朝おんとMtFと女子力向上とかいう第3話
2046.7.14
セレクトリア王国領王都ヴァルハラ市商業区画
神谷 夏彦 (なつぴこ)
ケンちゃん。と、呼ばれた金髪の青年の営む武器防具店。その仮店舗であるらしいテントの中へ誘われ、簡素なウッドチェアに腰を下ろす。
腕を組んで、ラフに膝を開いてドカリと座ってみれば、横手からきゃみさまが
「足! 閉じる! ミニスカート!」
などと、ありがたい御忠告とともに、平手で膝を打たれる。
「ってー。 ちょっとくらい覗かれたって構やしないよ」
「そう言うのは! アンタさえ良ければ良いってもんじゃないの!」
一方で、この場の唯一の殿方に伺いの視線を送ってみれば。
「あー。 目のやり場っていうか。いや、キミが構わないなら……」
「ダメッ!」
椅子に座ることひとつとっても、このもたつきようだ。
三人が無事着席したときには、ため息の一つも出てくる疲労感。
簡素なテーブルを挟んで向こう側に一人座る、金髪の青年が、先ほどの愛想笑いと打って変わって、まるで品定めをするような上目遣いで、こちらに視線をよこす。
なんだ、そんな顔も出来るんじゃあないか、この男。
「えーと。 ひとまずキミ等が、"ただの女の子二人組"じゃないことは分かったよ。でもなんならサ、VRじゃそんな食い違い、よくある話なんだ。さっきから見ていれば、そっちの黒髪の子――なつぴこ――ちゃん? は、あんまり乗り気じゃないみたいだ。言って気分を害するなら、無理にとは言わないよ」
俺が"ちゃん付け"にまた顔を歪めて見せれば、ケンちゃんさんとやらは眼を細めて溜息。
しかしながら、俺が文句の一つも言う前に、きゃみさまが口を開く。
「これだけボロを出しておいて、"ああ、どうせネカマなんだろ?"って思われたままなのも癪なのよね」
「じゃあつまり――」
そう。ネカマではない。
かくして、俺たち二人の込み入った事情ってやつを、この金髪の青年に話す羽目になったわけだ。
きゃみさまがリアルと同じ姿をしていることは、先に語った通りだが。
なんならこの俺、"神谷夏彦"もそうなのだ。
俺は今、背丈で160cm程度、長い黒髪をポニーテールの様に高い位置で括った、女子高生くらいの女の子の格好をしている。
だがここまでの言動で、"俺"のリアルはこのアバターとかけ離れた男性である。と、思われているのではないか。
そうであったなら良い。どれだけ気楽であったか。だが現実は――
「初対面に信じろっていうのも難しいって、散々やってきたんだけどね。なっつんはその、所謂――」
仏頂面して、そっぽを向くだけの俺の横で、きゃみさまは実に言いづらそうに。だがはっきりと続けた。
「――"朝おん"……って、やつなのよ」
じゃーん。
衝撃の告白と言う奴だ。
アニメか何かだったら、こうジャジャンと効果音とともに三回くらいカメラアングルが変わるくらいの長い沈黙。金髪の青年はぱちくりと眼を瞬かせて。
そうだろうそうだろう。唐突に"朝おん"だとか言われて本気に取れる奴なんて居るはずがないんだ。
言われた金髪の青年、ケンちゃんはと言うと。
キョトンとした表情で後ろ頭を掻きかき。
「へーそうなんだ。 あ、初心者さんだったら今ならこのミディアムソードがお勧めで――」
「流すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ちゃぶ台よろしくテーブルをひっくり返しそうな勢いで突っ込みを入れるきゃみさま。
呆気にとられたようで、でもすぐさまテーブルを押し返す金髪。
「だからって信じられるかー! 朝おんってあれか!? "朝起きたら女の子になってました"っていうアレか!? 原因不明の性転換だと! それなんてエロゲ!?」
「成っちゃったものはしょーがないでしょー!? ちゃんと医師診断とか記憶確認とかDNA情報とか家族会議とかで本人確認してますぅぅぅ!」
「なんならなんで、本人より必死やねん」
「そこ! だーらっしゃい! ってか自分の事でしょ!?」
いよいよ食って掛かりそうな剣幕で、テーブルに片足のっけてすごんで見せるが、なんならそれ金髪のにーさんの方からパンツ丸見えだけどええんか、きゃみさま……。
金髪の青年はと言えば、流石に面食らったような表情で、きゃみさまを押しとどめる様に手をばたつかせている。
「ちょ、わかっ、わかったから。一旦落ち着こ? な?」
◇◆◇◆◇
「で、つまりそっちの黒髪の子は、ある日朝起きたら女の子になっていて、望まぬ性転換を経て今に至るわけで、口調が男言葉なのはそのことがまだ消化できていないからだと」
「あら、意外とすんなり受け入れるじゃない」
金髪の青年、ケンちゃんは流石にウンザリとした顔で、頭を掻きつつもそんなことを言う。
「んーまぁ、こっちとしても初めてじゃないっていうか……流石に朝おんはなかったけど、去年の今頃かなぁ、同じように初心者支援した二人組がリアルはどっちも男だったんだけど、VRで恋しちゃってさ」
「え、何それどうなったの?」
「……食いつくね?」
「そりゃあ」
「片方がもともと性別違和をもった転換希望者だったこともあって、"彼に相応しい姿になりたかった"とかいって、性転換して、ハッピーエンド」
「あ、それはアタシだわ」
「う、うん?」
「だからぁ。 なっつんは朝おんだけど、アタシは自分で"ちょん切っちゃった"だけのMtF……ってこと」
なのである。
ケンちゃん氏はいよいよ眼を覆って
「あーもう、何ならうちの店にまともな女の子が来たことあんのかよ……」
そんな呟きを漏らす。
過去、彼に何があったかは知らないが、ついカッとなったような些細な怒りは今はどこへやら。なんなら俺はさんざ振り回されている彼が少し不憫に思えてきていて。
気を遣う様に。何ならちょっとしおらしい態度で。金髪の彼を慰めようと手を伸ばす。
「アバター、リアルと同じ顔なの?」
触れる前に、眼を覆った手のひらの隙間から覗き込まれ。
「オレには可愛い女の子にしか見えない。 ――ああ、そう言われんの、嫌なんだっけ……」
「いえ、今は――」
――完全に、そうってわけでも……。
「それよ!!」
またも、割って入る、ピンク。
ああもうちくしょう十秒くらい感傷に浸らせろこのピンク!
「なっつんは、女の子になってからこの二年弱で、なんと"男に告白される"とこまで来てるのよ!」
他人によって、高らかに宣言される自分の恋愛事情。
俺はもう突っ込むのもめんどくさくなって、きゃみさまが説明するに任せることにしたのだが。
「でも、その告白を受け入れたい気持ちと、未だ以って自分は男だ~! なんて感情が鬩ぎ合ってて! アタシはそれが許せないのよ!」
「……」
「はぁ」
「だから! 結局何でなっつんをTWOに呼んだかって!」
「あ、まさか」
「つまり! "女子力向上!" これよぉ!」
「どおりであいつに黙ってろって……」
「当然! 冬樹君には黙って! 女を磨いて! 今度会ったときにメロメロにしてやるのよ! もちろんサプライズで! そのためにはこのVRであらゆるレッスンを極めるわよ! 手始めにファッションから! そのためには効率よくゲーム内通貨を獲得するための戦闘力確保から! あんだすたん!?」
「じ、順番がめちゃくちゃだ!」
"ファッションの為の戦闘力確保"という謎ワード。
俺があまりの横暴に非難の声を上げるも、きゃみさまはどこ吹く風。
そしてポカンとしているケンちゃんにすり寄り、わかりやすい猫撫で声。
「というわけでケンちゃぁん? 効率よくお金を稼ぐための"初心者用武器"を見繕ってもらえるかしら!?」
「あ、はい」
金髪の青年は、全てに納得した、というか全てを諦めたような、何ならすっきりとした顔で答えた。