悪役令嬢とヒロインは親友である。
「エリカ・ヴァルトシュタイン! 今この時を以て、貴女との婚約破棄を告げる!」
何度も読み漁った小説や、穴があくほど読んだ漫画のワンシーンでよくある、ありきたりな場面だ。
このシーンは【あの花の名は】での攻略対象の一人、ルドベキア・シュテルンベルクの個別ルートに入るためのフラグイベント。その名も『断罪』。なんとも直球ストレートな名前だ。
【あの花の名は】
有り体にいえば、魔法や精霊が存在するファンタジーな世界観の乙女ゲーム。ジャンルは恋愛シミュレーションRPG。
キャラクターを攻略する通常パート以外にも、魔物と戦う戦闘パートや、選択したキャラと親密になっていくイベントパートがある。
メインになっているのは乙女ゲームなので、戦闘で使用できるキャラクターは普通のRPGに比べると少ないが、シミュレーションであるため、戦略性があってとても楽しい。
そんな乙女ゲームの世界に、わたし〝石森えりか〟は、エリカ・ヴァルトシュタインとして生まれ落ちた。
エリカ・ヴァルトシュタインは、いわゆるライバルキャラだ。昨今よくある悪役令嬢である。
肩書きはシュテルンベルク帝国ヴァルトシュタイン領領主ヴァルトシュタイン公爵令嬢。
そして、ルドベキア・シュテルンベルク皇太子殿下の婚約者。
とてつもなくテンプレな悪役令嬢の設定。
そんなテンプレな悪役令嬢のわたしは、当然のようにヒロインをいじめていたとして、ルドベキア皇子の個別ルートに入るための、2年次秋にあるイベント『断罪』で婚約破棄を告げられる。
ゲームをしている時は、そういうイベントだと思って特に気にしていなかったけど、この世界に生まれ、この世界の教養を身につけた今となっては、この皇子の判断がいかに常識がないのか分かった。
正当な手続きもなしに一方的に婚約破棄を告げるなんて非常識だ。成人しているのならまだしも、わたし達はまだ未成年で、好き勝手に婚約する・しないを決める事は出来ないのだ。日本だって、未成年の結婚は親の同意がいる。あれと一緒。
婚約が決まった時と同様に、ルドベキア皇子の父である皇帝と、わたしの父であるヴァルトシュタイン公爵の同意がなければ、いくら当事者であるわたし達のどちらかが婚約破棄をしたくてもできない。そういうものだ。
つまり、こんな大衆の面前でルドベキア皇太子殿下は、自分の学のなさを露呈しているに過ぎない。
とまぁ、正論で返すのならこんな感じの理由がつらつらと上がるが、そもそもの話──
「……ま、待ってください、殿下! 私は……」
「やはりそなたは優しいのだな。いじめられていたというのに、まだあの魔女の肩を持つなど……」
「ち、違います。私、本当に……」
──相変わらず話を聞かないな、バカ皇子。……ではなく。
そう。原作ゲームの立場で言うと、ヒロインであるロベリア・エアハルトが一生懸命弁解しようとしているが、そもそもの話、わたしとロベリアは親友である。
突然光属性の魔力を宿している事や、月色に輝く髪を持っていた事から、父方の親戚であるエアハルト家に引き取られたロベリアと、闇属性を持ち、伝承にある魔王と同じ、漆黒の闇を思わせる黒い髪を持つエリカは、立場は大きく異なるが、家族から腫れ物のように扱われているという共通点がある事で、とても仲が良かった。そりゃーもう、仲が良かった。
ちなみに腫れ物のように扱われているとは言うけど、お互い家族仲は至って良好だ。ちょっと特殊な力を持ってるから、ちょっとビビられている程度。わたしの両親も、ロベリアの義両親も、普通に愛情を持って育ててくれている。
そして、周りが羨むほど、わたしとロベリアは学園内でいつも一緒だ。さすがに登校は一緒にはならないが、クラスが同じなのでよく話している。その仲の良さは生徒会にも伝わっていたはずだ。
ちなみに生徒会長は当然ルドベキア皇子……ではない。皇子はまだ未成年だが、すでに公務の一部をこなしているために多忙で、生徒会長なんてしている暇はないのだ。ただ皇子が呼ばれてもないのに生徒会に顔を出しているだけの話がある。確か生徒会長は攻略対象キャラの一人ではあったか。顔はなんとなくわかるが、興味ない上に貴族は名前が長くて覚えられてないので覚えてない。
で、そんなわたしとロベリアは百合ルートに突入しそうなほど仲が良かったのだが、わたしが魔王と同じ特徴(黒髪、闇属性持ち)だからか、皇子を筆頭とする攻略対象キャラには目の敵にされていた。あ、生徒会長は攻略対象キャラだけど唯一こちらを信じてくれている。むしろ皇子の残念さを嘆いていた。
特に婚約者である皇子は、ことある事にわたしとロベリアを引き離した。
中庭でランチを楽しんでいれば、割って入る。
授業で二人組を作れば、ロベリアを連れ去る。
わからないところがあるというロベリアに勉強を教えていれば、自分が教えるとしゃしゃり出る。
それらはまあ、ゲーム目線で見るとルドベキア皇子の固有イベントである。何もおかしくはない。
しかしそれはゲーム的な目線で見ると、だ。
わたしとロベリアは普通に親友。
親友である二人がただランチをしていて、親友である二人が二人組を作れと言われて共に二人組となり、親友である二人が勉強をしていただけ。
なのに突然皇子が勝手な思い込みからロベリアが虐められていると盛大な勘違いをかまして攫っていく。
そんな事があるたびに、こんな無能な皇子が第一皇子で大丈夫なのかと、この国の未来が心配になった。
ロベリアは次の日にごめんなさいと謝ってくれたが、そもそも皇子が勝手な事をしているだけ。ロベリアが謝る必要はないと宥めていたら、その場面だけを見た皇子がいじめていると勘違いをして……という無限ループ。最悪である。
しかもこの皇子、ナルシストなのか、わたしがロベリアに嫉妬していると思っている。
というのも、闇属性の魔法が使えるエリカは、光属性の魔法が使えるロベリアを妬ましく思っている。なのにロベリアと、自分の婚約者である皇子は仲睦まじい様子で、何とかして皇子の心をロベリアから取り戻そうとし、その結果いじめている────という筋書きになっているとか、何とか。
確かにゲームの中のエリカはそんな設定だったと思う。その嫉妬心からさらに魔力を増幅させ、婚約破棄されたにも関わらずにロベリアへのイジメは止めず、卒業パーティーでついに家族からも見放され、仲間がいなくなったところで暴走して魔女となり、ヒロイン達に退治される……みたいな。
しかし、何度も言うがそれはゲームの中のエリカの事。わたしの事ではない。
ロベリアだって皇子と仲睦まじいという噂が何故か流れている事に心底わからないという顔をしていたし、「私……殿下、苦手なんですよね」と言っていた。なんでもナルシストで話が通じないかららしい。わかる。あの皇子は幼い頃からあんなんだったよ。
皇子として育てられたせいなのか、なんでも自分の思うように動くと思っている節がある。そんなわけあるかよ。
そういえば皇子は気付いてないが、ロベリアは皇子を名前で呼んだ事はなかったりする(ロベリアはずっと殿下呼び)。名前を呼ばないなんて、遠回しにあなたに興味ありませんと言っているようなもんなのに、本当に残念な頭だ。
「まず、ある日の中庭。ランチをしていたロベリアの元へわざわざ赴き、罵声を浴びせてロベリアの昼食を奪った! これは立派な窃盗だ」
それ、もしかして待ち合わせしていたところに先生に呼ばれてちょっと遅れたわたしが合流して、お弁当のおかずを交換した時の事を言ってます?
「次に、ペアとなる授業では無理やりロベリアをパートナーにした。これは脅迫だ」
いや、それも二人組ならもちろんわたし達だよね! みたいな感じで自然とそうなっただけですね。
「ちょ、ちょっと殿下……」
「最後に、庶民の出であるロベリアに対してキツい言葉を吐き、勉強が出来ない事を愚痴愚痴と……貴族として、庶民を貶して楽しいだなんて、呆れるな」
いやいや、普通に勉強教えてたのにあなたがロベリアを連れて強制的に図書館に閉じ込め(曰くわたしが入れないようにボディーガードを立たせていたらしい)、頼んでもないのに勉強を教えてやると上から目線で言っていただけじゃないですか。
……ああ、ほら。真実を知っている周りのクラスメイト達も、「この皇子、何を言っているんだ?」なんて顔をしている。
ちなみにザワザワしているのは、わたしの悪口とかではなく、皇子の常識のなさを叩いているのだ。俺は正しい事を言っている、なんて悦に入ってるのか気付いてないけど。
「本当に。庶民といえど、この国の民は宝。仮にも、皇族と共に国を導く公爵令嬢であるのに、それすらわからないなんて、ヴァルトシュタイン公爵家も堕ちたものですね」
この嫌味メガネは、クール系担当の攻略対象。皇子の幼馴染で、宰相(皇帝の政務を補佐する最高位の官史)の息子のエルンスト・ラナンキュラス。
お前のその発言も庶民を貶しているんだが、気付いてないのか。まぁ、庶民を貶す発言に関してはさっき皇子もしていたが。
そもそもロベリアは庶民ではないぞ。確かに彼女は生まれた時は庶民だったと自分でも言っているが、光魔法が使えると判明してからは伯爵家に引き取られ、相応の教養を叩き込まれた伯爵令嬢で、その事に誇りを持っている。
なのに元庶民とか言ってる皇子の方が失礼なのだ。わたしはその事について言及した事はないし。
「ロベリア嬢が断ろうとすると闇魔法をちらつかせ、ルドベキアに伝わらないよう、口止めまでしていたそうではないか。公爵令嬢が取っていい行動ではないな」
そう言いつつ抜剣する赤髪の剣士は、シュテルンベルク帝国騎士団の団長の息子、ローダンセ・シュヴェルト。やっぱり皇子とは幼馴染。
ありがちな熱血系体育バカ。確かに剣の腕はすごいのかもしれないけど、猪突猛進で協調性がない上に、学もないので騎士団長には向いてない。
コイツは何か誤解しているが、騎士団長はたくさんの隊を率いて指示をする騎士団の要。言わば戦における総大将。決して敵陣に突っ込んで戦うような立場ではない。……が、ローダンセはとにかく戦うものだと思っている。やっぱりバカだ。
この信号機共は揃いも揃って、こんな感じのバカばっかりである。こんなのが、未来の皇帝、宰相、騎士団長と持て囃されているなんて……。シュテルンベルク帝国は滅亡する未来待ったナシじゃないか。
国の未来を憂いていると、ズキズキと頭痛がしてきた。思わず眉間を押さえたが、皇子はそれを泣いていると勘違いしたようで。
「今さら後悔して泣いたところで遅い! ロベリアは私の伴侶! つまり未来の皇后だ!」
「…………は?」
「未来の皇后にこれだけの無礼を働いたのだ! 死刑も生ぬるいと心得よ!!」
──ドヤァ……
効果音はこれだな。
……いやいや、違う。ちょっと待て。
ロベリアが未来の皇后? 本当にこの男は、何を言っているんだ? 頭は大丈夫か? 本当に16歳か? 実は年齢一桁とかじゃないのか? ロベリアとそんな話してたのか? ロベリアは毛ほどもお前に興味はないぞ?
だって、だってロベリアは────
「で、殿下……」
「どうした、ロベリア。もうじきだ。もうじき魔女をお前の前から消せる。もうしばらくの辛抱だ……」
「私……」
────婚約者、います。
「…………は?」
皇子がアホ面をさらしている中で、ロベリアの視線がちらりと群衆に向けられた。
その先にいたのは、ニコニコと笑いつつも、どす黒いオーラを発している一人の男。
「お話はようやく終わりましたか、ルドベキア皇子。僕の婚約者が未来の皇后だなんて話。当初は法螺話かと思ったのですが、訂正する気配がないという事は本気のご様子。しかし僕を含め、アングレカム王国としては一言も聞いていませんが、どういう事なのか最初からご説明願えますか?」
隣国の王子、アングレカム王国第一王子レオナルド・アングレカムだった。
とにかく皇子の頭が悪い話です。
本当はあらすじのように記憶が戻るところから書こうと思っていましたが、断罪イベントのシーンを書きたかったのでこんな感じに。
ラストの王子はゲーム的には隠しキャラ的な存在、など結構ガッツリ設定を考えたので、また書ければいいな。




