後悔ばかりの繰り返しだったからね その5
ライブラリは白いつるつるとした壁に覆われた巨大な丸い建物だった。
サキが壁に手を触れると、シュッという音とともに何もなかったところに入り口ができた。建物の中に入ると広い空間があって、左右に廊下が伸びている。丸い建物の外周に沿って続く廊下の壁にはたくさん扉があった。そのひとつにまたサキが手を触れると、自動的に扉が開いて僕たちは部屋の中に入った。
反対側の壁はすべてガラス張りだった。こんなに大きい透明のガラスをどうやって作ったんだろう。建物の内側には中庭があって、たくさんの草木が生えていた。吹き抜けになっているらしく、陽の光が降り注いでいる。部屋の中には白くてつるつるとした装置が置かれていたけど、僕には何に使うものなのかさっぱり分からない。
「シル!」
突然声を出したサキにも驚いたけど、いつの間にか僕の背後に人が立っていて、それに答えたのでもっと驚いた。
「こんにちは、サキ」
その人は、ほっそりとした体に白いふわりとした服を着ていた。声からすると男の人だと思うけど、僕はこんなに柔らかな表情をした男の人を見たことがない。年齢はよく分からない。三十歳くらいに見えるけど、肌がつるつるしている。
「久しぶり。変わりはない?」
「おかげさまで。こちらのお若い方は?」
「レン。レナード・マーシュ。ハリーとエレナの息子よ」
「そうですか、ドクター・マーシュの。はじめまして。シロヴェーンです。シルと呼んでください。レンと呼んでもいいですか」
顔だけじゃなくて物腰も柔らかい。僕はなんだか結婚式に呼ばれた客同士が話しているような気分になってきた。
「も、もちろん。はじめまして、シル」
笑いながらサキが僕の背中をたたいた。
「なに緊張してるのよ、レン」
「え、いや、別に」
シルは相変わらず柔らかな微笑をたたえて立っている。
「シルはここのインターフェイスよ。分からないことは彼に聞いて。何でも教えてくれるから。シル、この子に地球とこの星のことを教えてあげて。私はちょっと出かけなきゃいけないの」
「分かりました、サキ」
「じゃあね、レン。明日迎えにくるから」
サキはそういうとさっさと出て行ってしまった。
「あの、インターフェイスって?」
最初にその質問をしたのは失敗だった。シルは根気よく丁寧に教えてくれたけど、さっぱり理解できない。シルは本物の人間ではなくて、人間に作られた人工知能、AIだそうだ。人間が人間を作るなんて。しかも、その体は存在していなくて、映像として空間に投影されているんだそうだ。最初は信じられなかったけど、彼の体を僕の手がすり抜けてしまったのを見てようやく納得した。だから本当は人間じゃないんだけど、どう見ても人間にしか見えない。
「じゃあ、お腹は減らない?」
「はい。食事はしませんから」
「それは便利だけど、つまらない気もする」
「私にはものを食べるという経験がありませんから、空腹のつらさも、食べることの楽しさもよく分からないんですよ」
「ふうん」
そうやって回り道しながら、ようやくインターフェイスの説明にたどり着き、ここの施設のデータを人が見たり、操作したりするのを助けるために彼が作られたことが僕にも分かった。
「では、この星の説明から始めましょうか」
シルがそういうと、部屋が暗くなって、僕の目の前に青い球体が現れた。
「これが地球です」
きれいだ。地球ってこんなにきれいな星なんだ。
「もしかして、この青い部分が海なの?」
「そうです。よく知ってますね」
ヨミのいってた通りだ。地球の海は美しかった。そして不思議なことに、僕が夢で見た海と同じ色をしていた。
やがて、その隣に地球よりも小さな赤茶けた星が現れた。
「これが火星です」
「なんだか地球に比べるとみすぼらしく見える」
「これはテラフォーミングする前の姿ですからね。今はもう少し地球に似た姿をしています」
「テラフォーミング?」
「地球の環境に合わせて惑星を改造することです。火星にはもともと地球のような大気も水もありませんでした。それを人間が住めるように改造したのです。テラフォーミングが完了したのは今から八百年前です」
八百年。気が遠くなる数字だ。




