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ショートキャンペーン"虚象"Ⅴとかいう第9話

2046.7.25

旧コーレリア帝国領"城塞都市コーレリア"跡

神谷 夏彦 (なつぴこ)




「すげぇ」

「語彙……と言いたいところだけど、確かにそれしか出てこないわねぇ」



 旧コーレリア帝国領に入ってから最後に野営した遊牧中継点から徒歩で数十分のほど近く。

 俺達は、ついにキャンペーンクエストのメインプレイスたる、城塞都市コーレリア跡まで来ていた。


 "城塞都市"なんて呼び方するもんだから、ちょっと仰々しすぎないか、なんて思っていたが、その呼び名に遜色ない。


 全て石造り。押並べて建築の其れはローテク。しかしながら特筆すべきはその規模だ。使われていたころは入国審査官でも駐屯していたろう、税関の様な建物の付いた巨大な門。そこから左右を見渡し、視界の限り続く城壁に溜息しか出ない。


 倒壊した城壁の裂け目から中を覗き見れば、苔や植物に侵食された石造りの街並み。広大な市街地が、経年の風化を見せつつも"過去の栄華"を演出して余りある。



 だが。


 必要か。これ。



 城塞都市。それ自体が"街"だと最初から名乗っちゃいたが、たかだかキャンペーンクエストの実地に使うのにこの規模の建造物を、しかも無人で置いておく利点はなんだ。


 このThebes(VRゲーム)の中に、この"廃墟オブジェクト"が存在する理由は、本当にそれだけか。

 


 城壁の石壁に手を触れ、風化した表面を撫でる。

 さらさらと砂塵化した表面がこぼれ落ちる。


 伝い伸びた植物の蔓。朝露にわずかに湿気を帯びる、ざらざらした手触りの楕円形の葉。

 葉の根元から手折り、摘み取る。



 摘み取――れる。



 過去(・・)の栄華ってなんだ。この世界(VR)は去年出来上がったばかりなんだぞ?


 ただ巨大というわけではない。この情報密度はゲームビジュアルとしては異常だ。

 採算度外視の運営と囁かれるのにも、なるほど確かに納得だ、が。


 この違和感はなんだ。



◇◆◇◆◇



「サイトに公開されてる分のマップ情報だ」

「え、でも」


 ぞろぞろと参加プレイヤーたちが、堅牢な正門――ではなく、その大分横にある城壁の倒壊した裂け目から市街地に入ってゆく。

 それを横目に、巨漢のロイが差し出す、折りたたんだ羊皮紙のようなものにただ戸惑いの声を上げるしかない。


「先発組は先週から探索してるからな。一応北区、中央区辺りはマッピングが済んでいるらしい」

「へ? え、いやそういう事ではなくて」


「うん?」


 俺の反応に首をかしげる巨漢の戦士。その横で何かを察した様に、カントリードレスの少女、マリーがポンと手を打つ。


サイト情報(外部データ)現物(アイテム)んなってんのが不思議なんだろ」

「あー。なるほど最初は戸惑うかもなァ」


 相変わらず姿からは想像のつかない、おっさん口調で話すマリーシア。しかしながら心中を的確に代弁されて、俺ときゃみさまは黙って何度も頷いた。

 聞けば、先発組に居た情報屋が街に戻ってマッピング情報を売り、転写屋が手書き(・・・)で描き写しているとかなんとか。一応"転写の魔術"なんてのもあって、習得している魔術師はこういう時引っ張りだこだとか。


「あー描き写す(・・・・)のは結構な手間らしいけどな。VR内(こっち)じゃ印刷なんて安易にできないし」

「そういうわけでその情報、結構値が張るんだが、二人は初心者なんだっけ? おやっさんから特別にプレゼントしよう」


 そうやって、なにやら「えっへん」と小柄な体で胸を反らす、マリー。

 このひと中身はおっさんだとかいうけど、たまにこうやって無邪気さを見せてくるからホント、どこまで信じて良いんだか。

 ああ、それはいいとして……


「え、いや、防寒着だって借りてるのに」

「そこまでしてもらうわけには――」


 俺、そしてめずらしくきゃみさまも遠慮の言葉を吐こうとするが。


「なら一部2000シルバー……だけど?」

「「ふぐぅ!!」」


 キョトン顔で、紙一枚にとんでもない高額を提示するマリーに、俺たちは仲良くそろって口を噤んだ。

 正直此処までの旅費だって、初心者の俺達には結構厳しい額だったのだ。何から何まで全部お膳立てしてもらって申し訳ないが、ここはご厚意に甘えるしかなさそうだ。


「かーいいお嬢ちゃんたちに奢ってやんのも、おっさんの努めよ。黙って甘えとけばいいんだよぉ。にしし」


 その表現が一番似合いそうな"お嬢ちゃん"の顔で、自称ネカマのおっさんは朗らかに笑うのだった。



◇◆◇◆◇



「じゃあ、最初の確認しておくが、その羊皮紙(マップ)に書かれている赤いマーキング、わかるか?」

「え? ええ」

「此処に何があるの?」


「北区民間集会所跡。……ってことになってる。要ははぐれたらここで落ち合おうっていう、合流地点な」

「なるほど」


 緊急時の合流地点を決め、いい加減プレイヤーがまばらになりつつある城壁外から、いよいよ都市内部へ。

 他のプレイヤーも全員がそこを通っていく、倒壊した城壁の裂け目。俺達も行儀よく順番待ちし、しかしながらそれほど待たされることなくそれを潜ることになる。


 で。


 っていうか。


 そう、まさにその城壁の裂け目をまたいで内部へ侵入した瞬間だ。



 こ──────ん。



 て。なんていうか鉄琴の低音を思い切り叩いたような音が聞こえたかと思うと、周囲の雰囲気ががらりと変わる。

 苔生した石造りの街並み。しかしながら快晴の空の下、視界良好だったはずのそれが、その一瞬で深い霧の中に沈み、まるで日の明けきる前の朝もやの中にいるようだ。


 なんだ、これは。


 動転し、無意識に同伴する仲間と状況を確かめようと、後ろを振り返る。



 が。



 其処に居たはずの仲間は全員忽然と消えていた。


 きゃみさまも。

 ロイも。

 マリーシアも。


 それどころか、たった今潜り抜けてきたはずの、城壁の裂け目が――ない。

 そこには無機質の、風化した石壁の城壁が、それでも安易に突破不可能な質量を持ってただ、其処に在った。

 慌て慌てて、周囲を見渡せばすぐ近くに何人も歩いていたはずの他のプレイヤーの姿もない。


「え……」


 そんな反応しか示せない。

 なんだそれは。


 なんだ。これは。

 クエストの演出にしたって悪趣味が過ぎる。



 うすら寒い状況に、情けなくも恐怖すらし、俺は慌てて操作窓(コマンドウィンドウ)を呼びだす。

 ゲーム内メール機能を起動し、其処に羅列されるフレンドリストの名前が点灯――つまりオンライン表示になっていることに少しだけ安堵し。


 リストからきゃみさまのキャラネームを選択し、本文記入欄に疑問を簡潔に打ち込んだ。


 "なぁ、これ個別侵入(インスタンス)ダンジョンってやつか?"

 

 つまりエリアに侵入した単位、個人あるいはパーティ毎に全く同じ内容の別のダンジョンが用意され、プレイヤー間でリソースを奪い合うことなくコンテンツ利用できるという類のものなのではないか。


 迷わず送信ボタン押す。


 しかしながら即座に表示されたシステムメッセージに愕然とする。


 曰く。


『今は利用できない機能です』


 背筋に、冷たいものが走る。

 なんだその、"今は利用できない"って。演出だからって此処まで連絡不能にする必要があるのか?

 そもそもインスタンスダンジョンであるならば、俺達より先に侵入し、俺の前を歩いていた(・・・・・・・・・)他のパーティのプレイヤーはなんだ。

 

 バグ? まさか。サービス開始以来目立った不具合など一つたりとも起こしていない最大手ゲームサービスが、ここへきてこんな致命的な……?


 いや、バグならバグでもいい。

 今時、ゲームの中で不思議な空間に迷い込んで――とか。

 そんな都市伝説じみた怪談。冗談じゃない。


 こういう時は慌てず、あれだ。


 リログ。って。やつだ。

 つまり一度ログアウトして、もう一度ログインしなおせば、何かの拍子にへんな座標にぶっ飛んでいた俺のキャラクターの位置情報が更新される。それで、今も俺が突然消えたことに戸惑っているであろう仲間たちの目の前に出現。

 という寸法だ。


 そうと決まれば善は急げ。

 俺は操作窓(コマンドウィンドウ)に指を滑らせ、その最下段に位置する"ログアウト"の項目を迷わずタップした。


 そして。




「うそ……だろ」




『今は利用できない機能です』



 再び表示された、その無機質なシステムメッセージに。

 俺は目を見開いて、愕然とした。

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