016 アライバルポイント
(あー、オリジンダイバーなんてもんまで作ってたんだもんな。そりゃ前世よりもずいぶんと高度な文明なわけだよ)
内部に入ったルッタがまず思ったことがソレだった。
施設内は一見すればルッタの記憶の中にある、前世の自動車工場を大型化したような外観だったが、それぞれの装置はどことなく洗練されていて未来的という印象があった。
「ナッシュさん。凄いね、これは」
『だろ? ワクワクするよね』
ルッタの素直な感想にナッシュが嬉しそうに頷く。
男の子はこういうのが大好きなのである。
「でも、こんな凄い文明なのに今はもうないってのが不思議だよね」
『滅んだわけじゃあないらしいけどね』
「そうなんだ?」
ルッタが知っている古代イシュタリア文明の知識は、オリジンダイバーやアーマーダイバーを造った太古の文明であり、天空島等もイシュタリア文明由来のものであるということぐらいであった。
『僕も聞き齧った程度の知識しかないけどね。イシュタリア文明はかつて恐ろしい神と契約して栄えた文明だったって言われてる。で、その神は大神、創世の女神、或いは運命の糸を繰る邪神だった……なんて当時の記録には書かれているんだ』
「うーん、そんな神様聞いたことないなぁ。その神様、名前とかないの?」
『残念ながら記録に残ってないんだな。ずいぶんと忌避されてたのか、教義的な問題なのか。今はもう廃れた信仰だから当時の記録自体がほとんどないし、すっごい嫌われてたみたいなんだよ。何しろその神様はイシュタリア文明に繁栄を与えはしたけど、引き換えに滅びの運命を生きることも強引に定めてしまったらしくてね。そりゃ誰も敬わなくなるよ』
「神様が繁栄させて滅ぼした? すごいマッチポンプ感あるけど、でもナッシュさんは滅んでないってさっき言ったよね?」
『うん。もう千年だか二千年だか昔の話だから古文書などからの推測でしかないけど……契約が満了した後に彼らは邪神の手の届かぬ遙か天空の頂を越えた先へとひっそりと逃げ出したんだって。だから彼らはもうこの世界にはいないけど、滅んだ訳ではなく別のところに行っちゃっただけなんだって言われてる』
「別の……天空の頂を越えた先……それって宇宙ってこと?」
『そうそう。そういう名前だったね』
ルッタの問いにナッシュが頷いた。異邦人と言われる外から来た者たちの知識によってこの世界には宇宙という概念も存在している。それが信じられているか否かはまた別の話ではあるが。
(ふーん。イシュタリア人は宇宙に逃げたと? それじゃあオリジンダイバーが宇宙でも使えそうって思ったこと、あながち間違いじゃないのかもしれないなぁ)
オリジンダイバーを生み出すほど高度な文明であれば、宇宙に進出したという話も頷ける。そんなことを考えながらルッタはブルーバレットを操作し、施設の残骸を避けながら進んでいく。
「あ、ストップ。隠れるよ」
それからしばらくしてルッタの指示で三機が残骸の影に隠れると、サーチャーのものらしきプロペラの回転音とガシャンガシャンというキャプチャーの足音らしき音が響いてきて、それらはルッタたちが隠れている場所の前をゆっくりと通り過ぎていった。
そしてそれらの反応がレーダーから消えたことでルッタがフゥッと息を吐く。
「通り過ぎたね。というかあちらもイシュタリアの遺産なのにこっちを気付けないのって不思議だよね」
『探査自体はサーチャーが担ってるんだろうけど、連中にアーマーダイバーのような魔力レーダーはないみたいだからね』
ナッシュがそう返す。同じ文明のものでも技術力には差が生じている。或いは同じ文明でも違う系譜の技術なのかもしれないとルッタは思った。
『それじゃあガーディアンも通り過ぎたし、進もうかルッタくん』
「了解」
そしてルッタがブルーバレットを動かし、先へと進もうとするとリリが『待って』と声を上げて制止した。
「え? うわっ」
わずかに瓦礫の中から頭部を出したブルーバレットの水晶眼に、崩れた建物の隙間から赤い光が差しているのが見えた。
(外? なんだ? デカい目?)
『下がってルッタくん。ビッグアイだ』
「アレが!?」
それはアーマーダイバーの全長と同じくらいのサイズの球体から四本の鉄の触手が伸びたタコのようなロボットだった。
そのロボットはまるで眼のような球体の中心から赤い光を放ち、周囲を頻繁に照らしていた。
(レーダーの反応が鈍い? ステルス機能がついてる? それにあの赤い光は触角みたいなものか。面倒だな)
ルッタは戸惑いながらも機体を瓦礫の裏手に戻す。
『あのビッグアイはサーチャーと同じように探索を行うし、また攻撃もしてくる。実際、緑翼団はアレに見つかった後にガーディアンに囲まれて撤退したんだ』
苦々しい顔でナッシュがそう口にした。
それからビッグアイが去ったのを確認するとルッタたちは再び先へと進み始めた。
そうしてしばらくして施設の端にまで辿り着くと、その場で一旦立ち止まる。そこは地図上では死んでいる施設を示す黒塗りのエリアの中で一番中央に近い場所だった。
「で、ここからが本番ってことだよね」
『そうだね。君たちを雇ったのはこの先を越えるためだ』
ルッタとナッシュの視線の先にあるのは灯りに照らされた生きた施設である。
そして今、彼らがいるこの場所こそがナッシュが五年をかけて探索した末の最終到達地点であった。
ここから本番ってこと。