ショートキャンペーン"虚象"Ⅰとかいう第5話
2046.7.21
セレクトリア王国王都ヴァルハラ市宿泊街
神谷夏彦 (なつぴこ)
何という事は無い土曜日の午後。
うちの学校は、ありがたいことに選択次第では土曜に授業が無い。
まぁ、なんだ。
俺の学校での立場ってやつは、前述のとおり"お察し"ってヤツなので、態々そんな居辛いとこに出向くわけもなく。
ただ特に熱心に、というわけでもなく、俺はTWOにログインしていた。ほらあれだ。いつもの「空人5」じゃなくて、きゃみさまが紹介してくれたっていうか、半ば強制連行されてる感じのアレ。
Thebes World Online
なんと正式サービスから一年半経過した今、表題都市であるThebes未実装っていう、えらく呑気なゲームだ。
しかしながらもともと軍用だったIXABIT以外でこれほどの出来のVRゲームを出してくるとこがあるとは。
なんでもとある富豪からの出資を受けて、採算度外視の運営ができているなんて噂もある。
自分の座る場所。
日当たりの良いオープンテラス。白基調の塗装がされた木製の丸テーブルに椅子。流石に木材がどうとかいう知識は無いが、なんなら立地はうまいとこ取ったよな、等と考えかけ、そういえばここはゲームの中であったと思い出す。
ある意味気味の悪いくらいのリアル。
最新VR映像に魅せられる錯覚に、思わずため息が出る。
どこ。と、言われりゃ。
"ヴァルハラ市宿泊街付属飲食通り一町目、カフェ「サニーメルト」"
としか答えようのないその場所で、俺は椅子に座ってもう一度溜息をつく。
先ほどまで啜っていた紅茶は、驚いたことにクソ冷めていたのでなんとなくもう一度口を付ける気にはならなかった。
"そもそも先日までリアルフライトシミュレータにお熱だった俺たちがなんでRPG?"
いやRPG? ロールプレイングゲームって言えばまぁ、確かにある意味究極のロールプレイなわけだが。
特にどこかお宝目当てに大冒険するとかでもなく。
俺は何気なく組んだ膝にかかる、スカートの裾を弄ぶ。
先日、この俺をこの世界に呼んだ理由が"女子力向上の為"とか豪語したここ最近の相棒。そんな彼女にちょっと抵抗するつもりで選んだこの"リアルの学校と同じデザインのセーラー服"である。
目論見は上手くいき、きゃみさまは地団太踏んでいて爽快この上ない結果ではあったが。
ふむ、たしかに浮いている。
道行く他のプレイヤーを見れば、剣士風、騎士風、司祭風、魔術師風、義賊風等、様々で、たまに私服っぽい恰好した人が居ても、流石に学校の制服じみた格好のプレイヤーなどいないのである。
俺がそれをチラ見していれば、方や向こうも、"欧風ファンタジーの世界で何故かセーラー服を着て、カフェで物憂げに頬杖を突くポニテ女"を物珍しそうに眺めていくのだ。
俺が選んだ得物、桜の意匠が綺麗な黒鞘の日本刀も、更に別方向へ浮いている感がある。
スカートのベルトに直に挿して刀を佩いたら、鯉口が高くて如何にも抜刀きづらかった。かといってスカートを腰で穿くと腹が出る――いや、シャツの裾を出して着ているからそれは無いが、上着の丈が足りずなんとも不格好。仕方なしにベルトから釣り紐を垂らして帯刀したが、どうにも据わりが悪く、揺れて仕方ない。
バトルの度に鞘を投げ捨てることも考えたが、拾い忘れると普通にアイテムロストするのでこの方法に至る。
で、結局、今日俺がこのカフェで日がなウダウダやってる理由だが――
「あ、なっつん居た居た。やっほー!お待たせ!」
溌溂とした声に、反対に俺はげんなりとそちらを仰ぎ見る。
非現実的な、鮮やかなピンク色の髪をツインテールにした快活そうな少女。リボンを多用した可愛らしいシャツの上からサニーオレンジのキャミソールワンピースを重ねる。
そんな、ある意味ファンタジーな格好で俺に向かって手を振るのは。
下着姿の天使様こと、件の"きゃみさま"である。
なんでそんなにローテンション?
そりゃだって、彼女がここ数日俺を振り回してる張本人だからさ。
「ちょっとー!なによその溜息は!」
「へぇへぇ」
◇◆◇◆◇
「キャンペーンクエスト?」
「そう。こないだの大型アップデートで実装されたっていう奴! 一緒にやらない?」
カフェの、俺と同じテーブルに着くなり、そんな話をしだす彼女。
正直な話、俺はこのきゃみさまの言には少し驚いた。
口を開けば、やれおしゃれの勉強だ何だと。そしてそのための資金稼ぎがどうのと。結局は"おしゃれのための資金稼ぎのためのバトルに明け暮れる毎日"という何処かで前提を間違えていそうな彼女が、新実装のゲームクエストに挑戦しようと言い出すのだ。
「珍しいね。きゃみさまが真面目にRPGしようだなんて」
「もちろんクエスト報酬が一攫千金に価するからよ!」
「あ、さいですか」
結局はそこなのか、と。
俺があきれた様に溜息をもらしてみれば。
「だぁって。なっつん、最近無駄使いばっかして、なかなか次の衣装の製作費用が溜まらないじゃない」
そう言って俺の手元にある冷めた紅茶を眺め、その視線が俺の顔に映ったところで、流石にギクリ、と頬を引きつらせる俺が居て。
「む、無駄使いって。 待ち合わせするのにただ座ってるだけなんてお店にも迷惑だろ? 茶の一杯くらい大した額じゃ――」
「ほう?」
そう言って、テーブル越しにずずいと顔を寄せるきゃみさまに、俺はたじろいで身を縮こませた。
俺とて既に"女の子二年生"ながら、わずか一年と半年前にはれっきとした男性だったわけで。
目の前のきゃみさまは多少不思議ちゃん成れど、それはそれは見目麗しい美少女で。
そんなんが。
こう、顔を寄せて。
俺の頬に、手を。
どきりとした俺を尻目に、頬からするりとスライドしたその細く、白い指先が俺の口元から何かをつまみとって。
「それじゃこれは何かしらねー。っと」
徐にぺろり、と。それを自分の口に放り込む。
間接キスじみたそれに思わず顔が熱くなって、いやいや、今は曲がりなりにも同性だし!とか言い訳じみたことを考え、そしてそこからようやく――
「"サニーメルト"特製、"自家製バターとたっぷり粒餡のトースト"――でしょ?」
「いやぁ、美味くて……つい」
何を責められているかに合点が行き、俺はそっと、目線を逸らす。
きゃみさまの頬は俺の予想した通り、ぷくーっと膨れて。
「つい――じゃないでしょー!? そんなんだからいつまでもお金がたまらないのよ! この食いしんぼ!」
「いや、あの。 あ? ちょっとまて! アンタだって食べかすひとつでメニュー言い当てるくらい食ってんだろ!? お相子だ!」
「ぎくぅ! や、美味しくて、つい……」
「このぴんく! 自分の事は棚に上げて――」
やいのやいの。
◇◆◇◆◇
「で、なんでしたっけ? キャンペーンクエスト?」
「そう、こないだのアップデートで実装の最新クエスト」
すったもんだからようやく落ち着き、先ほどのクエストの話題が再開される。
きゃみさまが新しくカフェオレを注文し、俺の方は先ほどの冷めた紅茶を飲み干したら、おかわりメニューが出てきたので再度淹れなおしてもらった。
「最新って、俺達みたいなド新人ができるようなクエストなんですか?」
「んーイベントの発生場所はコーレル市だから、そんなに高レベルじゃなくてもクエスト自体は受けられるし、現地についてみればあとは"探索"系で、バトルは今のとこ無いって話」
「――今のとこ?」
「実装からこっち、未だ達成プレイヤー無し。ですって」
「バトル無いのに?」
「そう」
きゃみさまの説明はいまいち要領を得ない。
なんとなく語るに口の渇きを覚え、思い出したように、湯気の薫るカップを引き寄せ、唇を濡らす。
現実、ついやってしまう様な所作だが、そういえばゲームなんだよなと眉を寄せ、そういえば何の話だっけ、と戻ってくる。
「屠龍の勇者とかも?」
「まぁ、バトル無いから、条件は他と一緒よね?」
「…………」
「………………」
「え、いやどういうクエストなの?」
「うーん、アタシも聞きかじりなんだけどー」
このVRMMO-RPG ThebesWorldOnlineに
原作があることはここまでに話したろうか。
このゲームの表題通り、「Thebes」と名のつく、それほど売れたわけでもない、知る人ぞ知るファンタジー小説。
このVR世界は、その小説の舞台を忠実に――それこそやり過ぎなくらい忠実に再現していると言われている。
舞台を同じくする多数の主人公の視点からなる短編集的な物語。
何ならその末路はわりと悲惨な、一言でいえば"バッドエンド"的なものが多く。まるでその救済処置であるかのように、"塔"の存在がある。
大陸最北。ゲームで言えばいまだ未実装の莫砂の都"テーベ"、そしてそのさらに向こうの砂塵に霞む"テーベの塔"
書籍のタイトルで在り、このゲームのタイトルにもなっているそれは、物語の中でもまた前人未踏の"伝説"であり、"行けば全てが叶う"という夢物語だ。
さて、話がそれかけたが、そんな"原作"に
"虚象"
というものが出てくる。
虚像でもなく。巨象でもなく。"虚象"
簡単に一言で言ってしまうと、「Thebes」の既刊エピソードで、"此処では無い何処かへ行ってしまった少年が最後に見たモノ"と説明される、ソレ。
「なんスかそれ? "神隠しの原因"……みたいな? というかそれと今回のクエストとどういう――」
「そのキャンペーンクエストのね。 クエストタイトルが"虚象"……なんですって」
「原作にはそれっぽくルビが振ってあるらしいわ」
「なんて?」
「――――"虚象"」