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短編大作選

証明写真

作者: 高島トモツグ

①二十歳の喜び


嬉しい。


ここまで生きて来られた。


この気持ちを証明したい。


喜びを何かに閉じ込めたい。


後世で語り継がれるものとして残したい。


歩く。


スーパーマーケットの店内から、外の自動販売機が立ち並ぶ空間へと歩く。


今の気持ちなんて、今しか存在しないもの。


今は今でしかないのだから。


気持ちの証明なんて、正式なものとしてすることは不可能。


でも、個人的な証明として、表情や身体に伝わる覇気や憂鬱を残すことは出来る。


証明が難しい感情や状態などを、これから、一枚の証明写真として閉じ込めていきたいと思っている。


今はひとりぼっち。


みんな誰かに必要とされていたり、明日に備えていたりと、私の近くにいない。


でも、控えめに鳴くスマホの中には、あたたかい想いがパンパンに届いていた。


目の前に、真新しい綺麗なグリーンの装置が現れる。


この装置で、気持ちを証明写真に残すことにする。



カメラの前に座ると、胸が少し締め付けられた。


でも、自然に近い笑顔が溢れているような気がした。


友達がいなくても笑うことが出来る。


機械の声が、こちらに話し掛けてきた。


返さなくていいのに、会話のキャッチボールをしていた。


機械と喋ってしまうほど、気分が良かった。


ここには、顔やカタチはなくて、動くこともない。


なのに、友情という気持ちの芽が出始めていた。


人間だけが友達ではない。


生物だけが友達ではない。


機械だって友達になれるのだ。


お金はきちんと支払っている。


だが、友達と写真を撮っている感覚から、さほど遠くはない気がした。


シャッター音がなる。


そして、名残惜しむように外に出た。


喜びを閉じ込めた。


嬉しさを閉じ込めた。


二十歳を閉じ込めた。



取り出し口に出てきた写真は、飛び切りの笑顔をしていた。


嬉しさをしっかりと証明するように。




②パワハラへの怒り


ムカつく。


店長は見下しすぎ。


見た目は、真面目じゃないかもしれない。


でも、普通に気は抜いていない。


ミスしてから怒ればいい。


ミスもしてないのに圧力をかけやがって


この気持ちを、何かに落とし込みたい。


バイトしてるスーパーの店長の、パワハラに対する怒りをカタチとして残したい。


歩く。


スーパーを飛び出して、壁にピタリと張り付く箱たちに視線を送る。


そして、空洞になっている一人用の箱に逃げ込むように入り込んだ。



抑えていた表情は一気に溢れる。


機械に触れる手も、何処か乱暴になる。


この小さな空間では、何もかも解放していい。


どんなに感情を爆発させてもいい。


そんな気持ちにさせてくれる。


表情は怒りに全て任せて、時を待つ。


シャッター音が鳴り響く。


本来は写真に写ってはイケないような鋭さを放っていた。


なぜか吸い取られたように、その後は穏やかさが溢れた。


外に出ると、入ったときよりも滑らかに時が流れていた。


怒りを閉じ込めた。


憎しみを閉じ込めた。


不信感を閉じ込めた。



今日、怒りのタンクが限界を越えたことを、この先の人生で確認したとき、どう思うのだろうか。


気持ちの証明として、今、撮影した写真が元気よく飛び回る想像は何となく出来る。


取り出し口から出てきた写真を見ると、しっかりとした決意が写し出されていた。


今の気持ちを超越するような、鬼の形相がそこにはあった。




③初カレが出来た高鳴り


高鳴っている。


高鳴りすぎている。


鳴りやまない。


もう、当分は鳴りやまない。


初めての彼氏が出来たから。


それもまだ出来たてホヤホヤだから。


隣には男性がいる。


最愛の男性が。


表情に出ちゃっている。


表情が高鳴りを表しちゃっている。


でも、今の一瞬はきっと、闇の中に消えてしまう。


今の一瞬は、今しかないのに、それを残す術は限られてる。


もうあの方法しかない。


証明という名が付けられた箱。


私は彼の手を握り、スーパーまで歩く。


早足で歩く。


運命で繋がりながら歩く。


一瞬一瞬を切り取っていたら、キリがない。


でも、記録として彼との愛を残したい。


それくらい価値あるもの。


記憶が薄れたとしても、記録はしっかりと残るから。


新しい世界へ足を踏み入れるように、のれんに似た布を二人でくぐった。



四角い箱は、一人の時とは違って狭く感じた。


一人用に出来ているだけある。


私が繋いでいる手を強く握り、愛を送ると、彼も強く握り返してくれた。


二人で同じ場所を見つめ、心をひとつにする。


シャッター音が、心の奥底まで響く。


この狭い空間に溢れている愛も、きっと写ってくれただろう。


二人の愛を閉じ込めた。


心の高鳴りを閉じ込めた。


憎しみの無い世界を閉じ込めた。



二人で撮ったこの証明写真を、数年後、数十年後に見たとき、私はどう思うのだろうか。


幸せに溢れていて、二人または三人で、笑顔になりながら眺めているのだろうか。


それとも、一人きりで、あの時はとても幸せだったなと、懐かしみながら見ているのだろうか。


出てきた写真を、初めての共同作業と銘打って、二人で拾い上げた。


そして、胸にあてた。


少しだけ、気持ちが柔らかくなった気がした。




④チケットがハズれた哀しさ


哀しい。


哀しさしか、感情が追いかけてこない。


ライブのチケットを取ることには、今現在、2つの運命しかない。


当選するか、ハズれるかだ。


当選すれば嬉しいが、ハズれたら底に沈む。


まさに、両極端の世界。


今はハズれて、いくら泳いでも水面に出られないほどの場所にいる。


人生に無くてはならないものが、一瞬で消え去ったような感情が降りてきた。


このアーティストが、近くに来るなんてもうない。


最初で最後のチャンスだった。


歩く。


暗い夜道を、ジャージの上下とサンダルというラフな格好で。


今ある悲しみを、これ以上活発にさせないために。


あの箱なら、何かを変えてくれる気がする。


あの箱しか、今の気持ちは整理出来ない。


近所のスーパーを目指す。


哀しみを写真にすれば、ツラい哀しみをいつでも確認できる。


この哀しみを基準にすれば、遠い未来の哀しみも打ち砕ける気がする。


目の前に、箱が現れた。


嬉しいときも哀しいときも、優しく包み込んでくれる、私想いの箱。



中に入ると、心を撫でるような女神の浮き沈みのない声が響いた。


その声に従い、一点を見つめる。


そこに響いたシャッター音が、心に染みてゆく。


哀しみ以外の優しい成分も、きっと欠片くらいは写っていることだろう。


哀しい心を閉じ込めた。


哀しみの根源を閉じ込めた。


哀しみに繋がる感情を閉じ込めた。



楽しさ皆無の私が写った紙切れが、姿を現す。


哀しみの感情を写真にして、客観視したことで、なんとか切り換えられる気がしてきた。


次へと進む、決心のようなものがついた気がした。


これ以上の哀しみが生まれませんようにと、心で願った。




⑤愛犬が死んだ虚しさ


虚しい。


これほどに虚しかったことは、今までにない。


感情が度を越えると、何かに導かれるように、身体が動いてしまう。


大切に飼っていたチワワのラブが、昨日亡くなった。


家では、ラブにずっと心を預けていたから、寂しくて虚しかった。


楽しい時間が、崩れる音がした。


いなくなって、少し時間が経過した今の方が、苦しさは多い。


歩く。


右足が着く前に、左足を前に出す意識が溢れ出す。


今の虚しさなんて、忘れていいはずがない。


少しでも、身体がラブで溢れているうちに閉じ込めたい。


料理を冷めないうちに提供したいレストランのような心持ちで、例の箱に飛び込んだ。



いつもの箱は、いつもより閑散としているように思えた。


心には大量の虚しさを持っていたが、胸に抱いた愛犬ラブの写真が、それを中和してくれた。


カメラの目映い光に包まれるときを、ザワツキを押さえつけながら、ゆっくりと待つ。


そして、シャッター音と共に、光が全身を照らしてゆく。


愛犬ラブの心を閉じ込めた。


虚しさの根元にある愛を閉じ込めた。


一生忘れはしないという誓いを閉じ込めた。



外に飛び出して、出てきた写真を手に取る。


虚しさを全面に出しながらも、微かに微笑みを含んでいる、私がそこにはいた。


ラブは二度、写真に閉じ込めたカタチで、そこに映っている。


それなのに、優しい微笑みを見せてくれているような気がした。




⑥レジでの嬉しさ


ラッキー。


スーパーマーケットで喜ぶことなんて、今までなかった。


喜んでも割引きで得た、僅かな微笑みくらいだった。


定番ではあるが、これが一番身体をゾワッと沸かせてくれる。


スーパーでの合計金額が身近な数字だった。


それには、物質的な損得はない。


だが、気持ち的な損得が溢れ出てくる。


こんなにもテンションを上げたのは、何振りだろうか。


手の中に1214円と印刷されたレシートを携えて、建物を飛び出していた。


歩く。


誕生日から、ちょうど半年経った今日を歩く。


誕生日まで、ちょうど半年となった6月14日を歩く。


風がやけに冷たい。


そのわりに、なま暖かさが纏わり付く。


例の四角い箱が姿を現し、改めてその偉大さに気付いた。


レシートは店名が書かれた上部が握り潰され、グチャッとしていた。



中に入り、レシートに書かれた1214円という数字と、カメラとの距離を調整する。


証拠を閉じ込めるのも、一苦労だ。


腕をいっぱいに伸ばし、何も応えること無き空気に腰掛ける。


シャッター音が鳴り、バタバタと小さな箱の中を左右に歩き回った。


数字を閉じ込めた。


嬉しさを閉じ込めた。


今というラッキーの渦を閉じ込めた。



取り出し口に、期待の瞳で向かう。


表情だけではなく、文字もしっかりと閉じ込められていて、胸を撫で下ろした。


普通に誰かに、シャッターを切って貰う方法もある。


正直、それもいいものになるだろう。


でも、それでは得られない、証明写真なりの誠実さが、この写真には出ている気がする。


証明写真という枠に嵌め込むというパターンを、身体に覚えさせることで、

幸せをひとつも余すところなく、残せている気がした。


それによって、想い出は確実に、よりよく保存されている気がした。


周りの人に撮ってもらうことは、笑顔や良さを引き出すにはいいかもしれない。


だが、この写真の笑顔は、証明写真だからこそ生まれる宝物だ。




⑦顔の傷の痛さ


ズキズキする。


この傷のカタチは、今しかない運命の痕。


生きているという実感がある。


転ぶという失敗も、未来に残せば報われる。


転んで顔に出来た傷は、思考回路を弱らせるほどズキズキ痛い。


それは表情を貫く痛み。


忘れないためには、証明写真が一番だ。


朝起きてすぐに、何気なくコップ一杯の水を飲み干すように、足はもう、そこに向いていた。


すでに、証明写真が生活の一部と化していた。


歩く。


スーパーマーケットの馴染みの駐車場を抜ける。


壁に張り付いた、自動販売機たちがいつものように視界の端を流れゆく。


転んで傷が出来ても、また起き上がればいい。



何の意識も入れず、傷のことばかり考えていたが、撮影する直前まで自然と辿り着いていた。


シャッター音と光が放たれる。


傷に染みてしまうほど、度合いが強く感じる音と光だった。


痛みの感覚を閉じ込めた。


痛々しさを閉じ込めた。


人生の失敗例として、しっかりと閉じ込めた。



取り出し口に、痛みと向き合いながら近づく。


綺麗な赤い傷跡がしっかりと、閉じ込めてある。


一昔前に比べて、かなり良くなった鮮明さは、心を縮ませる。


でも、リアルなものとして刻まれた。


証明するという意識のなかで、しっかりと残せている気がする。




⑧花火での無念さ


悔しい。


何でもっと注意して行動しなかったのだろう。


時を戻せるなら、いっそ昨日まで戻してほしい。


白っぽいグレー掛かったコンクリートの地面に、大きな彼の影が映る。


その横に、髪の毛がチリチリになった私の影が映る。


いつもと違うことは、経験として、とてもいいことだ。


だから、きちんと写真として残すと決めた。


歩く。


カップルや幾つもの集団が、こちらをすれ違いながら見てくる。


花火が引火して、少しチリチリになった私の髪の毛。


それを残さずに、何を残す。


いつもの小さな箱の前に、もう着いていた。



中に足を踏み入れ、慣れない髪型で、慣れた操作をこなす。


シャッター音は、いつもよりテンションが上がっているように、少し高く感じた。


悔しさを閉じ込めた。


面白味のある自分を閉じ込めた。


彼の楽しそうな笑顔を閉じ込めた。



取り出し口に向かうと、彼は真っ先に写真を手に取った。


そして、声を出さずにニコッと笑った。


その後、可愛いの一言をボソッと漏らした。


心配しすぎる人は、あまり得意ではないので、すごく優しい気持ちになれた。


彼につられるように、こっちにも自然な笑みが溢れていた。




⑨プロポーズの嬉しさ


やった。


ついに、ここまで来た。


しかも、ダブルの幸せ。


このダブルの幸せこそ、一番閉じ込めたいこと。


妊娠が分かった。


そして、プロポーズされた。


指輪が入った箱を目の前でパカッと開けて。


もう、幸せが収まりきらない。


歩く。


彼と彼から貰った指輪を傍らにして。


最初はひとりぼっちだった。


時には悪い出来事もあった。


もちろん嬉しい出来事も沢山あった。


今まで、何回、あの証明写真に思い出を閉じ込めてきただろう。


今まで、何回、あの証明写真に助けられてきただろう。


もう、家族と言っても過言ではない。


プロポーズをしてきた彼。


お腹に宿った私たちの愛の結晶。


それらをずっと見守ってくれたのは、証明写真だった。


証明写真の目の前に着くと、迷わず、四角く大きなカラダを手でスリスリした。



お腹のなかの子も含めた三人でなかに入り、定位置についた。


そして、操作を完了し、薬指に通した指輪の輝きを前面に押し出すように掲げた。


シャッターの音をお祝いの言葉だと、思い込むようにしながら、画面を見ていたら、自然と笑みが溢れた。


シャッター音が鳴り響き、幸せが鳴り止まなくなった。


彼との幸せを閉じ込めた。


未来の幸せを閉じ込めた。


人生最大の愛をここに閉じ込めた。



取り出し口を覗くと、証明写真があった。


写真に映る指輪の輝きが美しかった。


全体的に、いつもより明るさに満ちていた。


私にしか分からないほどの、お腹の僅かな膨らみが愛おしかった。


そして、写真にいる彼の白目気味の表情がとても可愛かった。




⑩三人でいる楽しさ


面白い。


初めての三人でのお出掛けは楽しい。


色々な面白みが溢れている。


家族に囲まれて、何気ない会話をする。


それが、どれだけ幸せなことか。


それは、今まで気付けなかった。


でも、我が子を胸に抱え、夫を隣に置いている今。


ドバドバと美しいものが、溢れている気がする。


普通の記念写真もいい。


でも、証明写真というカタチのものも、面白みがあっていいだろう。


歩く。


スーパーマーケットは、ずっと変わらずにここにいる。


いつもの光景を、違うカタチで歩いている。


初めて三人で撮る写真は、これだと決めていた。


産後、落ち着いたら、絶対撮りに来ようねと、口癖のように言っていた。


そして、今、ついに三人で写る日が来た。



カメラの前に座ると、幸せのパワーが一段と強くなる。


慣れた手つきで操作をし、ポーズを決めることなく自然体で、シャッター音が鳴るのを待った。


そして、心地よい音が鳴った。


三人の幸せを閉じ込めた。


娘の可愛さを閉じ込めた。


みんなの成長過程を閉じ込めた。



取り出し口を噛み付くように、しっかりと凝視して、出てきた写真を手に取る。


そこには、表情から広がる優しさが溢れていた。


私たち三人が、幸せだということは、証明写真が証明してくれた。


様々な事柄が証明出来る場所を、見つけることが出来たおかげで、今、幸せでいられている。


そんな気がして、小さな微笑みが溢れた。




「娘が一歳になったときには、また必ず、ここに撮りに来ようね」


「うん。二十歳になるまでは、毎年ここに来よう」


「そうだね。絶対ね」

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