後悔ばかりの繰り返しだったからね その1
見渡す限りあたり一面青い水だった。
その水の中に腰まで浸かって、僕は立っていた。そうか、青い色は空の色を反射しているからなんだ。
もしかして、これがヨミがいってた昔の地球の海なんだろうか。ということは、僕は地球にいるのか。
いつの間にか、すぐ側を大きな木の板が漂っていた。どこかで見覚えがあると思ったら、うちの家のドアじゃないか。TBが吹き飛ばしたやつだ。僕は水面に浮かんでいるドアによじのぼった。
そこにはヨミがいた。なぜかとても悲しそうな顔をしている。僕が近づいていくと、ヨミは首を振りながらあとずさっていく。
「どうしたの?」
僕が問いかけてもヨミは無言で首を振るばかりだ。とうとうドアの端まできてしまった。僕が手を伸ばすと、ヨミは仰向けに海に落ちた。
上から海を覗き込むと、さっきとは海の深さが違っている。ものすごく深そうだ。その深い海の底へヨミはゆっくりと降りていく。
僕も飛び込もうとするけれど、体が動かない。海の水は透き通っていて、ヨミの体がどんどん小さくなっていくのがはっきりと見える。
僕は彼女の名前を叫んだ。
眼を開くと見慣れない天井があった。
柔らかな陽の光が何かに反射して、ゆらゆらと揺れている。
僕はゆっくりと起き上がった。頭がふらふらした。
小さいけれど居心地のよさそうな部屋だった。窓際に置かれたベッドに、僕は寝ていたらしい。開け放たれたドアの向こうはダイニングキッチンになっている。人の気配がした。
「目が覚めた? よかった」
ひょい、と女の人が顔を覗かせた。僕は一瞬、不思議な感覚に陥った。自分がとても永いあいだ眠りに落ちていて、ヨミが大人になってしまったんじゃないか、と。でも、よく見ると、その女の人とヨミは肌の色と髪の毛の色が同じなだけで、顔は全然似ていなかった。
「あの、ここは……」
「ちょっと待って」
女の人は部屋に入ってくると、ベッドの脇の椅子に足を組んで座った。両手に軍手をはめている。いきなり右手に持ったジャガイモを僕に突きつけた。
「あなた、エレナの息子でしょ」
「はい。あの――」
「よしっ、当たった!」
ジャガイモを握りしめて喜んでいるその人をぽかんと見ていると、彼女はハッと顔を上げて照れたように笑った。
「あ。ごめんね。こんなところにひとりでいると楽しみがなくて、つい。ハリーとエレナは元気? 確かアビリーンにいるって聞いたけど」
「母は六年前に死にました。父は……」
一気に記憶が噴出した。血まみれで横たわる父の姿が脳裏に浮かぶ。あれからみんなどうなったんだ。あのファントムは? でもその前に、この人に話してもいいんだろうか。
「あなたは? どこで両親と?」
「私はサキ・アサヒナ。あなたのご両親とは東部地区で知り合ったの。もう二十年以上前になるわ」
確かにその頃父さんと母さんは東部地区にいた。そこでTBを引き取ったはずだ。ん? 二十年以上前? この人そんな歳には見えないけど、いったいいくつなんだ。
サキは両手に握ったジャガイモに視線を落とした。
「お母さんのこと、知らなかった。ごめんなさい。わけがあって、ハリーたちとは接触できなかったの」
「あなたもコーディネーターなんですか」
少し体を乗り出すようにして、サキは声を落とした。
「そのへんのことは、ご両親から聞いているの?」
「いいえ。両親から直接は。ある人たちから話を聞きました」
「そう……。私はコーディネーターでも、『アーム』でもない。今は、そうね、ただの農家のおばさん」
そういって、彼女はジャガイモを顔の前に持ってきた。やっぱり、おばさんというほどの歳には見えない。
「だから、心配しなくてもいい。ファントムに突き出したりしない。あのMAを落としたのは君?」
僕はうなずいた。
「僕はどうやってここへ?」
「ある人が、気を失っている君を運んできたの」
「あのファントムは」
「その人が殺したわ」
「殺した? ファントムを? いったいどうやって――もしかして、その人は『先祖返り』なんですか」
「いいえ、違うわ。その人はTBじゃない。私たちと同じよ」
普通の人間でファントムを殺せる人がいるなんて。いや、待て。そんなことよりも、僕の体はあれからどうなったんだ。僕は手のひらをぎゅっと握りしめた。
強制的に『先祖返り』の能力を発現させる。どうやら、それが父の行っていた研究だったみたいだ。そして、父は僕にその研究成果を僕に打ち込んだ。確かにあのあと僕にはTBやファントムと同じ身体能力が備わっていた。でも、今は?
よく分からないけど、元の状態になっている気がする。とにかく、みんなのところに戻らなきゃ。




