025 嵐の塔
ブルーバレットにガトリングガンを向けられたフレーヌは動かない。如何にオリジンダイバーであろうと多重に絡まったワイヤーアンカーを即座に引きちぎれるような膂力はないし、あったとしても目の前のルッタに撃たれて終わる未来しかない。
またルッタはフレーヌの背部にマウントされているシルフも一緒に縛っていて万が一もない状況を作り出していた。その様子を見ながら近づいてきたナッシュがルッタに声をかける。
『ルッタ君、破壊はしないのかい?』
「フレーヌ壊したらリリ姉が泣くんで」
『……そうかい』
オリジンダイバーが相手だというのにルッタは最初から破壊ではなく捕縛を目的にしていたのだろう。返答に迷いがなかった。
「それにこいつ、全然やる気がなかったし」
『普通に激戦に見えたんだけどね?』
「動きが俺を殺そうってもんじゃなかったんだよ。時間稼ぎ、できれば拘束しておきたいってのが見え見えだったからなぁ。舐めプし過ぎだっての」
結果としてフレーヌが必要以上に踏み込んでもこなかったからルッタもやむなく右腕ひとつを囮にして捕縛する手段に出たわけだが。
「ともかくコイツが俺たちを足止めしようとしてたのは確かだよ。で、こうして倒したわけだけど……うーん」
ルッタが眉をひそめる。上手く捕縛できたもののここから先はノープランだ。
人が乗っているのならともかく、今のフレーヌは無人で銃の脅しも通用しない。また抵抗し出したら撃破するしかなくなるし、このままでは相手の目論見通りに時間を稼がれてしまうだろう。
(問題はなんでガーディアンだけでなく、コイツまで襲ってきたのかって話なんだけど)
残りのガーディアンたちが動く気配はない。
ルッタたちに銃口を向けてくる様子もなく、敵対状態は解かれているように見えた。リリの安否は気になるが、ルッタたちへの対応を考えれば危険な状況ではないようにも思える。であればここからどう動くのが正解なのかとルッタが考えていると突然ゴゴゴゴ……という地響きのような音が聞こえ始めた。
『これは地震? いや中央の塔だ。塔が動き始めてるのか?』
ナッシュが震源地であろう中央の塔に視線を向け、警戒感を露わにしながらそう口にした。
(ん? 時間稼ぎはこのためだったってことか。でも、だとすれば何が起きるんだ? リリ姉は?)
リリの身を案じたルッタはもはやここで立ち止まっているべきではないと考え、ひとまずフレーヌの四肢だけでも破壊して無力化しようとガトリングガンを構え……
『ルッタ、もう大丈夫だよ』
通信と共にプリンの塔から出てきたキャプチャーの肩に乗ったリリらしき人物の姿を目撃した。
「リリ姉!?」
『うん。アン、ご苦労様。ルッタ相手によく頑張ったね』
その人物は潜水服のような物に身を包んではいたが確かにリリのようだった。そして労いの言葉を受けたフレーヌの水晶眼がピカピカと光って反応するのを見てルッタが眉をひそめる。
「ええと、つまりこれってリリ姉の指示だったってこと? どういうことなの?」
『ごめんねルッタ。リリも連れていかれてから話を聞いたんだけどね。どうもルッタたちは施設を破壊する危険な侵入者だって誤解されてたみたいなんだよ』
「危険……いや、そりゃまあ」
遺跡側からすればルッタたちが危険な侵入者であるという認識は誤解ではなく、言い訳しようのない事実であった。
『だからふたりから侵入者としてのタグを解除して、アンにルッタを止めてくれるようにお願いしたんだけど』
そこまで口にしてからリリの視線がフレーヌに向けられる。
『上手くいって良かったよ』
「上手くいったの!?」
上手くいったらしかった。
(いや、確かにリリ姉が戻るまでここで時間稼ぎをするって目的なら達成してるのか。ガーディアンもフレーヌが来てからは攻撃していないし)
すべて狙い通りであったことに微妙に悔しい気分になったルッタだが、気を取り直して再度リリに尋ねる。
「それで、リリ姉。上手く俺をここに足止めしたわけで、それも成功したってことだよね。結局今どういう状況なの?」
『うん。それなんだけど……』
リリの視線がプリンの塔に向けられる。
『ふたりとも、塔の振動が大きくなっていくぞ』
ナッシュが眉間に皺を寄せてそう口にした。確かに音は大きくなるばかりで、振動も激しくなっている。何かが起きているのは明白で、リリも『話は後の方が良さそうだね』と言って拘束の解かれたフレーヌに乗り込んでいった。
『まずは遺跡を出よう。ここは今まで以上に人間にとって良くない場所になるから』
「良くない場所って……なんだ、あれ?」
ルッタはプリンの塔から上空に向かって柱のようなものが伸び始め、塔周囲の魔力の霧、竜雲が塔を中心に渦を巻き始める光景を目にした。
『ルッタくん。これはヤバいぞ』
「あー、そうだね。よく分かんないけどヤバそうだ」
状況は不明。けれども何かが起きていて、留まることが危険なことは言われずとも分かる。
「仕方ない。撤退しよう。リリ姉、後でちゃんと説明してもらうからね」
『りょーかい。ガーディアンは攻撃してこないから最短で突っ切るよ』
リリも余裕がないのかすぐさまフレーヌを起動してルミナスフェザーを展開すると、ブルーバレットとノーバックと共に急ぎこの場を離れ始めた。
「メーターが振り切ってる。マジでヤバいな、これ」
コックピット内の計器が異常な数字を出している間にも緑の雲は渦巻き、その中を赤い稲妻が走り、魔力風は吹き荒れていく。遺跡を中心にこの世の終わりとでも言わんばかりに変化していく光景を目にしながらルッタたちは遺跡から全力で離れていく。
『ああ、遺跡が……』
通信機越しにナッシュの声が聞こえた。そしてルッタが遺跡の方へと再度視線を向けると、そこには巨大な緑の竜巻に呑み込まれていく遺跡の姿が見えたのだった。