001 嵐の如く
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またよろしくお願いします。
「あーもう、酷い荒れようだねえ」
まるで嵐の如き荒々しさの竜雲海の上を赤いアーマーダイバーが疾駆している。機体の名はレッドアラーム。乗っているのはシーリス・マスタング、風の機師団正規の乗り手だ。そんな彼女でもこの海の上を操作するのは非常に困難であった。
(あちら側に機体が引っ張られてるんだろうね。まったく何が起きているのやら)
そんなことを考えながらシーリスが視線を向けたのは竜雲海の流れの先にある巨大な龍雲の渦だ。
それはタイフーンと呼ばれているモノ。竜雲海上で時折発生する自然現象のひとつで、雲海船の航行を妨げ、時にはアーマーダイバーを飲み込んで沈めてしまうこともある、竜雲海上での脅威のひとつである。
現在レッドアラームはタイフーンに対して十分に距離をとっているのだが、それでも操作は普段に比べれば圧倒的に難しい。機体が暴れ、進む方向も定まらない。
『シーリス、気を付けろよ。お前なら流れに呑まれるなんてヘマはしないだろうが、いつも通りには動けんからな』
「分かってるよ艦長。しっかし、あっちが気掛かりだねえ……ッと」
レーダーの反応にレッドアラームが急旋回をすると、竜雲海内から弾丸の如き勢いで何かが機体を掠めるように飛び出して来た。
『よそ見してんじゃねえぞシーリス』
「ハァ。まったく、次から次にってヤツだね」
飛び出して来たのはキャノンボールクラムドサウルスと呼ばれるランクC飛獣であった。エリマキトカゲのような姿をしており、首周りの飛膜で頭部を覆い、弾丸のような形状になってタックルを仕掛けてくる。さらに二体のキャノンボールクラムドサウルスが飛び出し、シーリスが避けながら牽制の一撃を見舞うが当たらない。
『近場に巣でもあってアレで一斉に飛び出して来たのか。面倒な』
タイフーンが発生してからシーリスたちがこのキャノンボールクラムドサウルスと遭遇したのはこれで三度目だ。ギアの苦々しい声が通信越しに聞こえてくる。
(このまま留まるのは危険だけど、ルッタたちがまだ戻って来てないしねぇ)
タイフーン号は現在ルッタたちの帰還を待っている状況であった。ナッシュの依頼によって行われたノートリア遺跡の探索。難易度から言えば、それはランクC程度に該当する依頼のはずだ。決して楽ではないが、ルッタやリリの腕ならば達成できると信じて送り出した。けれども、今の状況は明らかにイレギュラーであった。
(アンカーにビーコンバルーンを繋いで一度離脱する? けどこの流れだ。影響範囲外に出たら合流は難しい。まあ、今はそれどころじゃないんだけど)
『姿が見えたぞ。撃てぇえ』
『アイサー副長』
タイフーン号に設置された魔導砲台から一斉に魔鋼砲弾が放たれる。けれども竜雲海上を跳ねるように飛んでいく三体のキャノンボールクラムドサウルスには当たらない。外れた魔鋼砲弾が竜雲海の中で爆発する中、挑発するかの如く勢いよく空を駆けていた。
「速い上に避けるのも上手い……が」
シーリスが魔導長銃を構える。
バックパックに接続されている照準器はアーマーダイバーのエイム補正を大幅に増幅し、シーリスの経験と相まって高速移動する相手でも十分に狙うことが可能となる。
「行けっ」
そして放たれた弾丸は飛獣の一体の脇腹を抉り、そのことに動揺したキャノンボールクラムドサウルスたちが一斉に軌道を変えた。
「チッ、流石にこの荒波じゃクリーンヒットは厳しいか。だけど艦長ッ」
『分かってる。拡散ドラグーン砲発射だ』
飛獣たちはシーリスのレッドアラームを警戒して、タイフーン号の船尾側から船体の反対側に移動し始めた。狙撃されないために船を盾にしようとしたのだ。けれどもその途中にあるのは拡散ドラグーン砲の射程圏内。
「ギュリィィイ!?」
『ふん。こちらも一体もらうぞ』
放たれた砲撃はキャノンボールクラムドサウルスの一体に直撃し、さらに掠めた一体が船体によろけて近づいたところをジェットの乗るツェットがシールドドローン二機を使って圧殺した。
ツェットの防御は堅牢であり、それは攻撃に転化されることで近づく敵を容赦なく破壊するだけの力があった。
「さすが艦長とジェットの旦那。それでもう一体は」
最後の一体はいずれの攻撃からも逃れ、またタイフーン号を危険視して距離を取ろうと軌道を変えていた。けれどもその動きはタイフーン号を盾にしようとした最初の想定から外れるわけで……
「はい、これで終わりッ」
照準器によってロックされたソレに対してレッドアラームがバックパックウェポンのアーマーバスターライフルの引き金を引いた。
「キキャァアアッ」
そして弾丸は相手の胴体へと直撃し、直後にキャノンボールクラムドサウルスが爆散した。その様子にシーリスがホッと一息つく。この荒れた竜雲海の上では一発一発を狙うのに極度の集中力が必要となる。狙撃を得意としているシーリスでも例外ではない。
『よくやったシーリス、ジェット。これで終いだな』
「艦長。こいつら、ランクCでしょ。ここらに潜んでたんだよね?」
飛獣の多くは深海層や竜雲海内に浮かぶ浮遊岩などに巣を作って生息している。竜雲海の流れに乗ったまま生きている種もいるが、キャノンボールクラムドサウルスは浮遊岩に巣を作るタイプの飛獣であった。
『だろうよ。タイフーン発生に驚いて出て来たんだろう』
「あたしらでもこの状況だ。あの中心にいるルッタたちが心配だね」
タイフーンは遺跡の方で発生している。そのことに何処か何かしらの意味があるようにも感じられるが、シーリスたちも流石にこの現象がルッタたちの行動によって発生したものだと思えるほど想像力は逞しくない。
『ああ。場合によってはビーコンバルーンを使って第二駐留地点に移動するが、この状況だ。あっちがどうなっているか分からんし、これ以上の想定外は増やしたくない』
「じゃあ、まだ留まるでいいんだね艦長?」
『当然だな。それとももう余裕はないかシーリス?』
「ハッ、冗談言ってる?」
『なら良い。副長、周辺の警戒を』
『了解っす。今のところは問題は……ん? この反応は』
ラニーが眉をひそめながら通信機のボリュームを上げる。
『……ザザ……こちらルッ……ゾン。三名……無事。あと少しで戻……す』
レーダーには映っていないので距離はまだあるのだろう。けれども長距離通信からルッタの声が確かに聞こえてきている。
『艦長、ルッタの声だ。ははは、無事だったみたいでさぁ。おい聞こえるかルッタ』
『ラニーふ……ん? ああ、雑音……どいけど……俺らは……しです』
その声はタイフーンの影響と距離の関係で雑音まみれであったが、ソレでも確かにルッタのもので、声の感じから無事であるのは間違いなさそうだった。
その様子にクルーたちからも安堵の声が通信越しに聞こえる中、シーリスもまた大きく息を吐いて笑みを浮かべていた。
「良かった。無事だったんだ」
シーリスもリリはオリジンダイバーに乗っているのだから生存に関しての心配はしていなかったし、ナッシュは自分で望んだことなので気にもしていなかったが、ルッタは違う。
やむを得ない状況が続いたにせよ、結果としてあの小さな少年はここまで体に負担をかけることが多かった。
どれだけ強かろうと何よりもまだ子供で脆い面もある。何よりも自然現象が相手では万が一が当然あるのだから心配になるのは当たり前だった。
「しかし、無事なのは良かったとして……」
シーリスがタイフーンを見る。
視線の先にあるのは渦巻く竜雲海。自然現象というには発生が早すぎるし、発生地点は遺跡方面だ。彼女にも分からない何かが起きていることを疑うのは自然なことだろう。
「一体何が起きているのやら。ルッタ、あんたたちなら何か分かるのかね?」
※犯人です。