私は君に持っていてもらいたいんだ その3
みんな驚いてドクターを見た。
「おいおい、いったいどういう冗談だ」
「冗談ではないよ。君たちにここまで話してしまった以上、私はもうコーディネーターには戻れない」
「ちょっと待ってくれ。コーディネーターに戻れないのなら、俺たちと行動を共にすればいいじゃないか。ファントムからあんたを守るくらいのことはできる」
「私は自分の身の上を心配しているのではないよ。私が君たちと行動を共にすれば、ファントムは私から『アーム』に情報が漏れたと思うだろう。そうなると彼らは計画を変更する可能性がある。だから私を撃て。そして、私から情報を引き出そうとしたが、口を割らなかったために殺したという噂を流すんだ」
ドクターの目は真剣だった。
――お前はコーディネーターの責任の重さを分かっていない。父さんの言葉がよみがえった。
「バーニィ。これから君たちが進む道は、とても険しいものとなるはずだ。君にも分かっているだろう。これがその一歩だ。ためらうな」
いつもの苦笑を消して、バーニィは拳銃に手を伸ばした。シリンダーから弾を抜く。
「ドクター。甘いといわれるかもしれないが、俺は常に仲間の命を優先してきた。これからもそれは変わらない。身近な人間を守れない奴が大勢の人の命を救えるはずがない」
抜いた弾をポケットに入れ、銃は反対側のポケットに収めた。
「これは預かっておく。ドクターにはしばらく身を隠してもらおう。ちょっと不自由をかけるかもしれないが」
溜息をつき、ドクターはうなずいた。
「分かった。君に従うよ」
「今日はここまでにしよう」
バーニィの言葉を合図に、みんな席を立って自分の部屋に戻り始めた。僕も席を立とうとしたとき、ドクターに声をかけられた。
「レナード君。お父さんのことは残念だった」
僕は立ち上がって、ドクターのそばに行った。
「ドクターも父のことをご存知だったんですか」
「もちろん。ハリーは私の先輩だからね。いろんなことを教えてもらったよ。実は、君がまだ生まれて間もない頃、お宅に何度かお邪魔したこともあるんだ。もちろん君は覚えていないだろうけどね」
「そうだったんですか」
僕はドクターに訊いてみたいことがあった。でも、いきなり訊くのはぶしつけな気がする。僕の気持ちを察したのか、ドクターは僕の隣に腰を降ろした。
「何か知りたいことがあったらいってみなさい。私に答えられることなら、話してあげよう」
僕も再び席に着いて、思い切って訊いてみた。
「あの、どうして地球のためにそこまでできるんですか。遠い世界の、見たこともない人たちのために命を捨てるなんて」
「ふむ。いきなり難しい質問だな」
ドクターは髭に手をやって穏やかな笑みを見せた。
「レナード君、残念ながら、それについて君を納得させるような答えを私は持ち合わせていない。それは、『そういうものだから』としかいいようのないことなんだ」
「僕には……よく分かりません」
「君はまだ若い。これからいろんなものを見て、ゆっくり考えればいい。ただ、これだけは覚えておいてほしいんだが、私は自分のことを不幸だとも、可哀想だとも思っていないし、ましてや崇高な使命を負っているとも思ってないんだ。コーディネーターとはそういうものなんだよ。ああ、ビル・レッドフィールドを除いてはね」
「でも、父はそれに抗ったんですよね」
「ハリーは確かに悩んでいた。どちらかというと、エレナがコーディネーターを続けていくことに反対だったんだ。でも、一番の理由は、ニキのことがあったからだよ。『先祖返り』をファントムに渡さないということは、コーディネーターの大原則に反するからね。でも、私はハリーの生き方が間違っているとは思っていないよ。そうだ、これを君に渡そうと思っていたんだ」
そういってドクターは上着のポケットから懐中時計を取り出した。そういえば、父さんも同じようなのを持っていた。
「昔、ハリーにもらったものなんだ。医者になるのなら持っていたほうがいい」
「でも僕は医者になるかどうか分かりません。この先西部地区がどうなるかも分からないし、もし完全にTB化したら……」
「私は君に持っていてもらいたいんだ」
僕はドクターから懐中時計を受け取った。それは僕の手のひらにすっぽりと納まった。思ってたよりも重い。
「分かりました」
ドクター・マチュアは満足げに微笑んでうなずいた。




