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ショートキャンペーン"虚象"Ⅲとかいう第7話

2046.7.22

セレクトリア王国領コーレル市近郊

神谷 夏彦 (なつぴこ)




「貴女、もしかして屠龍の勇者(ドラゴンバスター)?」



 なし崩しにイベントクエスト現地へ向かう乗合馬車の同伴となった俺達と、巨漢と少女の二人組。

 じゃあ、目的地へ向かう道すがら自己紹介でも、となったところで唐突に、声。


 ぎょっとして横を見れば、いつになく鋭い目つきで対面の少女を見つめる我が相棒、きゃみさま。

 え、でも屠龍の勇者(ドラゴンバスター)って全プレイヤー中最高レベルのトッププレイヤーだろ?


「さっき、自分の事"まりーしあちゃん"って言ってたわよね? それってサイトとかに乗ってる勇者のキャラネームと同じよね?」

「ちッ バレちゃーしょうがn──」

「え!? 伝説の勇者がこんな小さな女の子なわけがないだろ?」


「…………」

「………………」

「……」



「え、えーッ! まりー、なんのことかわかんなーい☆」

「おやっさん。 ――手遅れです、おやっさん」



 きゃみさまは冷静に追及するも、俺の反応を見て白を切り通せると思いなおしたのか、自白じみたセリフを吐きかけていた金髪の少女は、とたんに目を泳がせて白々しい態度。

 流石にそこまでされれば、俺とて騙されたりしない。

 そしてこちらはもう隠すつもりもないのか、巨漢は一連のやり取りにウンザリした様に溜息を吐くのだった。


「ちぇー。そっちの子は全然知らなかったみたいだし、もうすこし猫かぶってても良かったか」

「え、じゃあ、ほんとに……?」


 ぶりっこポーズで見た目然とした少女の演技をしていた眼前のプレイヤーが、突然歴戦の戦士の様な鋭い目つきをしたかと思うと。


 とん。


 と、持っていた鉈剣の鞘先を床に突き、座席の上で膝を立てて胡坐をかくようなポーズをとる。


「御明察の通り、おれっちが世に言う屠龍の勇者(ドラゴンバスター)、マリーシアってやつだ」


 ニヤリ。不敵に笑って見せる。

 いやしかし、なんだ。その滑稽な事。

 見た目はほんの10歳くらいの可愛らしい少女なのだ。

 ゆるふわ金髪。宝石の様な眼。ボンネットじみたフードケープにカントリードレス、ギャザーひらひらのエプロン。長いスカートを持ち上げて膝を立てる姿を、はしたないと言うべきか、年相応というべきか。


「あー、勇者の後でなんか言いづらいんだけど、オレはロイ」


 そう言って、巨漢が口を開く。彼は勇者の隣に居るからには何か特別な……と思いきや、"ただのロイ"らしい。色黒スキンヘッドの巨漢。下こそ簡素なパンツを身に着けているものの、上半身は裸に直防具の半裸。冷静になって見れば彼こそ寒冷地向きの格好とは思えない。

 巨漢は頭を掻きかき、取り繕う様に続ける。


「えーと、おやっさ――マリーは、その、勇者だ何だって言われ始めてからメンドクサイ"体裁"みたいなのが有って、ホントは勇者として出向くときにはそれなりのロールプレイ、それなりの格好していくんだ。今はお忍びモードでね、君たち申し訳ないけどこのことは……」


 巨漢は言葉の最後を濁したが、暗に口止めされているんだろう。

 俺もきゃみさまも黙って首を縦に振る。


 が。


「おやっさん……ってのは?」


 聞けば、一瞬バツ悪な顔したマリーが今度は弱弱しい顔をして。最後には根負けした様に溜息を吐きつつ。


「んぁー。おれっちがネカマなのはさっきも言ったと思うけど。じつは……おれっちの中身はロイなんかよりずっと年上の"おっさん"なのよな」

「語りを聞いていれば自ずと判るかもしれないが、普段の彼女はヴァルハラ市のマーケットの主みたいなもんでね。みんな親しみを込めて"おやっさん"て呼んでる」


 なんと。

 なんとなんと。


 ひとは見かけによらないどころの騒ぎではない。

 目の前の少女はとんでもない化け物だった。


 サイトに載っていた屠龍の勇者(ドラゴンバスター)のレベルはいくつだっけ? たしかレベルキャップ解放前に限界値である70レベルに到達していたとか。レベルキャップ開放によって上限値が70→90となったいま、何レベルになっているというのか。

 そもそもが30以降のレベリングが急激にきつくなる、プレイヤー全員早熟タイプみたいなこのTWOにおいて50レベル以降の成長、所謂"レベル上げ"みたいなものはほぼ現実味の無いものだと言う。


 ちなみに開始以降お金稼ぎのために日々戦いに明け暮れていた俺ときゃみさまは、それでも二人とも10か其処らだ。30以下は特別上がりやすいと言われているのに、だ。

 隣を見ればあの傍若無人を絵に描いたようなきゃみさまが、目を見開いて息を呑む。


「ちぇー。ほら委縮しちまう。だから言いたくないんだよ勇者だ何だとか」

「まぁまぁ。じゃ、つぎはキミたちの番かな。……何か事情があるようなこと言っていたけど」


 言動とかみ合わない可愛らしさで、頬を膨らませて拗ねるような顔をするおやっさんことマリー。

 取り繕う様に話を引き継いだ巨漢の男、ロイに促されて、呆気に取られていた俺たちはようやく自分たちだけ自己紹介をしていないことに気が付く。


 しかし、だ。

 俺達の事を何処まで話すべきか。そしてどこまで信用されるだろうか。

 つい、すがるようにきゃみさまに視線を向けてみれば。


 俺が見ていることに気が付いたきゃみさまは、満面の笑みを浮かべて親指を立てた。

 つまり"全部話しちまおうゼ"ということ。


 え、えー……。

 俺が弱気になっていると、きゃみさまは途端にジト目になって。


「もう、いつも女々しいの嫌うくせに、こう言うところでヘタレなんだから。いいわよ、私が説明する」

「え? あ、うん。ごめん」


 そうやってスゴスゴと小さくなっていれば、一つ咳払いの後、きゃみさまが説明を始める。


「アタシたちの問題はちょっと特殊で、別にネカマとかそういうんじゃないのよ。なんならアタシ――"きゃみさま"もそっちの"なつぴこ"も見た目はリアルとほぼ変わらないわ」


 きゃみさまのその言に眼前の二人は何を思ったろう。方や目を見開き。方や口笛を吹き。


「ひゅ~♪ いいねぇ、華やか!」

「え、じゃあなにか? 二人とも現役の女子――」


 そう、女子高生。

 しかしながら自分を指してそう言われるのに、やはり、何か引きずるような不快感を感じている俺を他所に。


「――中学生だってのか!?」


 つづく巨漢の言葉に、俺ときゃみさまはそろって肩透かしを食らい、もたついた。

 あれだ。ズコー。ってやつだ。


「なんでやねん!」

「いや、まぁ、そう思われるのも――」


 ――仕方ないんじゃないか?

 ぷんすか怒りながら巨漢に食って掛かろうとするきゃみさまを何とか押し留めながら、俺は自分の、次いで相棒の胸元を見下ろす。

 もともと男性であった体を物理的に改造し(ちょん切っ)て女性となったMtF(メイルトゥフィー)のきゃみさまは仕方ないにしても。

 不肖、この神谷夏彦(女子2年生)も負けず劣らずのちんちくりん。下の方は完璧に愚息の名残もなくつんつるてんなのだから女性であることは間違いない――と思う――のだが、上の方もこれまた潔いばかりに起伏がない。

 原因不明の性転換の直後、しばらく自分が「無性」なのではないかと疑ったほどだ。


 俺が頬を掻いて苦笑して見れば。

 きゃみさまは悔し涙すら浮かべて「ふぎぎぎ」とか唸り声をあげる。


 彼女にしてみれば、望んで女性になっているんだ。この評価に不服を覚えるのもまぁ、当然と言えば当然なんだろう。

 じゃあ。


 ――俺は?

 俺は、どうなりたいんだ。

 そういやアイツ。高坂の奴は、胸とか大きい方が喜ぶのかな。


 て。


 いや何考えてるんだ。そんなの関係ない俺は気にしないちょっとくらい有ってもいいかなとか思ってないあんなもの重いだけじゃないか無い方が気楽d


「ンンッ」


 ひとつ、咳払いして迷いを振り払い。


「こんなちんちくりんでアレですけど、一応二人とも高校生――ですね」


 しかしながらここでふと俺は相棒の横顔を覗き見る。

 そう言えば漠然と同学年みたいに思っていたが。俺はこの相棒の本名すら知らない。

 "きゃみさま"という人物について身内のように感じながらも、その素性について何も知らないことに気が付く。


 二人とも高校生――を否定しない。

 なら彼女も高校生か?


 しかしそんな降って湧いた疑問に気を取られている隙に話題は進む。


「はー!? え!? じゃあ何か? 元男!?」

「え、そのアバター、スキャン直なの? すげぇなぁ!」


 気づけばきゃみさまに性転換者であることを告げられたロイとマリーから驚嘆の声。


「まぁ、アタシの場合、決断が早かったから、まだ軌道修正できたわね」


 自分の女としての"出来"を褒められ、まんざらでもなさそうだ。


 で。


「じゃあ次はなっつんの番ね!」


 となるわけだ。


 ……なるわけだが。


「いや、あの。その。お、俺も、元男だったんですが……」


 どう説明したらいいんだ。

 いや、どう説明したらもこう説明したらもない。俺としてはただ事実を述べるしかないわけで。

 俺は、一昨年の秋に自分の身に起こったことをかいつまんで、しかしながら正直に二人に話した。





 数分後。

 渋い顔をして腕を組む、眼前の二人。ロイとマリー。


「……朝おん…………ねぇ」

「にわかに信じがたい……が」


「証明……って意味なら、アタシが証言するわよ? まだ体に適応してない頃のなっつんを主治医まで送り届けたときに、医師診断書とか見せられてるわ」


「マジもんか。それなんてエロゲ?」

「んーまぁ、どのみちお嬢ちゃんたちは……特にそっちの黒髪の……なつぴこちゃんの方は、そのアバターの見た目を使って悪さするようには見えねぇが……」


 …………。


 ……当然の。

 当然の反応だ。

 

「その、()()()()()()……ですよね」


 俺が気落ちしたようにそう言うと、困ったように後ろ頭を掻いていたマリーが、すぅ、と目を細めて、俯く俺を覗き込む。

 何が、と思う間もなくその小さな手の何処にそんなって程の膂力で掴まれ、強引に顔を上げさせられる。


「うゅ!?」

「…………」


 しばらく真剣な顔で俺を見つめていたマリーが、ふと、憐れむ様な顔になり、歯噛みするような、悔しそうな顔になり。

 一通り百面相した後、実に言いにくそうに。


「そんな事言ったらな! ……そんなこと、言ったらなァ……」


 そこで一度眼を逸らし、俺が混乱する中、気の遠くなる様な間をおいて、再び視線を合わせる。


「こちとらVR前からの()()()()()()だぞ。キモチワルイ(そんなセリフ)なんぞ言われ慣れてんだよ。ええと……だから、そんな風に自分を貶めるな」

「最初に言っただろ? "此処じゃそんなのよくある事"だって」


 励まされてる。

 こんな、初めて会ったような人たちに。


「こいつはロイ。 そんでもっておれっちはマリーシアちゃんなんだぜ」

「そうね……アタシはきゃみさま。貴女はなっつん。此処ではそれ以外の何物でもないわ」




 隣の相棒にまでそんな声を掛けられ、俺は何だか泣きそうになりながら、苦く、笑うのだった。

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