ショートキャンペーン"虚象"Ⅸとかいう第13話
2046.7.25
移ろわぬ虚 "虚象"の掌
神谷 夏彦 (なつぴこ)
「あははははははははは!!! あははは!! あっはははははははは!!!!!!」
霧の園庭。
響き渡る、俺の声。
俺の。
俺の?
もうそれも定かでない。
Thebesの仕業か、はたまた誰も知らぬ第三者の介入か知らないが。
俺は修道者でもなんでもない。
そんなに心強くない。
ここまでに起こった、心を弄ぶような出来事の数々に、ある意味当然のように、俺は擦り切れてしまっていた。
"もうどうにでもなれ"
そうやって、ある意味心が振り切れた。
その時だ。
その時、っていうか。
天を仰いで泣き笑い疲れ、荒げた息をついて、視線を下げた。
今は足元しか見えない。
でも今の一瞬で気が付いた。
こんな状況でも気が付いた。
霧が。
晴れている。
────振り向くな。
心の何処かで、まるで自分の様で、でも自分ではない誰かのような、声が。
霧が晴れてみれば。
午後の日差しが、未だ高く、注ぎ込む園庭。
こんなにも鮮やかであったかと、今更に気が付く翠。
芝。色煉瓦。薔薇。園庭。
────振り向くな。
鮮やかなるかな園庭。
広大。そして伽藍。
この翠に今、自分しかなく。
────振り向くな。
頽れて膝をついた足元。
皺くちゃになったスカート。
擦り切れたソックス。
なんだかんだ汚れた手。
────振り向
背後に、気配
くな────
それはもう。そう思ってそうしてなくて。思ってないけど体は動いていて。
殆ど反射で、俺は振り返っていて。
それは、なんだ。
其処に在ったものを見て。
まず、何が出来るでもなく固まった。
眼を見開いて。我が目を疑って。でも確かに其処に在ると瞬いて。
これは、なんだ。
先ほど霧の中で見た、黒い影。
恐らくその正体。
第一印象。
"ふざけた格好しやがって"
だ。
具体。的。に。
なんと、言おうか。
それはそう。"象"だ。
日差しの中、煌めく翠に、くっきりと、誰もが知る、あの形だ。
其れは俺に対して体を横に向けた象。
象。の形。の。
──漆黒。
決して生き物などではない。
黒というには暗すぎる虚無が。
ふざけたことに象の形をして、そこに在って。
其れは横を向いているのに。
その眼。
その眼が
両方こちらを向いていて。
眼?
眼……か……?
いや、眼だろう。
其れが、こちらを見ていると分かった時。
自分の脳が、その漆黒を認識した時。
俺の中に、その存在が、確固足りた時。
なにか、爆発するような勢いで、自分の中に一つの感情が沸き上がる。
いつの間にか立ちあがり。
歴戦の戦士のようなどう猛さで柄に手をかけ。
ぎゃり、と、聞いたことも無い様な鍔鳴りを響かせ、抜刀。
十数メートルの距離を跳ぶ様に。
その影に向かって斬りかかる。
そんな自分を、やや遅れて認識する、自分。
その衝動はなんだ。
──怒りだ。
そう、怒りだ。
数刻前に、あの北区集会場で一目見た時と同じ。
相手の存在も許さぬという激しい怒りが。
斬りかかる瞬間。
その影に二つ付いた眼が。
眼が、嗤った気がした。
そのしゅんかんなにかにきがついたきがしたんだてんてんてんまる
実際そうだったか。
或いは俺の頭の中でだけだったか。
子供が飛行機のおもちゃ片手に"ぶーん"って言うみたいな。
音が。声、じゃなくて。
音が。
それと同時に全て、光に呑まれ。
俺の意識は白濁のうちに溶けて、掠れて。消えて。
お前が 虚────────