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一人称「俺」の話という第2話

2046.7.14

セレクトリア王国領王都ヴァルハラ市商業区画

神谷 夏彦 (なつぴこ)



「だいたい、何だって突然MMORPGなんだよ……」


「神谷ちゃんの為よ」






 俺は今、駅南のゲームセンターで知り合って一年来の友人と、どういうわけかVR世界を並んで歩いている。


 確かに評判なだけあって"本当に在りそうな"ってレベルでリアリティにあふれた外国風の風景が其処に有った。


 石造りの街並み。遠く見える王城。街を割る大運河。支え合って崩れない何とか言う設計の石橋。色煉瓦を敷き詰めた、人の手によるものならば感嘆の声も上がりそうな舗装路。隙間を埋めるのはモルタルかコンクリート……あるのか?


 まぁそんなことはどうでも良いんだ。


 解像度の其れに特に驚く事は無い。


 それ自体は、もともと――つい先週までお互いプレイしていたVRアーケードゲーム「空人5」のそれと大差はない。




「なんなら"コックピット"から降りた事は無いんだけどさ」


「解像度の話?」


「そう」


「"手に触れて目の前で見る"って、ずいぶんな違いだと思うけど」




「そうかな」


「そうよ」




「パレス・パーク航空センターの格納庫の"レンチ"とか、似たような解像度でしたよ?」


「"触れない"じゃない、あれ」




 隣を歩く、友人。


 目に痛いピンクのツインテールを揺らし、リボンを多用したデザインの可愛らしいシャツの上からサニーオレンジのキャミソールワンピースを重ねる少女。


 さっすがファンタジー。現実じゃあり得ねぇ格好してきやがる――




 ――と、思いきや、彼女のこれは信じられないことに、リアルの其れと全く変わらない姿なのである。つまりリアルでピンク。


 さらに言えば、真夏。秋になって違和感。真冬にそれを見て唖然。とうとう翌春まで来て突っ込むのもめんどくさくなった。彼女はその下着のような恰好で年間通して駅南のゲームセンター「パレス」に現れ続けた。




 出会って1年になるが。




 未だ以て本名は知らない。


 周りはみんな下着姿(キャミソール)の天使様(・エンジェル)略して"きゃみさま"とか呼んでた。何なら俺も、それ以外の呼び方を知らない。


 ったく、こっちは。あー。


 あれだ、著しく()()()()()()()本名まで喋ってしまっているというのに。




「ところで、きゃみさまはもう何日かやってんでしょ? それ、初期装備じゃないですよね?」




 俺が彼女の服装を指して、それがリアルでいつも見る彼女のお気に入りの服装と同じものであることを指摘すれば。




「そうよー。TWOテーベはホント自由度高いんだから。この服もね、服飾スキル高い人にこんなんがほしいって言ったら、素材アイテムからワンメイク物として製造してくれたんだよ?」


「"こんなんがほしい"って。どうやって説明したんですか、ゲーム内で? まさか自撮り写真メールで送るとか迂闊なことしてないでしょうね」




 なんなら、リアルと全く同じ姿を今現在も晒しているわけだが。




「アタシだってそこまで開けっ広げじゃないわよぅ。 こう、お店に行って、てんちょさんから借りた"色鉛筆"で"スケッチブック"にさらさら~っと、ネ」


「――ゲームの中の話してんスよね?」




「ゲームの中の話ョ?」


「なんでもありスね」




「そうよ」




 なるほど、この戦闘機に載せたら"空戦の鬼"と称されるヘビーアーケードゲーマー、キャミソール・エンジェル()()をして"自由度高い"とか言わせるレベル……ね。




「で、これからどうすんです? というかなんで俺だけVR-MMORPGに呼ばれたのかもまだ具体的に聞いてないし。 あいつ――」


「だめよ」


「答えてくれないうえにまだ言って無いこと先読みして否定しないでくださいよ」


「"冬樹君"はだめよ」




「じゃあ何だってんです。 チームメイトに内緒で二人だけ別ゲーするとして、その目的」


「じきにわかる」


「今答えてくれないってことだけはわかりました」




 俺は諦めて、このヘンテコな少女について、異世界情緒あふれる石造りの路をひたすら歩くのだった。






◇◆◇◆◇






「やっほー♪ ケンちゃんさーん!」


「やぁ、きゃみさまちゃん。いらっしゃい」




 デート相手に会ったかのような爽やかなスマイルで、快活そうに手を振るきゃみさま。


 相手は金髪に伊達サングラスのジーパンにTシャツのおにーさん。


 何だか敬称について小一時間説法垂れたくなるような気分で口から"ウンザリ感"を垂れ流す俺がいて。




 きゃみさまに連れられて歩くこと十数分。


 俺達は商業区にあるマーケットなる場所に来ていた。


 建物から一回り外周に展開されたテントや簡易店舗群。道も舗装されておらず多少埃っぽいが、広く取られたメインストリートは行きかうプレイヤーでごった返す。


 すごいな、これ全部肉入りプレイヤーか?


 流石大手MMOとかいうだけの事は有る。


 俺はその一角にある、金属の武器防具が並ぶテントの前で、雑踏のリアルさに感嘆の声を上げていた。




「ほら、神y――なっつんも挨拶しなさいよ。ケンちゃん、こちらアタシのお友達のなっつん」


「あ、えーと"なつぴこ"……です。ひとまず、キャラネームで言うと」




 急っ突かれてしどろもどろにそうこぼしてみれば。


 ケンちゃん。と、呼ばれていた青年がこちらを振り返る。その涼しげな白いTシャツにはでかでかと達筆に「大人」とか書かれていて。


 やべぇ、人となりが読めん。




 表情だけ見ればにこやかなその青年が目を細めて。




「やあ、はじめまして。ギルド・Purity Feather、初心者支援プロジェクトのケンちゃんです。 キミのことはきゃみさまから聞いてるよ」




 そう言われ、握手を求められるのだが。


 俺としては――




「――なんて。 聞いてます?」


「う、うん?」




 相手の手を取らず、何なら不満気な表情(ゲームのシステム上、そう思うだけで、アバターの表情をアシストされるらしい)で、俺はその"ケンちゃんさん"とやらを見返した。




「"俺"は、きゃみさまから何も聞かされないでここに居ます。 彼女から"聞いてる"って、俺の何を、どこまで聞いてると言うんだ」




 俺が仏頂面でそう答えれば、見た目の軽さとは裏腹に誠実そうな金髪の青年は、面食らったような表情で絶句し、説明を求める様にきゃみさまの方へ眼を向ける。


 一方できゃみさまはと言えば"あちゃー"って顔しながら目を覆っているわけだ。




「ああもう。なっつんてば、いい加減その"俺"ってのなんとかしなさいよ。貴方のその見た目で、言われた方の違和感を少しは考えなさいー」


「――俺は俺ですよ」




 辟易とした表情でそんなことを言うきゃみさま。


 その横でこう、何かを察したというか、厳密にはおそらく()()()()()をしたであろう金髪の青年。




「え、ええと、"ネカマ"……ってこと?」


「ちがう!」




 俺は彼のその勘違いにカチンときてしまい、咄嗟にそう否定するも、何やら疲れた表情のきゃみさまに横からチョップされる。


 ぺっしー。




「何ですか」


「馬鹿正直にもほどがある。 なっつん、これで説明しないわけにもいかなくなったわよ」




「な、何か事情がありそうだけど。 とりあえず二人とも座んない?」




 一人困惑顔のけんちゃんに促され、俺たちは視線だけでにらみ合いながら、彼の店舗でもあるテントの中へと踏み込むのであった。

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