012 少年の価値
「足回りの設定を一致させて……計器がないから正確な数字は出せないけど、これで少しはマシになるか」
戦闘終了後、ルッタはゴーラ武天領軍の乗り手を警戒しつつもブルーバレットの調整をしていた。本来であれば各パーツを接続した後の調整はマナメーターを片手にじっくりと時間をかけて行うものだが、ルッタは経験と勘でおおよその目処を付けて合わせていた。
その間にもルッタはゴーラ武天領軍の魔導銃をブルーバレットにマスター登録させて魔鋼弾の召喚を開始させ、また隊長機からパージされたバックパックウェポンのロケットランチャーも回収して機体に装着させていた。
(魔導銃は目的地に着く前に予備マガジンまで補充できるだろうけどロケットランチャーは総弾数の三発どころか魔鋼砲弾一発出すのが限度か)
ロケットランチャーに使用する魔鋼砲弾は魔導銃の魔鋼弾に比べて必要魔力量が多い上に構築密度が高く、島上での召喚は長時間かかる。島から竜雲海に出て回り込んで移動すればフル装填できるだろうが、ガイナの岬に行くには島を直線距離で移動する方が確実に早い。
(まあロケランが一発しか使えなかろうが問題はないか。大型の飛獣ならともかく、アーマーダイバー相手なら魔導銃と魔導剣で十分だ。あっても雲海船に使うかどうかぐらいだろうし)
先ほどの戦闘を踏まえた上でルッタはアーマーダイバー戦でロケットランチャーの火力は過剰であろうと考え、ひとまず手札が一枚入る程度という認識で良しと考えていた。
(で、倒した機体だけど、貰っちゃ駄目なんだろうなぁ)
共通規格の武器等とは違い、天領軍のアーマーダイバーのパーツ、特にコアとなる機導核のロックは一般市場に流れているものよりも硬く、解除には専門家が必要だ。また天領軍仕様のパーツの一般流通は量産機を扱う八つの天領、通称『八天』の条約で禁止されている。闇市で扱えなくもないが、手間がかかるし、扱っている組織と繋がること自体がリスクであった。
(まあ、今は回収する余裕もないしな)
そんなことを考えながらルッタがブルーバレットの調整をしていると、修理店の中からロボクスが出てきた。
「あれ、ロボクスが外出てる。背中……ケーブルの代わりに円盤が付いてるな。あれで供給してるのか?」
『ルッタ。聞こえる?』
コクピット内にリリの声が響いてきた。
「あれ、島の上での無線通信は禁止じゃないんですか?」
『そんなの今更。命と引き換えにはできない』
天領内での無線通信は魔力をばら撒き、シールドされていない魔導具などの動きを阻害するので天領軍以外は禁止されている……が、リリは特に気にしていないようだった。その様子にルッタは肩をすくめるとロボクスを改めて見た。
ロボクスはアーマーダイバーのフレームを用いてはいるが、竜雲海から有線で魔力を引いて動くもので、出力も量産機の四分の一まで落ちている。それでは魔導兵装は当然使えないし、装甲は関節のカバーなどの一部を除けば重さで燃費効率が悪くなるため、装備もされていない。
「乗ってるのはリリさ……」
『お姉ちゃん』
「う、リリお姉ちゃんとシーリスさんが操縦してるんですか?」
『ええ、ルッタ。悪いけどこいつ使わせてもらってるわ』
「非常事態です。構いませんよ」
『何から何まで悪いわね』
ルッタ少年の日常を破壊した自覚があるだけにシーリスの顔には罪悪感が浮かんでいるが、ともあれ今は生きるために動かなければならない。
『それで、タイフーン号との合流地点ってここから遠いの?』
シーリスからの問いにルッタは「いいえ」と返す。近くはないがそれは生身での話だ。
「アーマーダイバーなら島を横切れば二十分くらいですね」
『ならシルフからの魔力でこいつもギリギリ動けるか。この機体は多分捨てることになるけど』
「仕方ないですよ。どうせフライフェザーがなきゃ持っていけないですし」
フライフェザーは飛獣と呼ばれる竜雲海内を泳ぐ魔物の飛膜を用いた魔導具だ。雲海船にも使用されており、魔力と反発して浮力を得るリフレクトフィールドを発生させることで竜雲海を移動することが可能となるアーマーダイバーには必須の装備であった。そしてフライフェザーは作業用のロボクスには付いていないし、装備しても出力不足で使用できない。
ルッタにとってロボクスは長年の相棒ではあったが、持っていくという選択は残念ながらなかった。
『だったらルッタ、代わりにそのブルーバレットをあげるよ』
『ちょっとリリ、勝手にそんなこと言って』
シーリスが慌ててそう返す。ブルーバレットは風の機師団の共有財産だ。シーリスの愛機も私物同様に扱ってはいるが勝手に持ち出してクランを抜けるなどということは許されていない。そもそもの話ではあるが、アーマーダイバーは常にメンテナンスと隣り合わせであり、ただ機体だけを個人で所有していても維持することはできない。
『だってルッタ、タイフーン号に乗るんでしょ』
「うん。テオ爺はギアって人に話をつけてあるって言ってたよ」
『艦長か。まあアンタひとりの世話くらいならしてくれるとは思うけど……』
シーリスがそう言ってブルーバレットを見る。
その機体ははたから見れば普通に稼働しているが、まともに動くのが難しい状態なのはシーリスもよく理解できている。
その上に先ほどの戦闘を見れば、風の機師団でも十分すぎるほどにやっていけるだろう腕前であった。それにリリも『ずっと風の機師団にいるわけではない』のだ。それを考えれば、ルッタが戦力となるのはクランにとっても非常に有益なことだった。
『ハァ……オーケー。個人所有はともかく、そいつの乗り手にするように艦長にはかけあってみるわ』
そして、それは通るだろう。前回の戦いで新人が死んだこともあり、風の機師団は戦力を欲している。非武装の未調整アーマーダイバー一機で天領軍のアーマーダイバー四機を完全制圧できたのだ。見た目だけで言えば十歳にしか見えない子供であろうと……いや、子供だからこそ、そのノビシロも踏まえて考えればルッタの価値は計り知れず、どんなクランであっても欲しがる人材であった。