007 新たなる道
「濃度が高いのに瘴気溜まりがない? 確か瘴気って竜雲には少量混じっていて魔力が濃くなると結合して瘴気溜まりになるんですよね。そんなことあるんですかい?」
首を傾げてシーリスが尋ねると、リギットも「普通そうなのだけれどね」と返す。
「以前よりそのことについては様々な天領で議論されてきました。あまりに魔力が濃すぎると飽和状態になって瘴気が結合できなくなるんじゃないかだとか、或いは流れが早すぎて瘴気が飛ばされているのでは……とかね。もっとも中心点から離れて濃度も薄く、流れも緩やかになった所でもできていないのだから不思議ではあったんです。ただそれが瘴気が浄化されていて竜雲内に存在していないというのであれば、納得はいく話なのですよね」
「なるほど……遺跡もそういうもののようですし、確かにそう言われれば分かる話ではありますか」
シーリスも納得した顔で頷く。
「ともあれ、タイフーンの原因が遺跡が稼働したためだとして、きっかけは動力装置の破壊……ですか?」
「状況からすればそのようです。動力装置の破壊に伴い、緊急動作的に遺跡が活性化して稼働したと僕は考えています。幸いというべきか同じイシュタリアの遺産であるオリジンダイバーに避難信号が届いたので脱出できましたが、巻き込まれてたら普通に死んでましたね」
ハハハハ……と笑うナッシュがルッタには白々しく感じられたが、リギットはなるほどと頷いている。どうあれ遺跡内でのことは今話した説明の通りということになったのだ。それはリリの秘密を護るためにギアが提案したシナリオで、ナッシュにとっても己の身を守るためであると理解し、リギットに偽りを報告することにしたのであった。
もっとも核となる部分以外は事実を話せば良いだけのことで、口を滑らしそうなリリはクール系無口少女という設定でダンマリを押し通していた。
「それとこれは個人的な話となるのですが」
一通り話し終えた後、ナッシュがそう切り出した。
「僕は剣闘士を引退しようと思います」
「え!?」
「……そうですか。残念ではありますが、君との契約は遺跡の調査も込みでしたし仕方ありませんね」
「辞めちゃうの、ナッシュさん?」
驚くルッタにナッシュが少し困った顔をしながら笑う。
「そんな顔しないでくれよルッタくん。実のところ、剣闘士としてはそろそろ限界を感じていたんだよ」
ルッタに負けたことは決して無関係ではないが、元々ナッシュは自分の剣闘士としての実力が頭打ちになりつつあるのを感じていた。クロスギアーズへの参戦を今は目指していないのも上には通じないという諦めがあったからだ。ラダーシュ大天領の序列一位。それも後何年もつかと考えていたし、実際ルッタという若手に敗北した。けれどもナッシュの顔は暗くはない。
「それにね。僕も今回の件で改めてまたハンターとして生きてみたくなったんだ」
「へぇ。けど、多分ウチでやっていくには実力不足だと思うわよ」
シーリスがあらかじめ釘を刺す。ナッシュは剣闘士としての実力はあってもハンターとしての評価はランクD相当。風の機師団がスカウトするには実力が足りていない。だからこそ元仲間であるシーリスは安易な期待を持たせるべきではないと考え、先んじて口にしていた。対してナッシュもそれは理解している。
「もちろん力不足なのは承知している。手元に船導核とアルカンシェルフェザーがあるんだ。そいつを元に雲海船を造って仲間を集めて……自分でクランをやってみようってね」
「へぇ。それ、いいなぁ」
自分のクランというものに憧れがあるルッタの憧憬の眼差しを受けて、ナッシュが照れ笑いをしながら頭をかく。
「いつか君たちとも共同で依頼を受けられるようなクランに仕上げてみせる。だからその時はよろしく頼むよルッタ君」
「うん。その時はまたバケツリレーをしようね」
その言葉にリギットだけではなく、リリもシーリスも意味がわからず首を傾げたが、ナッシュは笑って……
(共同で依頼を受けるにはルッタ君の強さに、風の機師団のランクにも近づかないと。それは僕だけでは駄目だ。頼りになる仲間が必要だ。ああ、そうだね。一度彼の源流に会ってみることで何かしらのきっかけが掴めるかもしれないな)
そんなことを考えていた。
やったねジャッキー師匠。船と仲間が(勝手に)やってくるよ!