Thebes:「"彼"の末路」とかいう最終話
2046.7.28
県庁所在都市某総合病院一般病棟
神谷 夏彦 (なつぴこ)
「え」
「オレ、復讐、したじゃん。アンタの事、裏切ったじゃん」
「でも」
「なんで、あんたが謝んの?」
「だって、俺も、ひどいこと、して……」
「アンタ知らなかったじゃん!! アタシは知っててやったの!! ムカつかないの!? なんで謝れるの!?」
「な、なんだよそれ!? 傷つけた自覚があるから謝ってるんだろ!?」
「そうよ!! 無自覚なアンタに傷つけられた!! だから復讐してやるんだって!! 一年前から!!」
……。
…………。
──
────。
ベッドの上で胸ぐらを掴まれたまま。
なんだかおかしなことになった。
きゃみさまの一人称は途中で"アタシ"に戻った。
きっとそれこそが素で、"オレ"は虚勢。
わざわざ男の時の名前なんて名乗ってさ。
「アタシのなりたかった完璧な女の体!! アタシの愛されたかったボーイフレンド!! アンタは全部持ってて!! だから絶対ぎゃふんて言わせてやんだって!!」
そこに気の遠くなる様な間があって。
「ぎゃふんて。 言わせて」
ふと、きゃみさまの手から力が抜ける。
「言わせ、たらさ。 なんか、全然嬉しくないの。 マリーにしがみ付いて泣いてるアンタのこと見て、全然喜べないの」
「え……」
彼女の手が、のび。
俺の頬に、ふれる。
「冬樹君のこと諦めたくない。でもどうしよ。アタシ、アンタのことも同じくらい好きになってたの。アンタの事虐めたって、ちっとも楽しくなんかないの」
嗚呼。
あああああああ。
この人は。
なんて。
可愛らしいんだろう。
しかし何だ。
こじれにこじれたなァ。
でも目の前で涙を浮かべて、混乱してる彼女を見てると。
俺の方は不思議と冷静になってさ。
「あー。えーと。その。じゃあさ」
「なによ」
ベッドの上で半ば俺に覆いかぶさりながら、その可愛らしい泣き顔を見せる、相棒に。
「それ、さ。 俺が"全部許す"って言ったら。また、友達になってくれんの?」
「ふぇ?」
「と、いうか。 俺を許してくれる?」
「え、それは。 で、でも! 冬樹君はどうするのよ!?」
「それは。なんていうか本当に悪かったって思ってる。高坂にも君にも。自分を女だって認められないくせに、好きだとか言われて悪い気はしてなかったんだよ。多分。結局俺、アイツの事何カ月生殺しにしてるんだろ」
「そ、そうよ!もう返事しないで二ヶ月よ!」
「だからさ。きゃみさまも俺に遠慮なんかしないで、高坂に告ったらいいんじゃないかな? 其れで高坂がきゃみさまになびくなら、俺とはそれまでの、ってことだし」
「え?え?え? なにそれ? なっつんはほんとにそれでいいの?」
「正直わかんないんだ。 高坂は友達として良い奴だけど、男女の仲になりたいかって言われると首傾げちゃうし、でも好きだって言われて悪い気はしなくて──」
で。
「それを、そのまま取っておけると、思っちゃったんだよな」
「何を言ってるかわかってる? ホントに寝取るわよ?」
そして本人を前に公然と吐き出される
"寝取る"
なんて表現に、思わず苦笑して。
「だから。寝取るって誰から? 高坂は俺のモノじゃないし、そもそもそこまで行って無いし。きゃみさまが告ったとして、その答えもアイツ次第だし。……なぁきゃみさま?」
今度は俺から手を伸ばして、彼女の涙に触れる。
「……高坂と恋仲になっても、俺と友達でいてくれる?」
「なっつん……何よそれ。 そんなの……そんなの……」
いつになく冷静さを欠いて。
俺の前で泣いて見せる彼女を前に。
俺は一つ、達観、というか、心決まるものがあった。
◇◆◇◆◇
で、時間は過ぎて、翌日。
俺ときゃみさまはいつもの駅南のゲームセンター、"パレス・パーク"に高坂冬樹を呼びだしていた。
「え、どういうこと?」
まぁそう言う反応になるだろう。
手を繋いで現れた、俺ときゃみさま。
方や告白したまま返事のもらえない相手。
が、それ以外の女性を同伴して現れて。
今日はロゴの入ったぴんくのシャツに、昨日と同じような黒いレギンス。
キャップを外した彼女の長い桃髪は、妙に大人びていて。
その、きゃみさまの口から
「冬樹君。一年前から、ずっと好きでした。私と、お付き合いしてくれませんか?」
ときたもんだ。
あのきゃみさまだ。
高坂だっていつもこのゲームセンターで見てる。
あのきゃみさまが、しおらしい態度で、真剣な面持ちで。
「あ、あの、真剣な、お話?」
高坂は良い奴だから、こういう時茶化したりしない。
だけど相手が相手、状況が状況。
戸惑ったようにそう返すんだけど。
「本気よ」
妙に晴れ晴れとした表情のきゃみさまにそう言われて、何かを察した様に彼も表情を引き締める。
「ごめん。きゃみさまの気持ち、嬉しいけど、オレ、今好きな人が居るんだ」
毅然と断る高坂に、眼に涙を浮かべながらも、きゃみさまは笑って見せた。
「うん、知ってる」
「そっか」
で。
で、だ。
当然の流れで
「で、だから、ってのもアレだけど……なっつん、そろそろ、返事。もらっても、いいかな」
「うん……」
不安そうに。
でも真剣な顔で。
"本気だ"って、言ってた。
本気で、俺の事、好きなんだって……さ。
……。
────。
「ごめん。 俺、高坂の気持ちには答えられない」
「そ……そっか」
ああああああああ。
すっげぇ残念そう。
めっちゃしょぼくれとん。
ごめん高坂。ごめん。
で、その俺の返事に真っ先に反応したのが
「はーーーーーーーーーッッ!!!?」
けちょーん。て顔したきゃみさまがそこに居て。
何か物申したい事でもあるのか、頬を膨らませてツカツカとこちらへ。
「ちょ。なによそれ! 其処は"二人ハッピーエンド"で、アタシ、身を引くイイ女って流れだったでしょ!? なんで断ってんの!? なんで断ってんの!?」
俺は。
横目で高坂に苦笑いしながら。
どうどう、と、きゃみさまをなだめて。
「だからさ。 俺、まだ女として、恋がわからないんだ。そんな気持ちのまま、勢いで高坂にいい返事したくないし」
「なっつん……」
「え、いやでも! アタシの立場ぁ……」
で、俺としてはサ。
一つ聞いておきたいことが。
其れこそが。
聞いておきたい事。が。
「それでさ。高坂」
「え……?」
「"コイビト"になれなかったら、俺タチもう"トモダチ"じゃねーの?」
苦笑。
なんとか、苦笑して。
高坂に問いかける。
内心ドキドキだ。
ここで、"さすがに今まで通りでいられない"とか言われてみろ。
俺も、泣いちゃう。
「────……」
ぽかん。と、呆けたような顔してた高坂が。
いきなりくしゃって。破顔したかと思うと。
「ばか。そんなわけあるか」
よかった。
「……ありがとう。高坂」
ああ、高坂は良い奴だから。
本当に良い奴だから。こういう時に嘘はつけない奴だから。
だから。
ごめん。高坂。ありがとう。
俺は勢いよく二人の肩を抱いて、くるりとゲームセンター、"パレス"を向き直る。
「それじゃー久々に空人やろうぜ。"空人"」
「え?え?」
「それとも高坂も"Thebes"やる?」
「なんだよ。ここ最近見ないと思ったら、ふたりでそんなことしてたの?」
「そーそ。これが"何でもできるゲーム"でさぁ……」
先のことはわからない。
この先急に俺自身が"オンナ"になってしまうかもしれないし。
そのとき高坂に恋慕の情を持つかどうかもわからないし。
そのときには高坂はきゃみさまに移り気してるかもしれないし。
でも、二人とも友達でいてくれる。って。ゆった。
俺は。
少なくとも今の俺は。
其れがほしかったんだ。
────Thebes:「ルインズ・ガネシャ」終幕