僕はそれをいろんな人から教わった その2
シャトルに乗っていたファントムはカウントを入れて五名。みんな白くて柔らかそうな服を着ている。気を失っているあいだに、僕も同じ服を着させられていた。
自分の体を見下ろしている僕の様子を見て、カウントはいった。
「君の体は徹底的に除染させてもらった。悪いけど着ていた服は処分させてもらったよ」
『ノード・ワン』にはすでにふたりのファントムがいた。たぶんカウントたちを迎えに来た、地球と火星との往還船の乗組員たちだろう。
地球から来た往還船はこの低軌道ステーション『ノード・ワン』よりもっと高い高度、静止軌道上にあるもうひとつのステーション『ノード・ツー』に停泊中のはずだ。カウントが説明してくれる。
「彼らを運んできたシャトルはまた『ノード・ツー』に戻っている。僕たちはいったんここで打ち合わせをしてから、今乗ってきたシャトルで『ノード・ツー』に向かう。ブリーフィングは一時間後。君にも参加してもらうよ。とりあえず、それまではゆっくりしてくれ」
イルザたちはみな思い思いの格好で伸びをしたり、くつろいだりしている。
僕は、近くの窓から火星の姿を眺めた。真っ黒な宇宙空間に浮かんでいる赤みががった惑星。火星の地表がどんどん後方に移動していく。『ノード・ワン』は低軌道上にあるから、ものすごいスピードで火星上空を移動しているはずだ。
宇宙は、僕を不思議な気持ちにさせた。首のうしろがひりひりする。誰かが僕をじっと見ている感覚。でも、決して不快じゃない。小さな子供がじっと人の顔を見つめることがあるけど、例えばそれは、そんな無垢な視線のようなものだった。そして、まるで誰かが今にもささやきかけてくるような予感。本当に何かが聞こえてきそうな――。
そんなことを思っていたら、ファントムのひとりが僕に近づいてきて、何かを差し出した。
「これは返しておくよ。大事なものだろ」
僕の手のひらの中に、ドクター・マチュアの懐中時計がそっと置かれた。彼はセンターで僕から時計を取り上げて、家族の写真を見せた人だった。
「俺はブーンだ。よろしくな」
僕はブーンに礼をいった。そして、思わず笑い出しそうになった。運命が僕の手のひらの上に転がり込んできてしまった。ヨミ、どうやら君の願いはかなえてあげられそうにないよ。
「彼が例のお客さんだな」
往還船の乗組員が僕を見て、カウントにたずねた。
「ああ。レナード・マーシュ君だ。こう見えて彼はTBだからね、丁重に扱ってくれよ、ロバート。レン、ここまで来てしまったらもう腹をくくるしかないよ。シル!」
ステーションの中にシルが現れた。
「たぶんひと通りのことはライブラリで学んでいると思うけど、レンからの質問があれば答えてやってくれ。プロテクト七番まで解除」
「了解、カウント」
「レン、あとでみんなを正式に紹介する。それと、無重力状態の体の動かし方を――」
「僕は行かないよ」
「なんだって?」
「カウント、僕は地球へは行かない」
「今さら何をいってるんだ。私はあのお嬢さんに頼まれたんだよ。それに、地上からのコントロールがなければもう下には戻れない」
「僕だけじゃない。誰も地球へは行かせない。緊急脱出用のポッドが二機あるはずだ。あなたたちは今すぐそれに乗って降下しろ」
往還船のパイロット、ロバートが一歩前に出た。
「おい、坊や。いいかげんにしろよ――」
「シャトルに爆薬が仕掛けてある。あなたたちが脱出したあと、それを爆破させてこの『ノード・ワン』を破壊する」
「はったりだ、カウント」
ブーンがいった。
「それはどうかな」
僕は、ドクター・マチュアの懐中時計に仕込まれたスイッチを押した。
爆発音は聞こえない。カン、カン、という金属同士がぶつかる音とかすかな振動が伝わってきた。すぐにシルが反応する。
「シャトル破損。『ノード・ワン』の外壁に軽微な損傷。区画閉鎖しました」
カウントたちが顔を見合わせた。
「今のは小型のほうだ。もうひとつ、本命が残っている。今度のやつは『ノード・ワン』の半分を吹き飛ばせるぞ」
手に持った懐中時計を、僕はカウントに向けて掲げた。




