私は君に持っていてもらいたいんだ その8
不思議な家だった。床が一段高くなっていて、草で編んだようなシートが敷いてあった。ラオスーは靴を脱いで上がったので、僕たちもそれに習った。
床の上に低いテーブルが置かれている。サキは足を不思議な形に組んで床に座った。僕も見よう見まねで同じように座る。しばらくしてラオスーがカップを僕たちの前に置いた。中味は薬草のような味のする飲み物だった。
「それで。礼をいいに来ただけではあるまい」
ラオスーは細いパイプの先にたばこの葉を詰めている。
「実は、お願いがあってきたの。彼は『先祖返り』よ」
顔を上げずにラオスーはいった。
「そうは見えんが」
「M3ファージでTB化したばかりだから。名前はレン。レナード・マーシュよ」
僕の名前を聞いて、ラオスーはピクリと白い眉を動かした。
「ハリー・マーシュの息子か」
「はい」
僕は答えた。
「ラオスー、彼に体のコントロールの仕方を教えてあげて欲しい」
火をつけたパイプを吸い込んでふーっと煙を吐き出すと、ラオスーは目を細めた。
「まったく、お前たちはろくな頼みを持って来ん」
「聞いて。ファントムたちがある計画の準備を進めているわ。もしそれが実行に移されたら、西部地区の人々はすべて殺されてしまうかもしれない。だから今、『アーム』の人たちがなんとかしようとしている」
「お前さん、いつから『アーム』になったんじゃ」
サキは首を振った。
「なってないわよ。でも、もうそんなことをいってられなくなっているのよ」
「わしは『アーム』のやることにも、ファントムのやることにも興味はない。火星の人間がどうなろうとかまわん。自分も含めてな」
「ニキも『アーム』と行動を共にしているわ」
「そうか……」
煙草の煙の向こう側からラオスーが僕を見つめた。
「ときに坊主。お前さんの夢はなんじゃ」
突然の質問に僕は答えに詰まった。
「分かりません」
僕にはそう答えるしかなかった。どうしてそんなことを訊くんだろう。
「その歳で自分の夢を持ってないとは。やれやれ、なんともったいない。そうは思わんか、サキ」
サキは困った顔でラオスーを見た。
「それは無茶よ。レンはつい最近までこの世界の真実を知らなかったのよ」
「そんなことは分かっておる。それがハリー・マーシュの選んだ道じゃからな。だが、すでにこの子は徐々に別の道を歩み始めておる。詳しい事情は知らんが、察するにこの子はいずれ大きな岐路に立たされるのではないかの」
何もいわず、サキは僕をじっと見つめている。やがて溜息をついてうなずいた。
「その通りだと思うわ」
カン、と音を立てて、ラオスーはパイプの中の灰を木の箱に落とした。
「ファントムの計画発動までどれくらいじゃ」
「一か月よ」
「ニキのようにはいかんぞ。なんせ後天的な『先祖返り』なんて初めてじゃ。時間もない。あまり期待せんでくれ」
「ありがとう、ラオスー」
「それで、あやつは元気にやっておるのか」
「ええ。元気にやってるわ」
ラオスーはかすかにうなずいた。




