"いつもの格好"とかいう第4話
2046.7.15
セレクトリア王国領王都ヴァルハラ市商業区店舗街服飾店「Age」
神谷 夏彦 (なつぴこ)
望むか望まないかで言ったら、一切望んでいなかった。
翌年に受験を控えた中学二年の秋。
とある朝。俺は唐突に女の子になっていた。
うーん?
そりゃ大変だったさ。
これから受験だってのに、どうやって俺が俺だと世間に証明するかって毎日。
結局地元の地方紙みたいなのには大々的に取り上げられてしまうし。
近所中から奇異の眼で見られたよ。
良い事なんて何もなかった。
で、そう、受験。
医師診断とやらでどうにか俺が俺だと、法律上は認められた形になって。
でも世間ってやつは、そんなものにはお構いなしで。
結局ドタバタでろくすっぽ追い込みなんてできずに、変にランクを落としたところを受験して見れば、見積もり違ったのか浮くくらいの上位で入学。
ほらあれだ。
最初は面白がってた男友達連中は、何度も俺の体の違いに遠慮してるうちに、どんどん疎遠になっていって。
女子連中からは最初から気味悪がられてたな。"え、今は女って。元男なんでしょ? 立場にかこつけていやらしい目で見てるんじゃないの"とかなんとか。
はは。いやらしい目も何も、其のいやらしさの行きつく先に必要なモノってやつが、もう無いんじゃないか。とか。
もちろんそんなこと腹割って話す機会なんて、得られやしない。まず相手が壇上に立たない。俺側がどんなに訴えたとしても。
結局こういうのって、何方からもあぶれてしまうものなんだろう。
男友達にしてみれば「女に変わっちまった奴」で、女から見てみれば「元は男だった奴」
総じて俺は、社会的には「男でも女でもない奴」ってことになってしまうらしい。
よくある漫画見たいな浮かれた展開ってやつは、これっぽっちもなかったよ。
学校に居場所ってやつはなかった。
まぁ早いうちに俺自身が諦めて、なるべく接触しないように努めていたら、そのうち絡んで来る奴も居なくなった。
それでもこの隠れ住む様な、クソみたいな生活を卒業まで続けるのかと辟易していた時、駅南のゲームセンターの連中と出会った。
そこでゲーマー仲間のリーダーの様な事をしていた"きゃみさま"に出会う。
経緯は違えど元男、ってのにはびっくりしたが、俺たちは似た者同士だった。
俺は未だ割り切れていないものの、"必要な時に女のふりをする術"の様なものを彼女から学んだ。
逆に、さ。
高校デビューって考えれば、誰も俺を知らないところへ進学して、女みたいに生きる……そんなこともできたはずだった。
しかしながら、見積もり違いの学校の入試で上位に食い込んでしまった俺は、たまたま同じ中学から進学してきた"元同級生"の嫉妬を買ってしまった。
"神谷さんすげー美人だよな。それに入試上位勢だって……よくね?"
"えーでも神谷さんて元男じゃん"
"なにそれ?"
"あー中学違う奴は騙されるわよねぇ。実はアイツ――"
てな具合だ。
なにより俺自身がまだ受け入れ切れていなくて、人と話すにも男言葉だったのも災いしてたちまち悪い噂が。って寸法だ。
入学直後の一瞬の"才色兼備"から一転"キモチワルイ女"の出来上がりだ。
そうして学校生活から逃避するように、ゲームセンター通いを続けるうち、同じ高校の男子生徒が一人、俺達の内輪に入ってきた。
気さくな奴だった。
噂で、俺のことなどきっと耳にしていただろう。
それでもそんな態度は少しも出さないで、あいつは俺に近づいてきた。
最初は。
なんていうか、困った。
あまりにも壁を造らない奴で、俺みたいな奴相手でもグイグイ距離を詰めてきた。
ひょっとして俺が元男だって知らないで近づいてきているのでは?
なんて勘ぐったりして。
それでもあいつはどこまでも気さくだった。
ゲームセンター通い。同じゲームに熱中し、日々明け暮れる"相棒"。
性転換と同時に失って、もう二度と手に入らないんじゃないかって思っていた、親しい男友達。親友ポジション。
ゲームに勝ったらハイタッチ。
肩組んで馬鹿笑いするくらいには、俺とアイツは打ち解けた。
だから。
あいつ。
高坂 冬樹が。
"なっつんの事が女の子として好きだ"
――そんなことを言い出した時。
頭が真っ白になった。
なんて。答えたっけ。 確か。
冗談やめろよ。だ、なんて、有耶無耶にしようとする俺に、あいつは俺の肩を掴んで。いつになく真剣な顔で。
"僕は本気だ!"
正直逃げたかった。
自分でも情けない声出してたと思う。
涙声で。 そう、子供みたいに泣きながら。
"なんで、お前までそんなことゆうの"
そんな言葉を、返した気がする。
結局俺は、この姿になって初めてできた親友が、俺のことを"女"として見ているという事実が。
好意を持たれて嬉しい気持ちと、自分を女と認められない葛藤と、親友のはずのあいつが俺を女扱いすることで"親友が失われる"……つまり友達を取られたような気持とが、ごちゃ混ぜになって。
その一言で、ぐしゃぐしゃに混ざり合って。
◇◆◇◆◇
「うーん……」
「なかなか決まんない? ゆっくりでいいよ」
俺は今、例の金髪の武器屋、ケンちゃんの紹介で、服屋に来ている。
結局、あの後、ケンちゃんからお勧めの武器を購入した俺達は、一日中最初の街近郊のモンスターを狩りまくって、お金稼ぎに明け暮れた。
いまならこのミディアムソードが。とか言っておいて結局渡されたのは、桜の意匠が美しい飾り鞘の打刀。何でも最近の武器製造では和製に凝っていて、片刃の方が出来がいいとかなんとか。
まぁ、なんにしろその甲斐あって今日、俺の最初の服をオーダーしようというだけの蓄えをすることができたのだ。
ケンちゃんと同じ、ぴ、ぴゅありてー・ふぇざー? とかいうギルド名を口にするオールバックの店主は、"エイジ"と名乗った。何でもここいらでは右に出るものが居ない凄腕の服飾プレイヤーなんだとか。
聞けば、きゃみさまのキャミソールワンピースを手掛けたのも、彼なのだとか。
「まぁ、あまり深く考えないで、こないだの、ええと、きゃみ……ちゃん? みたいに、よく使う普段着のデザインをそのまま――とかでもいいんじゃない?」
「……ふむ?」
正直、初期装備のこのトンでもミニのスカートじゃなきゃ何でも。
くらいに思っていた俺だったが、エイジさんの言うその言葉に、ひとつ思い浮かぶデザインがあった。
渡された色鉛筆のような物で、スケッチブックのような物にデザインを書き込んでいく。
不思議なもんで、モーショントレーサでもない、脳波疑似接続による直接の操作で、俺のアバターが鉛筆を握って、それを滑らかに動かせたとして。
に、したってゲーム内アイテムである"スケッチブックアイテム"に干渉して、画像データらしいデザインを書き込むことができる。
その異常さは、やはりある程度レトロなゲームをやり込んできたゲーマーでなければ実感もないだろう。
なんにせよ拙い絵心で、それでもデザインだけは何とか伝わるように。
後ろで、それを眺めるエイジさんは
「え、それって。 ある程度身元特定されない?」
「よくあるデザインですよ。 まぁ校章とかつけなきゃ大丈夫なんじゃないスかね」
俺はいよいよ企み調子に乗って、鼻歌交じりにデザインを完成させるのだった。
◇◆◇◆◇
目の前で。
きゃみさまが"あちゃー"って顔してる。
俺はここ最近で一番の企みごとが成功したとばかりに、その場でくるりと回って見せる。
初期装備よりはずいぶんと長めの、ひざ下丈のスカートがふわりと広がり、その独特の形状をした襟が靡く。
同伴し、きゃみさまと同じく外で待っていたケンちゃん氏が「おっ」だなんて声を上げる。
それはいったいどういったニュアンスのアレだ。
まぁいいや、今は気分がいいから目くじらは立てないのだ。
「もー。 アタシたちがこれからやろうとしてるのはファンタジーRPGなのよ? なんだってまた……」
「いーじゃないすか。 TWOは自由度高いんでしょ? ――だいたいきゃみさまだって"いつものカッコ"じゃん。だったら俺も……ってね」
「だからって――セーラー服!?」
である。
俺はしてやったりな顔でふふんと笑って見せる。
うちの学校指定の、日に透かせばようやく紺とわかる黒襟に白の一本線のセーラー服。
方や憤り。方やしげしげとこちらを眺める視線の前で。
襟と同色のスカーフをするりと引き抜き、徐に前開きのファスナーに指をかける。躊躇いなくそれを下ろせば、ぎょっとしたようなケンちゃん氏の顔。
しかしながら別にそれで下着が露出するとかではなく、中には初期装備の黒いシャツ。行儀よくスカートにインしていたそれを引き抜いて裾を下ろす。
なんにしろ目を丸くして固まっている彼の目の前で、胸当てを折りたたんで襟の内側にしまう。
さらに髪を止めていた紐を一度解き、かわりに先ほど引き抜いたスカーフでもう一度髪を括る。
結局、件の"ゲームセンター"「パレス」での、俺の"いつもの格好"というやつであった。
「……南校のセーラー服、そんな風にして着るの、なっつんくらいなものよ」
「――と、真冬にキャミで出歩く女が申しております?」
辟易とした表情で、きゃみさまが俺と並ぶ。
そして横から俺の顔を覗き込む。
「でも、案外素直にTWOでもスカート穿いたわね?」
「えー? ……うん、まぁ」
"なっつんの事が、女の子として好きだ"
……か。




