006 穢れなき神之御柱
「ようこそ風の機師団の皆様、私が当主のリギット・ブラウです」
馬車に揺られて村をふたつ越えた先にあった町に、ナッシュのパトロンであるリギット・ブラウ伯爵の屋敷があり、そして案内された賓客室で待っていたのはリギット本人であった。
見た目は優しげな五十代の男性で、屋敷にやってきたのが女子供であっても丁寧な姿勢を崩さない辺り随分とできた人物なのだろうなどとルッタは考えていたが、これはルッタの自身に対する認識違いから出たものだ。風の機師団のクランランクはBだが、その実力がA相当であることは少し調べれば分かることでルッタにしても、リリにしても、シーリスであっても天領の脅威たり得る戦力であり、ただの女子供扱いなどできるはずもなく、リギットの対応は妥当なものであると言えた。
「ご挨拶ありがとうございます。リギット様。あたしはシーリス・マスタング。風の機師団のアーマーダイバーのパイロットをやっています」
シーリスが他所行きの口調でそう返し、リリとルッタがそれに続いて挨拶を交わす。
「風の機師団の噂はかねがね。最近ではドラゴンを討ち取ったとか」
「情報が早いですね」
「ふふ、こんな田舎天領ではそうした話ぐらいしか娯楽がありませんので。それにしてもドラゴンスレイヤー、それも弱冠十二歳の乗り手とは。我が天領に留まっていただけるのでしたら、騎士団長待遇でお迎えもいたしますが」
どこの天領でも天領軍はアーマーダイバーを中心とした部隊を騎士団として扱うことが多く、騎士団長ともなれば領民としての登録のない流民に該当するルッタにとっては破格な待遇であった。もっともルッタの中ではその問いに対しての答えは既に出ており「すみませんが」と前置いてから断りの言葉を即座に返した。
ルッタにとっては思う存分にアーマーダイバーで戦えている今の環境を手放す気はなく、さらに言えば『ゴーラ武天領軍に追われている状況』すらも潜在的にはプラスと捉えているアーマーダイバージャンキーなのだから引き抜きなど到底無理な話である。
対してリギットも「残念です」と返しはしたが、最初から期待はしていなかったのだろう。特にそれ以上踏み込むことはなく、他にもいくつか軽く話をし終えると、そこから本題となるノートリア遺跡についての話に移っていった。
「なるほど。今回遺跡周辺で発生したタイフーンは遺跡自身が発生させたもの。また遺跡は瘴気溜まりを浄化するための装置であり、神柱アトラスの補助を担っているものだと。そして、そうした内容を示す遺跡の起動ログがそちらのオリジネーターのお嬢さんが乗るオリジンダイバーにも共有されたためにその事実が判明した……ということですね」
ナッシュたちそれぞれの話と報告書を踏まえて頭の中で整理をしたリギットの言葉に全員が頷いた。
ちなみにリリのマスターキーの話についてはナッシュには口止めし、シーリスを含めたクランのメンバーには隠していることがあるとギア自身が説明している。
知ることの危険性については彼らもプロであるので納得しない者はいなかったが、リリが口を滑らさないかについてはかなり心配されていた。対して解せぬという顔をしたリリであったが、フォローを誰もいれなかったのは日頃の行い故であった。
「はい。ちょっと信じがたい話であることは承知していますが、タイフーン発生時に同じイシュタリア文明の遺産であるオリジンダイバーには避難のための警告と状況説明が送られてきたんです」
ナッシュがそう説明をする。マスターキーの件を除けばボロが出ないようにとリギットにも概ね事実だけを話しているのだが、証拠もなく、説得力もないだろうなとルッタは内心思っていた。けれどもリギットは真剣な表情で「いや、信じますよ」と言葉を返した。その反応に逆に驚いた顔のナッシュであったが、対してリギットが笑って口を開いた。
「実はですね。遺跡周辺に動かないタイフーンが発生したという話は近隣の天領の過去の文献にも載っているんですよ。ノートリア天領のものではないのですけれどね。この天領は二百年前にできたものですし」
「ハァ、そんな記録が残っていたんですね」
そうした記録があることはナッシュも知らなかったようだったが、それはリギットもその記録が過去の災害を記録したものであるとしてしか認識していなかったために遺跡の情報としてファイリングされていなかったためだった。今回の報告を聞いたことでリギットの中でふたつの内容が紐づけられるようになったのである。
「うん? ノートリアが二百年前にできた天領? てことはノートリアの名前って遺跡の方が先ってことなの?」
「いえ、かつて飛獣に滅ぼされたノートリア天領の生き残りが初代領主様でして、天領を再興して同じ名前を付けた……ということらしいですね。それ以前の天領についてはほとんど記録が残っておらず、先ほどの話も別の天領から旧ノートリア天領の情報を集めた際に得たものです」
「へぇ」
そうなんだ……とルッタが呟いた。二百年もひとつどころに留まっている天領も珍しくはあるが、ないわけではない。だからどうしたというものでもないが、天領に歴史ありだなとルッタは頷いた。
「はい。そんなわけで遺跡がタイフーンを起こす原因と考えれば、当時の話にも納得がいきます。それに遺跡の位置とタイフーンの中心が一致して、このまま移動しないで留まり続けるのであれば、この話の信憑性も増すでしょう」
通常のタイフーンは竜雲海の流れが激しくなって起こる自然現象であり、それなりの速度で竜雲海内に移動するものだ。動かないタイフーンというのは基本的にはあり得ない。
「それとアトラスについては、アレの特性を考えればおかしくは無い話ですからね。むしろ、なるほどと思ったところですよ」
「特性?」
アトラスの特性という言葉にルッタが首を傾げる。
「ルッタくん。アトラスはこのアーマン大陸の中心であり、竜雲海の流れの中心でもあるのです。言ってみればアトラスを中枢とした巨大なタイフーンこそが竜雲海と言えるでしょう。そして中心であるアトラスの周辺は濃度の高い魔力で満ちていて、人間の侵入を許さず、だというのに瘴気溜まりもできていないところなのだとか」