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005 初めての楽土

 ノートリア遺跡がタイフーンを発生させてから二日が経ち、遺跡のある海域から無事脱出したタイフーン号はノートリア天領へと到着していた。

 このノートリア天領は天領の中では小規模な天空島で、ノートリア遺跡こそは知られていたが観光地代わりになるようなものではなく、また生息している飛獣もランクの低い種ばかりの比較的穏やかな天領であった。


「周囲に瘴気溜まりが増えて飛獣のランクも上がりつつあったんで外からの出入りは減っていたんだけど、さすがに前回来た時との違いはあまりないかな」


 港町を歩いているナッシュがそう口にした。そのナッシュの後ろにはシーリスとルッタ、それにアンに乗ったリリが並んで付いてきている。


「瘴気溜まりかぁ。けど今は遺跡が稼働してるよねナッシュさん?」

「そうだね。だからしばらくしたら落ち着くと思うよ。とはいえ、ここは大天領などに直接繋がる航路上にはない田舎だし、以前とそこまで変わるモノではないだろうけどね」

「けど、しばらくはタイフーンの影響で飛獣の動きも活発化するだろうから、ハンターの数は増えるんじゃないの? ルッタ、リリ。ここの天領はフルーツ系に力を入れてるらしいよ」

「おおー。たくさん買って帰ろう」

「リリ姉、市場には帰りに寄るからね。まずは目的を果たさないと」


 その言葉にリリがぐぬぬ顔になったが、ルッタとシーリスは揃って首を横に振り、それを見ていたナッシュは苦笑した。

 そんな彼らの目的とは、この天領にいるナッシュのパトロンと会うことであった。

 というのも今回の遺跡探索の依頼は、ナッシュからということになっているが厳密に言えばナッシュを経由した彼のパトロンからの依頼という扱いなのだ。

 そもそもナッシュのパトロンはノートリア遺跡探索の管理を預かる一族であり、ナッシュのパトロンとなった経緯も遺跡探索で縁があったナッシュ自身の売り込みから来ていた。

 ちなみに風の機師団への依頼報酬はナッシュとパトロンが半々出すことになっており、先に払った前金はナッシュ自身の資産となる。


「あ、俺。天領の領内に入ったの初めてかも」


 港町を出て、ナッシュの専用パスによって馬車に乗っているルッタがそんなことを口にした。

 港町はゴミゴミとした、全体的にスラムに近いエリアであったが、今彼らがいるのは見渡す限りの小麦畑だ。


「リリは何度か入ったことあるよ」

「そうなんだ」

「依頼で大捕物をすると領主様に呼ばれることもあるからね。ま、リリはオリジネーターだから貴族に準じた扱いになるし入ること自体に制限はないんだけど」


 ヘヴラト聖天領の意向により八天条約には、オリジネーターへの優遇措置が多く盛り込まれている。そのひとつが準貴族扱いであり、リリは特権を行使する権利を有していた。


「そうなんだ。けど、俺がここに入るには本来領民権を得る必要があるんだよね。結構な金額が必要なんだっけ?」


 港町は天領内にあって天領外の扱いであり、天領の法の外にある。だから外から来た人間でも普通に入れるし動き回れるが、港町やその周辺以外の領内はそうではない。

 基本的に領民権なしには立ち入ることを許されていないし、勝手に入った場合にはその場での処刑も許可されていることが多い。


「領民権を得るには金も必要だけど、コネの方が重要かねぇ。それに天領内では人口が厳密に決められてる。だから空きが出るのを待つ必要があるんだけど、そこはまあ飛獣被害でそこそこ回ってるんだよね」


 飛獣に領民権などという概念は当然なく、時折上陸して人々を襲うことがある。人口制限はあっても、飛獣被害は発生するので上限に空きが出ることはままある……というのがこの世界の常識であった。


「あと天領の規模次第で金額は一桁二桁変わる。それにいざ領民になれても適性に合わせて職業を固定されると来たもんだ。楽園だと思って領民になったら農民生活が待ってるなんてのはザラにある話さ」


 シーリスがルッタにそう説明する。


「ははは。ルッタくんなら騎士団にだってすぐ入れるだろうさ。ドラゴンスレイヤーの称号持ちなら団内で良くない扱いをされることもないだろうし、貴族に養子入りも夢じゃないぞ」


 ナッシュが笑ってそう補足するとシーリスが「余計なこと言うんじゃないよ」と蹴りを入れた。

 そんなやり取りを見ながらルッタは「うーん」と唸った。


「まあ、ハンターの方が俺には向いてるかなぁ。規律正しくってのは性に合わないし、飛獣を狩るにしても近辺に限定されるだろうしさ」


 結局のところルッタの基準はソレであった。しがらみの多い貴族の世界を厭うのではなく、どちらの方がよりアーマーダイバーで戦えるのかが判断基準となっている。


「ルッタらしいねぇ。けど領内なんて外に比べれば娯楽は少ないし退屈なところだよ。まだ港町の方があたしは落ち着くね」

「そうなんだ。そう言うってことはシーリス姉は領内出身だったってこと?」

「んー、まあそうだね。村の暮らしはあたしには退屈過ぎたのさ」


 そう言って笑うシーリスに、事情を知っているナッシュがわずかに眉をひそめた。

 シーリスは自ら村を飛び出したわけではなく、幼き少女であった頃に村が飛獣に襲われて港落ちしたのだ。そこから紆余曲折あり、運と実力で今の彼女となった。

 そんな事情を知らぬルッタは「そうなんだ」と口にしながら、初めて見る領内の景色を興味深そうに眺めている。そのルッタの様子にシーリスも微笑みを浮かべ、それを見たナッシュも余計なことを言うべきではないなと思い、別の話題を振っていく。

 そして穏やかな時間は過ぎていく。それはここ最近ではなかったもので、こうした平穏こそが天領に入りたい人の求めているものなのだろうとルッタは思うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロボットが実在する世界で平和で安定した暮らしってのはルッタは選べても選ばないでしょうねえ
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