序
「あれが噂のお小姓様か」
男たちが噂する。
周囲を深い堀と高い塀に囲まれ、外界とつながるのはただ一つ、大門のみ。
この朱色に染められた門からしか、出入りすることができない街。
無数の提灯に彩られた、魅惑の世界、遊郭、末原。
暮れ六つ過ぎ。寒さの緩んだこの街を、一人の青年が足早に行く。
ザンバラ髪のような無造作な短髪。短身ではないが、夜の闇では女に間違われそうなほど華奢な体。そこに濃紺の羽織。
一見控えめな装いだが、よく見ると、質のいい生地で仕立てられていて、それがまた、彼の「小姓」という立場をよく表している。
「また『白玉屋』か」
「ああ、十日と開けず通われているらしい」
「今日も一刻程で帰られるのかね」
「宰相様付のお小姓様は、お忙しいのだろうよ」
青年を横目に見ながら、男たちは声を潜めあう。
「それでも、わずかな間を惜しんで通われるとは、よほどご執心だな」
「相手は、白峯とかいう遊女らしい」
「どれほどいい女なのだろう」
青年は方々から向けられる好奇の目と、それについてくる皮肉交じりの声を気に留める風もなく、真直ぐに見世に入った。
見世の表には、「白玉屋」とある。
待ち構えていたかのように若い衆が出迎え、青年は慣れた様子で刀を預けた。
すでに禿が迎えに来ている。
禿とは、遊女に仕え、見習いをしている女の子だ。
幼い子では六歳くらいからその勤めをする。
青年を迎えに来ている禿は、さらに幼いようだ。
青年は迎えの禿の後に続き、薄暗い、迷路のような廊下を行く。
両側には装飾された障子戸が並び、どれも毒々しいほど鮮やかで、どこまでも続いている。
やがて、ほかと比べるとやや質素な障子戸の前で、禿が足を止めた。
「花魁、お越しです」
障子戸がすっと開くと、案内した禿と同じ顔の禿がもう一人、障子戸の脇に控えている。
その横をすり抜けて、青年は部屋に入った。
広くはないが二間続きの部屋。
奥の部屋との間を仕切る襖は締め切られ、手前の部屋で、この部屋の主が静かに三つ指をついて青年を迎えた。
まだ若い、が、そのたたずまい。これからそう遠くないうちに、この見世の稼ぎ頭になるであろう風格がある。
「ようこそ。お待ち申し上げておりました。柚月様」
そう言うと、部屋の主、花魁、白峯は、優美なしぐさで顔を上げた。




