗っていてもおかしくはないとシーリスは思っていたのだが、ルッタの声にはそうした色はなかった。
そのことにシーリスが疑問を持ったのだが、対してルッタの考えていることは初戦の勝利に浮かれるなどとは真逆のものであった。
(調整は……うん。ある程度は整ってきた。完調ではないけど、これなら衝撃でよろけるような真似はないはず。あんな無様はもう晒さない)
初勝利の喜びも引っ込んだ今、ルッタは先の戦いの、隊長機との斬り合いで体勢を崩したことを猛省していた。
勢いで対応して体勢を崩したのだ。ギリギリ持ち堪えたが、あの場で倒れていてもおかしくはなく、また他に動けるアーマーダイバーがいれば、その隙をついて攻撃を当てられていただろうと。
それで大破するほどアーマーダイバーは柔ではないが、それなりのダメージを受けていた可能性は高い。機体のコンディションが悪かったことを言い訳にはするのはルッタの矜持が許さない。分かっていて挑んで予測できなかったのだから己の問題なのだと考えていた。だからこそ同じミスを起こさないようにルッタは移動しながらも、さらに細かく機体の調整を進めていた。
(敵はアーマーダイバーだけではなく軍用の雲海船がいるはず。この機体で攻撃をよけるのはできるにしても風の機師団の船を守るってのは……護衛ミッションって好きじゃないんだよなぁ)
はたして護衛ミッションが好きな者などいるのだろうか?(※個人の感想です)
戦っている途中で気が付けば護衛対象が別の敵に破壊されていたり、わざわざ狙い撃ちされるところに飛び込まれたり、トラブルに次ぐトラブルに巻き込まれたり。一番最悪なのは護衛対象のAIの頭が悪過ぎるときだ。躊躇なく敵の大軍に飛び込んでいく様は殺意を覚える……とルッタの中にある風見一樹の記憶が訴えていた。
もっとも風見一樹もこなせないというわけではない。敵と護衛対象の配置をしっかりと見て対応すれば大抵の護衛ミッションはこなせるものだ。けれどもここは現実。タイフーン号の状況もまだ不明。すでに墜ちている可能性もあった。
(船が沈んでもクルーが生きてさえいれば、ゴーラの軍艦を奪うって手段もあるのか。ま、タイフーン号が無事なのが一番なんだけど)
最悪アーマーダイバー単独で移動する手段もある。竜雲海の上であれば魔力は供給され続けるため、戦闘で無茶をしなければ別の島までの移動は可能だろう。そうルッタが考えていると遠くから爆発音が聞こえてきた。
「シーリスさん、今のって戦闘音ですよね?」
『そうだね。そして今、ここで戦っているのはタイフーン号とゴーラぐらいのはず』
操縦者の視線に従ってブルーバレットとロボクスの顔が向かい合う。
戦場は目と鼻の先。ルッタの第二ステージはもう間近に迫っていた。