004 九天に至る道
不満げなルッタに対してギアが眉をひそめながら口を開く。
「なあルッタ、今このマスターキーの話を知ってるのは誰だ?」
「俺とリリ姉と、今話したから艦長と……それとナッシュさんも少しは勘づいていると思うよ。ん、もしかしてナッシュさん処すの?」
「処さない。怖いことを言うな。テオのヤツ、どういう教育してたんだ」
ギアが呆れた顔をするが、日々チンピラハンターを相手に商売する田舎の修理屋では幼い少年であっても薩摩ボーイにならねば生き残れなかったのだ。悲しきリトルモンスターの誕生秘話であった。
「もちろんヤツにも口止めはする。それとリリにも後で言っておくが、ルッタ……このことはクルーの誰にも言うな。絶対にだ」
真剣なギアの表情にルッタは瞬きをしてから頷いた。
「んー、了解。けど理由は聞いてもいい?」
「別に難しい話じゃないさ。さっきの話に戻るがな。マスターキーのことを知っている相手、お前の返答には名前が出ていないヤツがいる。とびきり重要なヤツの名前がな。分からないか?」
「足りない? ええと…あ!? ゴーラ!」
閃いたという顔のルッタの答えにギアが頷いた。
「そうだ。と言ってもゴーラでも知っているのは上層部クラスだけだろう。他領に頼らず、自分たちの軍の少数精鋭だけを使って対処し続けてくる連中の執着がマスターキーを狙ったものだったとすればこれまでの状況にも納得がいく。何しろ扱い方次第じゃ既存のプラントの乗っ取りや九番目のアーマーダイバー製造天領を興すことも可能だろうからな」
「え、マジ?」
ギアの言葉にルッタの目が輝いた。その様子にギアが訝しげな視線を向けた。
「なんだ。お前……天領を興したいのか?」
「んー、領地経営なんてやりたかないけど、プラントが手に入ったら自分専用のアーマーダイバーが造れるんでしょ?」
ルッタは美味しいところだけ食べたいお年頃であった。
なおプラントはイシュタリア文明の遺産のひとつでアーマーダイバー製造の根幹を成すものだ。プラント自体を見つけても制御する術がなければ意味をなさず、地球と同サイズの面積を持つアーマン大陸内で八つの天領しか扱えていないことからもプラントの制御が如何に難しいのかは分かるだろう。
「ハァ。お前の稼ぎならオーダーメイドで発注することだっていずれ可能だろうよ。当然量産機ベースにはなるがな」
「なるほど?」
それはそれで魅力的な話ではある。
広域レーダー付きの頭部のように種類によっては量産機用の高機能パーツは存在する。アーマーダイバーを製造できる八天領へのコネと払う金さえあればだが。
(まあブルーバレットがあるしなぁ)
ともあれルッタもブルーバレットには愛着があるし、新たな専用機体をそこまで欲しいというわけでもないのだから、どうしてもというものではなかった。
「将来的にお前がそれを望んで、リリが頷くっていうのならそうすればいいが……と、話が逸れてるな」
「あい」
ルッタに甘々なリリであればあっさりとその提案に頷きそうであるが、ルッタも軽い気持ちで答えただけなのでそのつもりは特にない。
「ともかく目下最大の敵であるゴーラ武天領軍はリリの情報を隠すため、銀鮫団のような例外はあるにせよ、基本的には隠密に動いて自分達だけの力でリリの確保に動いているわけだ。そんな状況下で誰かが情報を外に漏らしたりでもしたらどうなる?」
「んー。どの道逃げ続ける俺らの状況は変わらないと思う……いや、追ってくる連中は増えそうだよね。それを俺たちはどうしようもできないけど、ゴーラはそうなる前に先んじて情報源の口封じくらいはやるかも。ああ、ナッシュさんのお口が軽いと処されちゃうかも」
「理解が早くて結構。ま、そういうことだ。連中が隠したいってんなら知っている人間は二度と口が利けないようにするだろうよ。だからナッシュに口止めをするのはあいつ自身のためでもある。他のメンバーに知らせないのも、度合いは違うがわざわざ危険に晒す意味がないからだ。最悪の事態になった場合、それが原因でクルーが狙われるって状況を俺は作りたくない」
「うーん。厄ネタなんて広めても良いことはないってことか」
「ラニーやマーヤには話しておくつもりだが……そこまでだな」
ラニーは副長でギアの身に何かあれば代わりをする必要がある。マーヤは船医でリリの体を預かっているし、この船の長老のような存在だ。どちらも秘密を共有するだけの立場があった。
「シーリス姉には?」
「秘密を隠していることは話す。これはクルーにもだな。何かあれば俺を捕まえればいいってことにするさ」
それは多重の意味が込められた、捕らえられた際の拷問対策でもあった。
「じゃあ結論としては何も知らないってことにして、これまで通りに動くの?」
「そうだ。結局のところ、俺たちのやることは変わらん。余計な話を漏らして敵を増やすことはせず、ゴーラに捕まることもなくヘヴラト聖天領へと到達する。あそこはこのアーマン大陸じゃもっともホムンクルスに理解がある天領だからな」
「んー、でもさ」
ルッタが眉をひそめながら尋ねる。
「ヘヴラトはリリ姉をただのホムンクルスと同じ扱いで対応してくれるかな? 利用したりしないでいられるの?」
リリの価値はあまりにも大きい。果たして手に入れようと思わずにいられるのか。ルッタはヘヴラト聖天領を無条件に信用できるほど人の善性を信じてはいない。けれども、その問いにギアは迷いなく頷いた。
「その点だけは問題ないと言える。あそこのその手の対応は病的なほど一貫しているからな。それにヘヴラトの現領主には貸しがあるから」
「貸し?」
ルッタが首を傾げる。以前にも風の機師団はヘヴラト聖天領にコネがあるとルッタは聞いていたが、ギアの言い様からそのコネの相手は領主様であるようだとルッタは察した。
「ああ、だから安心しろルッタ。あそこで風の機師団が無下にされることはない。それだけは絶対にな」
そして、そう断言するギアの表情はどこか遠いものを見るような、複雑な感情が混じっているようにルッタには感じられたのだった。