ショートキャンペーン"虚象"Ⅹとかいう第14話
2046.7.25
旧コーレリア帝国領"城塞都市コーレリア"跡
2046.7.27
県庁所在都市某総合病院一般病棟
神谷 夏彦 (なつぴこ)
ん。
──ちゃん。
「嬢ちゃんッ!!」
「うわぁッ!?」
視界が。開ける。
昼天、を、やや越えた午後。
ほぼ真上からの日差し。
ど、こだ。
ここ。
虚象は?
お願いだ。
もうやめてくれ。
ウンザリなんだ。
もう。
俺が女なのも。
親友が俺の事、女として好きだとか言うのも。
そのことを嫌というほど他人に突き付けられるのも。
全部。
全部。
身を硬くして。
身を守るように手を、かざして。
「大丈夫か!? 嬢ちゃん!!」
見知った声に。そっと。
かざした手を退ける。
緩くまとめた綺麗な金髪が、顔にかかる。
外国人人形みたいな可愛らしい顔に、全く似合わない真剣な面持ちで、俺を覗き込む顔。
マリー。 さん?
いや、気が付けば心配そうに俺を覗き込む、きゃみさま、そして巨漢のロイ。
俺は、安堵して。
「あ……あぁ……あああああああああっ!!」
言葉にもならず、すぐ目の前にいたマリーにしがみ付いて、そのまま他にどうすることもできず咽び泣いた。
帰って、来られた。
◇◆◇◆◇
あの後、色々あって俺は同県県庁所在都市にある一番大きい病院に、検査入院となった。
後になって聞いてみれば、キャンペーンクエスト「虚象」に虚象それ自体が登場する予定はなかった。それどころか運営側が把握している、キャラクターとしての虚象、また、それに付随するフラグや画像データに至るまで存在しないはずであるという。
イベントは、単に原作を知るユーザであれば、原作エピソード「Thebes:彼の末路」を彷彿させるような痕跡がいくつか見つかるだけ、という些細なもの。
まぁ、その"痕跡"って奴が、アイテムとして存在し、原作マニアの間で莫大なゲーム内通貨で取引される……という意味では一大イベントではあった。という事らしい。
では、俺の見た虚象は。
あの"横を向いた象の形をした虚無から覗く蒼い相貌"というふざけた形は、なんだったというのだろう。
あの跡地でない、タイムスリップしたかのように整然とした城塞都市コーレリアから帰って来た時。
咽び泣く俺を、マリーはさすが年長者というか、優しく抱いて、落ち着かせてくれた。
"おれっちが、人にしてやるなんて、なぁ"
何て呟きながら。
きっと彼にも色んな過去があるんだろう。
少女の顔のまま、彼は何か、色々達観した大人の表情をした。
そしてようやく気を落ち着かせた俺に、一言訪ねた。
「何を、見た?」
俺は。
そこでようやく、それが"恥"であると、気が付いた。
話せない。
そのまま話すには羞恥に耐えがたい。
そしてそれが。
その羞恥って奴が。
あの虚象を直視した時に、直感した"そのもの"なのだと。
"純然たる自身の恥"
とでも、言い表そうか。
あの時。怒りに震えたのは。
何に代えてでも、その場で排除しなければならないと思ったのは。
己のうちから出てはならぬもの。
そこに、在っては成らぬもの。
己以外の誰にも見られては成らぬもの。
あれはそういう存在なのだと、何だか妙に納得しつつも。
俺は迷い迷って。
"高坂"に押し倒された件だけ伏せて、見たままを話した。
事の次第を聞いたマリーは、これまた何とも見目に似つかわしくない険しい顔をすると
「やり過ぎだ……藤堂さん。なんで、こんな事を……」
そんなこと呟いて。
「ゲーム運営に、抗議と、イベントの中止を進言してくる」
そう言って、一人先にヴァルハラ市へと帰っていった。
結局、その日のうちに運営から連絡があって、万全喫すためにぜひ検査入院を、と勧められ、今、此処にいる。
ただ、俺はどうしても気になって。
マリーが帰った後、そっときゃみさまに確認した。
「な、なぁきゃみさま。"アイツ"、いつのまにThebes初めてたの? 俺にくらい言ってくれれば……」
堂に入ったThebesプレイヤーの格好をしていた、高坂冬樹。
其れを聞いたきゃみさまは、なんだかはっとした様な顔になって。
「彼が、自発的に始めたのでなければ、誓って、アタシは誘ってないわ? なっつん。貴女、本当は何を見たの?」
俺は迷いつつも。
きゃみさまにだけ、事の"一部始終"を話した。
「……………………そう」
まるで、何か確かめるみたいに。
ただそう頷いて。
他に何も言わず、病室を出て行った。
なんだよ。
それ。
まるで何か知ってて、わざと黙ってます……って言ってるようなものじゃないか。
きゃみさま────
そう言えば、彼女の事も、慣れ親しんだようで、実はわからないことだらけだ。
付き合いは其れなりに長い。
俺が性転換した矢先は、身体が馴染まずによく体調不良を起こして、主治医のとこまで付き添ってもらったりした。
本人が性転換者という事もあって、望む望まぬの違いはあれど、似た者同士と、いろいろ相談にも乗ってもらった。
今、日常的に身に着けている下着すら、彼女に選んでもらった。
しかしながら、その本名すら知らないのだ。
そう言えばと言えば、そう言えば。
"女子高生"を否定しなかったし、学年の違いくらいあれど、多分、高校生。
どこの学校かも知らない。
もちろん、何処に住んでいるかも。
ただ、毎週金曜の夜には駅南のゲームセンターに現れ、そこに集う仲間内とゲームに明け暮れ、過ごす。
その、彼女が?
今回の件に何か嚙んでいる?
何のつながりがあって?
もう。
もう、なにも、わからない……