024 トリックスター
当初の予想通り、フレーヌの目的は時間稼ぎなのだろう。だからフレーヌは守りに入り、ルッタも攻めきれない。相手が逃げ腰だからカウンターを仕掛ける隙も少ない。ならばとルッタはブルーバレットをさらに加速させる。トップスピードは当然オリジンダイバーには及ばない。だからルッタはブレーキを踏まず、全速力を維持して挑んでいく。
「倒す気がないってんなら構わないさ。ならこっちが一方的に倒させてもらうだけだからね」
その言葉の通りにルッタは次々と攻撃を仕掛けていく。幾度となく剣と剣がぶつかり合い、その度に火花が散る。ブルーバレットはここまで防御に回していた分の力も攻撃へと費やし、また守勢に比重を置いているフレーヌは反撃の糸口を掴めず、わずかばかりのダメージを負い続けていく。クリーンヒットこそないものの天秤はルッタへと傾きつつあった。
『これがルッタくんの本当の力か。ははは、凄いなこれは』
その動きにもはやナッシュの目は追いつけていない。それは青と白の弾丸が飛び交うが如く。
けれども現実はこの状況が続くことを許さなかった。
ピキリ……
そんな音がどこからか聞こえた。
「!?」
ルッタがその状況に目を細める。ブルーバレットの魔導剣にヒビが入り始めていたのだ。
「けど、まだやれる。保てよ俺の刃!」
あと少し。もう間も無く戦いの状況は変わる。それを肌で感じながらルッタは猛り、魔導剣を振り下ろす。そして……
「そこだぁあ!」
フレーヌがその一撃をキャリバーで迎え打った直後、刃と刃がぶつかり合ったのと同時にけたたましい破砕音と共に魔導剣が砕けるのが見えた。
『不味い』
ナッシュが叫ぶ。
ブルーバレットの持つ魔導剣は所詮量産品。その上にここまでの戦闘で負荷がかかり続けていたのだから上位武器であるキャリバーに折られてしまうのも道理だ。
『逃げろルッタくん!』
ナッシュが悲鳴のような声をあげる。フレーヌがさらに返す刀で無情にもブルーバレットの右腕を斬り飛ばしたのだ。それで勝敗は決した。ナッシュはそう理解した。けれども、その認識は『誤り』である。
「だからさぁ」
この状況こそがルッタの狙っていたもの、意図したものであった。
「問題ないって言ったよねナッシュさん」
直後、魔導剣の折れた刃の断面から噴き出した魔力によって斬り飛ばされた右腕が加速する。本来であればその右腕はあらぬ方に飛んでいただろう。いや、そもそも機体から離れた腕では供給が途絶えた魔力が噴出するはずもない。
「つまりはこういうこと!」
腕の先から伸びていたワイヤーアンカーは『ブルーバレット本体へと』繋がっていた。魔力はワイヤーアンカーの魔導線を経由して魔導剣へと流れ、簡易ブースターとなってフレーヌに巻きついてゆく。
『!?』
リリであれば気付けたかもしれない。リリであればこんな距離まで接近しなかったかもしれない。けれどもフレーヌを操作しているのはリリではなく、ルッタがこれまで何度も繰り返したトリッキーな罠に反応できるだけの応用力もない。初手でキャリバーを用いて斬り裂くか、或いは多少の猶予があればオリジンダイバーの出力で無理矢理脱出もできただろうがすべてはもう遅い。フレーヌはルッタに対応できていない。
『ワイヤーアンカーが絡まって。おいおい、そんなのアリかよ』
ナッシュが驚きの顔をして見ている前で加速する右腕が弧を描きながらフレーヌをワイヤーアンカーで絡めとり、その動きを封じていった。
「どっせぇい!」
さらに身動きの取れなくなったフレーヌをブルーバレットは左腕で掴んで振りかぶり、そのまま真下に叩き落とすと、抵抗する間も無く白い巨体は鋼鉄の床に激突した。
その様子をナッシュがあんぐりと口を開けながら眺めていた。
『まさか本当にオリジンダイバーを倒した? 量産機が? 一機で?』
まさかの逆転劇。完全に負けたと思ったナッシュの目の前ではフレーヌが地に落ち、ブルーバレットがそれを見下ろしている光景があった。
「ま、中の人がいないんだからこの程度ですよ」
そう言ってルッタがまるで身動き取れずうつ伏せに倒れているフレーヌの前に降りると、
「よっこらっしょっと」
落としていたガトリングガンを担ぎ上げてそのまま銃口をフレーヌへと向けた。
『え……ガトリング?』
あまりにも自然なその光景を見てナッシュが固まった。降りた先に落としたガトリングガンがたまたまあった……と考えるにはあまりにもでき過ぎている。であればこれは必然なのだ。ここまでを考えてルッタは戦闘を組み立てていたのだとナッシュは理解し、戦慄した。
「はっはっ、量産機ごときに捕縛されるとは……オリジンダイバーの面汚しめ」
ルッタが汗を拭いながらそう言って笑い、崩れ落ちた敗者を前に勝者が口を開く。
「で、これで詰みだよフレーヌ。リリ姉はどこにいる?」