ショートキャンペーン"虚象"Ⅶとかいう第11話
2046.7.25
旧コーレリア帝国領"城塞都市コーレリア"跡
神谷 夏彦 (なつぴこ)
石造りの集会所。その入り口付近。窓際に息を殺して身を潜める。
何かが、近づいて来ていた。
こ─────────ん。 ザシッ!
音は未だ続いている。
足音?
重低音はともかく、音の後に続く何かを引きずるような音。
それを、足音のように思い始めた、矢先。
石材の隙間から覗き見る表、そこに。
霧に隠れ、よく見えないが、うっすらと、確かに映る巨影。
なんだ、あれは。
人の何倍もあろうかという巨影は、やはりこちらの見積もる通り、音の主で在り。
こ─────────ん。 ザシッ!
そして、やはり先程気が付いたように、謎の重低音の後、引きずるような音とともに一歩、前へ。
一歩。というか。
その動きは何だか奇妙だった。
こ─────────ん。 ザシッ!
こーん。の出所はわからないが、その音の後、ザシッと引きずるような音と共に前進する。
前進? する。
思わずそう表現してしまったのは、きっと"それ"が"ズレ"るタイミングが、音とぴたりと合致したためだろう。
重低音の後。
霧の中の巨影はフッと掻き消え。
何かを引きずるような――まるで巨大な草履で地を擦る足の平のような。
そんな音とともに数メートル先にいきなり表れる。
言ってしまえば、短距離の瞬間移動を繰り返すような方法で移動し、音とともにゆっくりと、この"北区民間集会所"へと近づいてくる。
その移動は、思わず「歩いている」と言ってしまいたくなるが、実際はそんな滑らかな動きではなく、やはり音とともに消え、現れを繰り返す。
なんだか次の瞬間にはそれが真隣や背後に現れそうな漠然とした不安に、背筋を冷たい汗が撫でる。
ごくりと生唾を飲み込み。それすらも聞こえやしないかと、不安になり。相手を探し。
ついに、霧の中にその"眼"を見つける。
見つけて――しまう。
黒い巨影の中、抽象化された記号のような形に二つの、眼。の。様な。形。の。
──の、光。
後々冷静になって表現してみれば、土偶に書かれた模様のようなソレは蒼く輝き。
其れは。
凹と横棒を組み合わせたような形の、俺の頭の中の常識で照らし合わせるなら、眼、かといったソレ。
──其れを見た瞬間、冷静さを失った。
何故だかわからないがそれに対して猛烈に怒りの感情が沸き上がり、許せなくなった。存在ごとこの世から消し去らなければという使命感の様な、信念ともいえるような強固な意志が根付く。
殺さなければ。 壊さなければ。
刀の鍔に指をかけ、その指に力が入る。
──だ。が。
石材の隙間から飛び出しかけ、寸でで気が付く。
その、無根拠で説明のつかない感情の異常さに気が付く。
──なんで。そう思った?
あれを。あの青く輝く目を直視した瞬間、そう思った。
許せない。絶対にこの世から消し去らなければ。と。
──思わされ、た?
それに気が付いてからは、ただひたすら恐ろしかった。
何だあれは。こちらに気が付いているのか。
知覚していないにもかかわらずこちらに影響を及ぼしているのか。
そも、これはThebesというゲームの範疇か。
もう。
もう、刀を鞘ごと抱きしめて、壁の裏で震えるしかなかった。
その震えは恐怖か。──怒りか。
鞘を握る手は心の支えを求めてか。──それとも抜刀き放ったら何かが終わると直感してか。
ソレはしばらく集会所前に佇んだ。
永遠にも感じられる長い間。
こ─────ん。という音だけが定期性を持って鳴り響き。
なんだ。気が付いているのか。
俺がここにいるって。
気が付いてやっているのか。
震えは限界に達し。
思考が自棄の域に差し掛かろうか、というとき。
ザシッ。
其れは再び動き始めた。
音が。
こ────ん。が。
ざしっ。が。
自分から遠ざかっていくことに、これ以上ないというほど、安堵した。
どのくらいの時間がたったのか。
音が聞こえなくなって。それでもすぐには安心できなくて。
耳を澄ませて。
ステータスウィンドウを呼びだし、音が聞こえなくなってから裕に半時の間を待って。
「──っは! ……はぁ……はぁ……」
荒く、息を吐き出す。
もうわけがわからない。
数時間前まで、気心の知れた友人と、ゲーム内で知り合った仲間と、思う所の一つも抱えつつも、普通にゲームしてた。
だが、これはなんだ。
俺が、いま直面しているものはなんだ。
誰か、誰でもいい。この事態に気が付いているなら助けてくれ。
助けてくれよ……。
今更ながら見回してみて、誰も居ない集会所の片隅で、また、膝を抱えて泣いてしまった。
寂しい。
怖い。
わけがわからない。
誰か。
──誰か。