020 地より来たりて少女を喰らう
(マスターキーだって?)
ルッタは困惑していた。フレーヌがガトリングガンを触った時、ブルーバレットもガトリングガンに接触していた。だからブルーバレットを操縦していたルッタのヘルメットのバイザーにもその際に起きた現象についてのアナウンスが表示されていたのだ。
その内容とは、マスターキーによりブルーバレットのガトリングガン使用許可が得られた……というもの。
(マスターキー……これって何を指す言葉だ? フレーヌか? リリ姉か?)
ルッタの視線がフレーヌに向けられる。
マスターキー。その言葉の意味するところは明白だ。複数の扉を開くことができる特別な鍵。
問題なのは、そのマスターキーが一体『どこまで適用される』ものなのかということだった。
(リリ姉とフレーヌがここで見つかったという話は聞いていない。となればどちらかが『ノートリア遺跡の』マスターキーということはないはず。だとすれば……もしその機能が『全てのイシュタリア文明の遺跡に適用可能』だったとしたら)
ルッタがブルッと震えた。
その想像が正しければ、それはきっととてつもない事になるだろう。世界がひっくり返るほどの影響を及ぼしかねないほどのものだ。
(もしそんな力があるのだとすれば、ここみたいな遺跡を支配することだって可能になるかもしれない)
ルッタやリリに蹴散らされたアレらも適切に運用すれば強力な戦力になるだろう。
防空システムも合わせればたとえ天領軍が相手でも十分に対処可能。それはこれまでこの遺跡が攻略されきっていないことからも明らかだ。
(それにゴーラ武天領軍の狙いはフレーヌではなくリリ姉だった。まさか、だからゴーラはそこまでリリ姉を狙っているのか)
そうであるならば納得がいくとルッタは理解した。ゴーラ武天領軍の狙いは間違いなく……
『ルッタ?』
「あ、リリ姉?」
呼びかけられてルッタは自分が思考の沼に沈んでいたことに気づいた。
『大丈夫? ポンポン痛い?』
「ううん、別にポンポン痛くないよ。けどありがとうリリ姉」
『どういたしまして。はいルッタ。使えるようになったっぽい?』
フレーヌがブルーバレットにガトリングガンを渡す。そしてルッタがブルーバレットにガトリングガンを構えさせて引き金を引くと銃身が回転して銃弾が数発飛び出した。
「うん、問題ないね」
ルッタがうんうんと頷いた。
(確かに機体と繋がってる。ブルーバレットの火器管制システムとも連動しているし、規格自体は同じってことだろうね)
『え? え? どういう事? リリさんは解除できるの?』
『さあ?』
その様子を見ていたナッシュが混乱している。何しろナッシュやその他の誰もが試してもガトリングガンは扱えなかった。だからガラクタ扱いで二束三文で売るしかなかったのだ。
けれどもナッシュの問いへのリリの答えは疑問形であった。実のところリリ自身も起きた現象について正しく理解できているわけではない。またこの場における変化は実のところもうひとつあった。
『ん、フレーヌ? どうしたの?』
突然リリの口から怪訝そうな声が出た。
その初めて聞いたかもしれないリリの戸惑いの声にルッタが眉をひそめてフレーヌに視線を向けるが、妙な違和感がそこにはあった。
(なんだ?)
ルッタにはフレーヌの動きが止まっているように見えた。それは乗り手と機体がフィードバックしている以上、意識しなければあり得ない状態だ。無意識化でも体は動く以上、わずかにでも蠕動しているのが普通なのだ。
そしてルッタがリリにそのことを尋ねようとした次の瞬間、バイザーに床下から何かしらの反応が現れたことが表示された。
「これは……やばい!? リリ姉、ナッシュさん。下から何かくる!」
ルッタが声をあげながらブルーバレットを跳び下がらせ、ナッシュも船導核を腰のアタッチメントに接続しながら動き出した。けれどもフレーヌだけは微動だにせず、その場に留まっている。
『フレーヌ? なんで』
「リリ姉ッ」
ルッタが叫んだ直後、床が割れて巨大な口のようなものがフレーヌを呑み込む光景が目に入った。それにルッタが目を見開かせるものの、即座にショルダーカノンを放って命中させる。
「チッ」
……が、それは装甲の一部を破壊したものの動きを止めるほどのものではない。
「装甲に穴を空けた程度か」
(機械のワーム? なんでフレーヌを……それにフレーヌもなんで何もせずに呑まれたんだ。抵抗だってできるはずなのに)
魔導散弾銃を撃ちながらそんなことを考えている間にも機械ワームは天井を貫いて、外へと飛び出していく。
『嘘だろ。リリさんが拐われた? ルッタくん、ど、どうする?』
「リリ姉は置いてけないからね。俺は追いかけるよ」
そう返しながらルッタは逃げていく機械ワームへと視線を向けるが、やはり体内にいるはずのフレーヌが抵抗している様子はない。
(今でも動ければキャリバーで輪切りにして逃げられるはずだろうに。それをしなかったのはフレーヌがおかしかったから? これがガトリングガンを解除したのを察知されたから起きたものだとして、どういう状況なんだ?)
リリを拐われた危機感よりも、フレーヌに対しての違和感がルッタの中では強まっていく。けれども、だからといって追いかけないという選択肢はない。
『追いかけるって……外にはガーディアンがたくさんいるんだぞ』
「分かってるよ。つまりこっからは物量戦だ。だから使えるもんは使わせてもらわないとね」
ブルーバレットの火器管制システムはガトリングガンを正しく認識している。であればとルッタはバケツマガジンをブルーバレットに背負わせて、ガトリングガンを構えてフライフェザーを起動させた。
「ナッシュさん。依頼は未達成扱いでもいいから帰りはひとりでお願いできる? リリ姉が通ってきた道に戻るなら多分大丈夫だろうから」
『ちょっ、待つんだルッタくん!?』
止めるナッシュの言葉も聞かず、ルッタはブルーバレットを操作して外へと飛び出した。
「どうあれリリ姉に手を出したんだ。この代償、安くはないよノートリア遺跡!」
そして遺跡内で銃声が再び響き始めた。