27 偽善活動2
『聖女様、準備ができたとのことです。お越しいただけますでしょうか』
ルーベルト伯爵のお城の自室でくつろいでいたら執事長さんからお呼びがかかった。
一時間程度で呼ばれたから、すでに通達はされていたのかな?
執事長さんに案内されて向かった先は小規模なパーティーが開催できそうな大広間だった。そこに伯爵様とお城の使用人を除いて、若い男性が5名待っていた。全員一様に左腕を添え木で固定しているみたい。
……。ふむふむ、一人だけ本当に事故で骨折しているみたいね。なんかレベルが上がって見ただけで怪我の状態が分かるようになっているけど、これ凄い便利。
骨折している五人の内、四人は綺麗に折れている。骨折の程度も同じでワザと折っているのが伺えるね。でも一人だけちょっと折れ方が違うし、身体に打ち身が複数ある。……落馬かな?
「聖女様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。皆を紹介いたします。この者が、イスリキン子爵家の――」
「伯爵様、お待ちください。紹介より先に治療をします。そちらの方からどうぞ――」
お見合いをするつもりはないからさっさと治療して退散しようと、落馬したっぽい人を手招きしたら伯爵様が慌てて遮ってきた。
「っ! せ、聖女様、お心遣い感謝致します。しかし、治療はこちらのイスリキン子爵家のご子息からお願いできますか」
……なに? もしかして地位の高い人から順番に治療しろってこと? 並び順からいうと落馬で怪我していそうな人が一番地位が低いのかな? でもこの人が一番怪我の状態が悪いんだよ。顔には出さないようにしているみたいだけど、私には分かるからね。
「私は貴族ではなく、聖女です。怪我の状態が重い人から優先で治療することは悪いことですか?」
地位の高い貴族を蔑ろにするのは体裁がよくない? ワザと怪我して来るようなヤツらに気を遣う必要はないでしょ。私の信仰力は信者のためにあるんだから。邪な輩を優先はしないよ。
「い、いえ、ですが、怪我の頻度は全員ほぼ同じです。ですので、ここはこの者からお願いできませんか」
「……伯爵様はご存知でしょうけど、私は怪我の有無を見ることができます。そちらの方以外の四名はなぜか怪我の頻度が同じです。そこは同意します。でもこちらの方はそこそこ重傷です。――この問答が時間の無駄ですね。わかりました」
そっちがその気なら明確な差を付けてやる。ワザと怪我をさせてお見合いよろしくな連中を連れてきたことを後悔すればいい。
――女神様、勝手な振舞いをお許しください。
「――この者の不慮の怪我を癒したまえ、ヒール」
イスリキン子爵の青年の左腕を光が僅かに包んだ。周囲から歓声が上がり、治った! と青年が腕をあげた瞬間――痛みにのたうち回り出した。
「あら? その怪我、不慮のものではなかったのですか? まさかワザと怪我してきたわけがないと思い、治癒を願ったのですが……。私の力は女神様に授けられたものなので、いたずらに治癒を求められても癒しの効果がないこともあるんですよ。他の方はもちろん、思いがけない不運による怪我ですよね? 間違っても私に会う口実のために怪我をしてきたなんてことはありませんよね?」
伯爵様を含む六人の顔色が青くなってる。フフン、ざまぁみろ。って、なんで落馬の人まで青くなってるのよ!
「……そちらの落馬をしていそうな人、貴方はどうですか?」
落馬の青年に視線を向けるとザっと片膝を付いて頭を下げた。
「ッ! 申し訳ございません、聖女様! 御身にお会いする為に馬より落ちました!」
お前もか!? と私がこめかみをピクピクさせていると、他のメンバーも全員膝を付いてワザと怪我をしたと告白する。
なんでも、一番最初に怪我をしたのが落馬の青年だったらしい。乗馬の訓練中に、ここで怪我をするば聖女様に治療して頂けるのでは? と思い、ワザと落馬したそうだ。そしてその話を聞きつけた他の貴族家も腕を折り、私との接触の機会を作ろうとしたそうだ。
……。いや、そんなことのために腕折るなよ! 怖いよ!
「伯爵様もグルですね?」
「い、いえ、私が指示したわけではありません! 聖女様にご許可を頂いたので、他家に恩を売ろうと声をかけるとすでにこの者達が怪我をしておりました。……作為的な怪我をしているとは思いましたが、怪我は怪我だったので」
イスリキン子爵の青年によると、聖女様、それもかなり能力が高い聖女様がこの街に来ていると貴族家で噂になっているそうだ。伯爵様を睨むと視線を逸らしたので伯爵様が言いふらした可能性が高い。
口外するのはまぁいいとして、ワザと怪我をするのは頂けない。信者にならない人を治療しても意味がないからね。
……とはいえ、伯爵様にはお世話になるお礼に数人分の治療を約束したし、お小遣いを貰った以上やらないとダメか。
「わかりました。今回は特別に治療します。ですけど、今後は私に会うためにワザと怪我をした人は連れて来ないでくださいね」
「もちろんです! 他の者もワザと怪我をすると治らない可能性があると言われれば下手な真似はしないでしょう」
……それでも分かりずらいように怪我をして紛れ込んで来る気がするけどね。……まぁ、次からは見つけたら放置しよう。
それから伯爵様の言う通りに地位の高い順で治療を再開した。全員同じ条件なら誰からでも同じだし。むしろ落馬の人は最後でいいでしょ。
ちゃんと治癒魔法を使う時は「女神様、この愚かにも自分の意思で身体を傷付け負傷した者に慈悲の癒しと贖罪の機会をお与えください」と祈りを捧げて治しておいたよ。全員顔色が悪くなっていたけど、身体は問題なく治してあるから大丈夫でしょう。
治療の途中に伯爵様が執事長を呼んで、他家に連絡をしていたから次からはこんなバカな真似する人は来ないでしょう。