──って言ったら、笑う?とかいう第15話
2046.7.28
県庁所在都市某総合病院一般病棟
神谷 夏彦 (なつぴこ)
翌日。
検査結果が出るまでなるべく安静に、との事で。別段何か自覚のある不調も無しに、俺はベッドの上。
白い病室。
白いリネン。
白い検査着。
夏の朝の日差しはそれよりも、もっと、白くて。
影が落ちても、それは白くて。
っても、"他の影より"って意味で。
それは色で言えば蒼くて。
こんな。
何にも急かされない朝は。
何時ぶりだろうか。
この2年は激動だった。
ある朝起きたら女の子になっててさ。
びっくりしたね。
これでも以前は身長180とかあったんだぞ。
それが20センチも下がった世界はまるで窮屈でさ。
"かみやんめっちゃ可愛ーじゃん"
ほんと、ただ他意なく、心からそう言ってくれたんだろう、当時の友人の言に。
"やめろ! 俺は可愛くなんかない! そんな事言われて嬉しくない!"
色々余裕がなくてマジにそう返してみれば、男友達は皆黙るしかなくてさ。
悪いことしたな。
俺が、自分で、手放したよな。
悪い事、したな。
女子たちは中々辛辣だったな。
"女の子になった……って、何それキモイ。口実にしてエロい事考えてるんじゃないの"
とかなんとか。
いや、ちゃんと言い訳出来たらよかった。
俺も話し合わなかったけど、アレだ。
エロい事考えたとしてさ、そんで欲情して、その後使うもんがもうねーのよ。
"ほら見てみろよ、何もねーだろ"
ってわけにはいかないのは、君たちのがよく知ってんだろ……。
白いベッドの上で。
「──なんで……俺が、こんな目に」
両手で顔を覆って、つい、零した。
「──さぁね。大元の最初はわからないけど」
突然の声に。
ハッとして、顔を上げる。
気が付けば白い病室の入口。
其の戸口に背を持たれていつの間にか。
きゃみさま。
緩いサイズ余りの白無地のロングシャツに、黒いレギンス。
野球帽のようなキャップに桃髪を全て納めて、目線を隠す。
こんな。
少年のような恰好をした彼女は、初めてだ。
帽子の鍔を持ち上げ、こちらを射抜くように覗き込み、言葉を繋げる。
「今回の虚象の件。全部アタシが仕組んだ…………って、言ったら」
続いた言葉に。
眼を、見開く。
息を呑むように、吸ったところで、止まる。
「──笑う?」
「笑えない」
「そう」
「笑えない冗談だ」
「一切が、本気よ」
つかつかと。
病室を縦断して、俺の横まで来る。
目線を合わせないで、ベッドサイドに生けられた花瓶の花に触れる。
「もちろん、虚象について全部知っていたわけじゃない。アンタの前に冬樹君の形をして現れたのは純然たる偶然。でも──」
語る。少年のような恰好をしたきゃみさま。
愕然としながらも、ただ聞き入るしかない。
俺も、目線を合わせないで、ただ。
「あのThebesに、そういうバグがあると知って、あのイベントに貴女を誘った」
「な──んで」
震える手で、ただ、シーツの端を握り締める事しか出来ない。
「なんで? ……そうね。ただ貴女に痛い目を見てほしくて」
「何でアンタがそんなことをッ! きゃみさま! ────!?」
叫んで返せば、言葉の途中できゃみさまは俺の居るベッドに乗り上げ、俺の胸ぐらを掴む。
帽子の鍔から覗く彼女と目が合う。
「藤堂真一だ。……神谷夏彦」
其れが。
知り合って一年。
初めて聞く、彼女の本名。
「オレがさ。 ……お前が出会うもっと前から、高坂冬樹に恋してた…………って。言ったら。説明、不要?」
頭が。
真っ白に。
なった。
「ねぇ、オレがオマエのこと羨ましいと思わなかったとでも、思ってんの?」
ああ、そうか。
彼女は。
ずっと女の子になりたかった。
ずっと俺達の立場は似てるんだと、勘違いしていた。
でも仕方ないじゃないか。
俺だっていろいろギリギリだったんだ。
いっぱいいっぱいで。
それで。
彼女がどれだけ望んでも手に入らなかった、"完璧な女の体"で、自分を雑に扱って。見せびらかしながら、こんな物いらないって。
高坂に告白されて、"親友だと思ってたアイツに女扱いされて悲しい"だとか、俺に、相談されて、彼女はどんな風に思ってたろう。
自分の好きな相手が、別の女に向いてて、告白までしてて。それで、何カ月も生殺しにされてるって。
どんな気持ちで、俺のこと見てたんだろう。
「ご、めん……」
「安っぽい、セリフだな」
「ごめん」
「謝ってほしいわけでもない」
「ごめん」
「──黙れよ!!」
「ごめん」
「黙れって!!」
「ごめん!!」
「頼む!謝るな!!」
「え」