表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

Thebes:「"彼"の末路」とかいう最終話

2046.7.28

県庁所在都市某総合病院一般病棟

神谷 夏彦 (なつぴこ)




「え」

「オレ、復讐、したじゃん。アンタの事、裏切ったじゃん」


「でも」

「なんで、あんたが謝んの?」


「だって、俺も、ひどいこと、して……」

「アンタ知らなかったじゃん!! アタシは知っててやったの!! ムカつかないの!? なんで謝れるの!?」


「な、なんだよそれ!? 傷つけた自覚があるから謝ってるんだろ!?」

「そうよ!! 無自覚なアンタに傷つけられた!! だから復讐してやるんだって!! 一年前から!!」


 ……。

 …………。


 ──

 ────。



 ベッドの上で胸ぐらを掴まれたまま。

 なんだかおかしなことになった。


 きゃみさまの一人称は途中で"アタシ"に戻った。

 きっとそれこそが素で、"オレ"は虚勢。

 わざわざ男の時の名前なんて名乗ってさ。



「アタシのなりたかった完璧な女の体!! アタシの愛されたかったボーイフレンド!! アンタは全部持ってて!! だから絶対ぎゃふんて言わせてやんだって!!」



 そこに気の遠くなる様な間があって。



「ぎゃふんて。 言わせて」



 ふと、きゃみさまの手から力が抜ける。



「言わせ、たらさ。 なんか、全然嬉しくないの。 マリーにしがみ付いて泣いてるアンタのこと見て、全然喜べないの」

「え……」


 彼女の手が、のび。

 俺の頬に、ふれる。


「冬樹君のこと諦めたくない。でもどうしよ。アタシ、アンタのことも同じくらい好きになってたの。アンタの事虐めたって、ちっとも楽しくなんかないの」



 嗚呼。


 あああああああ。


 この人は。

 なんて。




 ()()()()()()()()()




 しかし何だ。

 こじれにこじれたなァ。

 でも目の前で涙を浮かべて、混乱してる彼女を見てると。


 俺の方は不思議と冷静になってさ。




「あー。えーと。その。じゃあさ」

「なによ」


 ベッドの上で半ば俺に覆いかぶさりながら、その可愛らしい泣き顔を見せる、相棒に。


「それ、さ。 俺が"全部許す"って言ったら。また、友達になってくれんの?」

「ふぇ?」


「と、いうか。 俺を許してくれる?」

「え、それは。 で、でも! 冬樹君はどうするのよ!?」


「それは。なんていうか本当に悪かったって思ってる。高坂にも君にも。自分を女だって認められないくせに、好きだとか言われて悪い気はしてなかったんだよ。多分。結局俺、アイツの事何カ月生殺しにしてるんだろ」

「そ、そうよ!もう返事しないで二ヶ月よ!」


「だからさ。きゃみさまも俺に遠慮なんかしないで、高坂に告ったらいいんじゃないかな? 其れで高坂がきゃみさまになびくなら、俺とはそれまでの、ってことだし」

「え?え?え? なにそれ? なっつんはほんとにそれでいいの?」


「正直わかんないんだ。 高坂は友達として良い奴だけど、男女の仲になりたいかって言われると首傾げちゃうし、でも好きだって言われて悪い気はしなくて──」



 で。



「それを、そのまま取っておけると、思っちゃったんだよな」

「何を言ってるかわかってる? ホントに寝取るわよ?」


 そして本人を前に公然と吐き出される

 "寝取る"

 なんて表現に、思わず苦笑して。


「だから。寝取るって誰から? 高坂は俺のモノじゃないし、そもそもそこまで行って無いし。きゃみさまが告ったとして、その答えもアイツ次第だし。……なぁきゃみさま?」


 今度は俺から手を伸ばして、彼女の涙に触れる。



「……高坂と恋仲になっても、俺と友達でいてくれる?」


「なっつん……何よそれ。 そんなの……そんなの……」



 いつになく冷静さを欠いて。

 俺の前で泣いて見せる彼女を前に。



 俺は一つ、達観、というか、心決まるものがあった。



◇◆◇◆◇



 で、時間は過ぎて、翌日。


 俺ときゃみさまはいつもの駅南のゲームセンター、"パレス・パーク"に高坂冬樹を呼びだしていた。


「え、どういうこと?」


 まぁそう言う反応になるだろう。

 手を繋いで現れた、俺ときゃみさま。

 方や告白したまま返事のもらえない相手。

 が、それ以外の女性を同伴して現れて。


 今日はロゴの入ったぴんくのシャツに、昨日と同じような黒いレギンス。

 キャップを外した彼女の長い桃髪は、妙に大人びていて。


 その、きゃみさまの口から


「冬樹君。一年前から、ずっと好きでした。私と、お付き合いしてくれませんか?」


 ときたもんだ。


 あのきゃみさまだ。

 高坂だっていつもこのゲームセンターで見てる。

 あのきゃみさまが、しおらしい態度で、真剣な面持ちで。


「あ、あの、真剣な、お話?」


 高坂は良い奴だから、こういう時茶化したりしない。

 だけど相手が相手、状況が状況。

 戸惑ったようにそう返すんだけど。


「本気よ」


 妙に晴れ晴れとした表情のきゃみさまにそう言われて、何かを察した様に彼も表情を引き締める。



「ごめん。きゃみさまの気持ち、嬉しいけど、オレ、今好きな人が居るんだ」



 毅然と断る高坂に、眼に涙を浮かべながらも、きゃみさまは笑って見せた。



「うん、知ってる」

「そっか」



 で。

 で、だ。


 当然の流れで


「で、だから、ってのもアレだけど……なっつん、そろそろ、返事。もらっても、いいかな」


「うん……」


 不安そうに。

 でも真剣な顔で。

 "本気だ"って、言ってた。


 本気で、俺の事、好きなんだって……さ。


 ……。


 ────。


「ごめん。 俺、高坂の気持ちには答えられない」

「そ……そっか」



 ああああああああ。

 すっげぇ残念そう。

 めっちゃしょぼくれとん。

 ごめん高坂。ごめん。


 で、その俺の返事に真っ先に反応したのが


「はーーーーーーーーーッッ!!!?」


 けちょーん。て顔したきゃみさまがそこに居て。

 何か物申したい事でもあるのか、頬を膨らませてツカツカとこちらへ。


「ちょ。なによそれ! 其処は"二人ハッピーエンド"で、アタシ、身を引くイイ女って流れだったでしょ!? なんで断ってんの!? なんで断ってんの!?」


 俺は。

 横目で高坂に苦笑いしながら。

 どうどう、と、きゃみさまをなだめて。


「だからさ。 俺、まだ女として、恋がわからないんだ。そんな気持ちのまま、勢いで高坂にいい返事したくないし」

「なっつん……」


「え、いやでも! アタシの立場ぁ……」


 で、俺としてはサ。

 一つ聞いておきたいことが。


 其れこそが。

 聞いておきたい事。が。


「それでさ。高坂」

「え……?」


「"コイビト"になれなかったら、俺タチもう"トモダチ"じゃねーの?」


 苦笑。

 なんとか、苦笑して。

 高坂に問いかける。


 内心ドキドキだ。

 ここで、"さすがに今まで通りでいられない"とか言われてみろ。

 俺も、泣いちゃう。


「────……」


 ぽかん。と、呆けたような顔してた高坂が。

 いきなりくしゃって。破顔したかと思うと。


「ばか。そんなわけあるか」


 よかった。


「……ありがとう。高坂」


 ああ、高坂は良い奴だから。

 本当に良い奴だから。こういう時に嘘はつけない奴だから。

 だから。


 ごめん。高坂。ありがとう。


 俺は勢いよく二人の肩を抱いて、くるりとゲームセンター、"パレス"を向き直る。


「それじゃー久々に空人やろうぜ。"空人"」

「え?え?」


「それとも高坂も"Thebes(テーベ)"やる?」

「なんだよ。ここ最近見ないと思ったら、ふたりでそんなことしてたの?」



「そーそ。これが"何でもできるゲーム"でさぁ……」




 先のことはわからない。

 この先急に俺自身が"オンナ"になってしまうかもしれないし。


 そのとき高坂に恋慕の情を持つかどうかもわからないし。


 そのときには高坂はきゃみさまに移り気してるかもしれないし。




 でも、二人とも友達でいてくれる。って。ゆった。





 俺は。


 少なくとも今の俺は。




 其れがほしかったんだ。






────Thebes:「ルインズ・ガネシャ」終幕

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ