ショートキャンペーン"虚象"Ⅳとかいう第8話
2046.7.25
旧コーレリア帝国領"遊牧中継点"跡
神谷 夏彦 (なつぴこ)
「ようやくクエスト開始か…………」
「これはイベント達成者が居ないのもわかるわ……」
イベントの開始フラグがコーレル市にあるのだから、キャンペーンクエストがコーレル市から始まるのは仕方がない。
しかし、だ。
キャンペーンクエスト「虚象」を受諾した俺たちは、コーレル市の馬車駅で出会った勇者と巨漢の二人組と同伴し、馬車で現地まで移動。ここまではいい。
問題なのはその距離だ。
本当に世界が広大で、都市間にはリアルな距離が有って。その間に配置された如何なるオブジェクトにも"無駄なものなど無い"というのがこのゲームのコンセプトらしいが、いかんせん未知の場所への移動に時間がかかり過ぎる。
最初の街であるセレクトリア領ヴァルハラ市から西隣にあるコーレル市への移動には馬車で1日つぶれた。
既にその時点でだいぶうんざりだが、まぁ確かにその作り込まれた"道の途中"ってヤツは驚嘆の出来で、一日そんな日があるのもバーチャル旅行してると思えばありかなって気はしてた。
だが今回はあれだ。規模的には「国家間移動」ってやつだ。
旧コーレリア帝国遺跡は現在のコーレル市からはるか南。直接馬車で南下すれば、同日中には絶対に到達できない。
馬車移動中にリアル事情で……つまり明日の仕事や学校の為に、もう寝なくてはいけないからログアウトする。だが、このゲームの乗合馬車はログアウトすると乗車基地に戻ってしまう。
そうなれば2日目からは徒歩で気の遠くなる距離を歩かなければならなくなる。
いや、さすがにグラフィックがすごいったってそんな長旅はごめんだ。
なので、コーレルを発った後、イベント参加者たちの馬車はまず南東へ向かい、ヴァルハラの南にあるセレクトリア領アレンフォート市を目指しそこで一泊する。
つまり、同じ宿を取り、お互い申し合わせて時間を決めてログアウト、再ログインする。翌日はアレンフォートの馬車駅で再び乗合馬車を借り、さらに南下してセレクトリア領の南端、シュヴァイツ市へ。さらにシュヴァイツでもう一泊し、翌々日西進、旧コーレリア帝国領内で野営。
実にリアル時間で4日目からのクエスト着手となる。
俺ときゃみさまは都合よく夏休みという奴なので、その拘束スケジュールもなんのそのと言ったところであったが、聴けばロイは有給休暇を取得して参加しているとか。
マリー? 彼女は……なんかその話になったら気まずそうに眼を逸らしていたので、聞けなかったというか。うん。空気を読んだ。
そう、未だ以てクエスト達成者無しの理由の半分は恐らくこれだ。
難度の問題ではない。リアルにスケジュールを盗られすぎて普通の社会人はまず参加する気にならないだろう。
「てゆっかさ! てゆーかさ!」
ワンピースの裾をひらひらさせながら、きゃみさまがぴょんぴょん飛び跳ねる様に歩く。それを追って、俺も野営地の天幕から抜け出し、二、三歩小走りに駆けたところで彼女の言わんとするところを察する。
「「寒ぅ!!」」
である。
「お前ら、ンなこたシュヴァイツ辺りでわかってたことだろーがよ。そんなカッコで出歩く方が悪い」
二人して肩を抱いて飛び跳ねていると、後ろからめんどくさそうな声。
振り返れば巨漢のロイが眠そうな顔で頭を掻いている。
そう、俺たちは旧コーレリア帝国領まで到達していた。
此処は緯度で言えばセレクトリア領の南端と同緯度。南の山岳を越えれば年中豪雪の雪国シルヴェリア。
此処も積雪こそ無いものの、"雨が降ったらそれは雪かな"というくらいには冷え込んでいる。つまり零下の気温。
そんな中、方やキャミソールワンピース。方や夏用のセーラー服。
これはとてもではないが心が折れる。
「そ、そう言えば防寒具を貸し出してもらえるとかって……へきし!」
見れば一番寒そうな半裸だった巨漢の戦士、ロイはちゃっかり長袖を着込みその上から毛皮の上着まで羽織っている。
すがるようにロイに駆け寄ってみれば、無言で彼の天幕を指さされる。
俺ときゃみさまは寒さに耐えかね、逃げ込むように天幕に入った。
野営地は他の参加者もいて、イベント期間中の今はキャンプ場の様相だ。
旧コーレリア城塞都市に最寄りの遊牧中継点跡を、そのまま野営地として使用しているのだが、煉瓦造りの建物などが屋根付きで残っている様な場所は先に到達したプレイヤーが早い者勝ちで占拠しているため、俺たちは煉瓦の壁がちょっとだけ残った横に天幕を張っているわけだ。
いや、野営も何も、寝るときはログアウトすればよい。
――って思うじゃん?
それがこの出来の良すぎるVRMMOにおいては色々不都合も有ったりするんだ。具体的に言うと衣類装備変更ひとつとっても自分で着脱ぎしなきゃいけない。視線を遮るプライベート空間は必要だ。
一応のご配慮いただいて――天幕は"中身別"で、俺ときゃみさまで1つ。ロイとマリーで1つ。
そのもう1つである、ロイとマリーの天幕にお邪魔して見れば、マリーが種火の前でなにやらスープの様なものを啜っていた。
ニット帽、ポンチョ、の上からマフラー、手袋。よく見るとスカートの下もタイツの様なものを穿いている。完全防御だ。
「あ゛ー。朝は味噌汁派なんだが、たまにゃ"こーんすぅぷ"もいいな」
そう言って木製の椀のようなものを傾けるマリー。
多分何の事は無い普通のスープなんだろう。しかしながらシチュエーションがどこまでもそれを美味そうに見せる。
「あ、良いっすねぇ」
「ほらなっつん。食い意地張ってないで先に防寒着!」
つい種火にくべられた鍋、その横に積まれた椀に手を伸ばしかけ、きゃみさまの叱咤を受ける。
そのままセーラー服の襟を引っ張られて連れられた先には大量の衣類の山。
帽子に手袋、上着や靴下なんてのも。
探せば大抵のものが在りそうなその山を見下ろし、無言でマリーの方を見れば、彼女は年相応に見える屈託のない笑顔で「にしし」なんて笑って見せる。
「そこにあるもン、何でも使っていいから。適当に選んで着込んでくれなァ」
「あ、すんませんお借りします」
「わー選び放題じゃない。なっつん折角だから可愛くするわよ!」
「え、ふつうに肩止めの外衣とかでいいよ。俺は」
「……アタシが許すとでも?」
「……へぃ」
女子力アップが目的でTWOしてると豪語する我が相棒は、凶悪な顔をして目を光らせる。俺はため息を吐いて、防寒着については彼女に任せることにした。
で。
きゃみさまはウシャンカみたいな耳の隠れるモコモコした帽子に、ファー付きでふわっふわのコート、ミトンみたいな分厚いと言うよりは"でかい"って感じの手袋。
帽子をかぶる時にツインテを解いていたが、髪を下ろしたきゃみさまってのを何気に初めて見た。
俺? 俺は、うーん。
俺の格好を上から下まで眺めまわしたきゃみさまは「セーラー服ってちょっとコーデ限定されるわね」とか呟きつつ、ひとまず前開きにしてた上着のファスナーを無言で上げられた。
そのあと現実でもやるみたいにセーラーの上からでも着られるようなカーディガンとマフラー。最後に膝上までありそうな長いソックス。
手袋は刀のグリップが死にそうだったので遠慮しておいた。
ほんと、なんでもあるな。
二人してあーでもないこーでもないとお着換えタイムしてる間、マリーは微笑ましそうな顔してこちらを眺めていたんだけど。
しかしながら俺が足を投げ出してソックスを履いていたら、突然驚いたように目を見開いたかと思うと、気まずそうに視線を泳がせて、くるりと後ろを向く。
そこまでされてようやく気が付く。
そういやこの人、中身おっさんなんだった。
見た目が10歳くらいの少女で、態度もちょっと子供っぽいとこ在って、まるで本当の女の子のようで、つい油断していた。
初期装備より丈が長いとはいえスカートで、普通に座り込んで、足を投げ出して靴下なんて履いてたらまぁ、その、ツマラナイモノをお見せしてしまった事だろう。
「し、失礼」
「あーいや、なんてかその、ごめんなぁ」
マリーは悪びれて、ニット帽の上から頭を掻く。
その横であきれ顔のきゃみさま。
「なっつんはまだちょっと油断が抜けないわねー。気を付けなさいよ、可愛いんだから」
可愛い――らしい。
いや流石にもう1年以上過ごして自覚はある。
謎の性転換後の俺は体型こそ起伏に乏しいとはいえ、細身な美少女と言って差し支えないだろう。
だが、未だに慣れない。
この俺、神谷夏彦を指して、他人が「可愛い」とかいう事に。
きっと顔に出ていた。
見透かしたように、きゃみさまが俺の肩を叩いて。
「慣れなさい。でないと辛いのは貴女よ」
「……うん」
其処へ話に割って入る様に、ロイが天幕を覗き込む。
「おい、他のパーティが移動し始めたぞ。オレ達もそろそろ出ないと出遅れる。急いでくれ」
「あ、はい!」
「ばっちりですー」
「まぁそう急くなやー」
口々に答えながら、俺たちは天幕を後にした。
さぁ、いつもの葛藤なんかひとまず置いておけ夏彦。
いよいよ今日からキャンペーンクエスト「虚象」のメインたる、城塞都市コーレリア跡の探索だ。




