笛吹きわらし
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うっせー! 大音量でアニソン流すんじゃねえ!
くっそー、どこの長距離トラックか知らねえけど、車の窓開けっ放しなんじゃねえか? しかも何十年前のものだか分かんないもん流しやがって……懐かしさが、騒がしさにぶちのめされてるっつーの。
つぶらやにも、お気に入りの歌手とか曲とかはあるだろ? 発作的に聞きたくなるあたり、俺たちって本能的に音楽を求めてんだよな。いい意味でも、悪い意味でも、耳が音を欲しがっている。
気持ちよくなるため。異状をいち早く察知するため。五感のひとつとして、今日まで受け継がれてきたものだ。当たり前に「浸かっている」俺たちも、その性能をしっかり生かさなきゃまずいときも、何度かあるようだ。
俺が少し前に体験したことなんだが、聞いてみないか?
俺がソプラノリコーダーをはじめて手にしたときだから、小学校の中学年くらいだったと思う。
リコーダーの演奏も、学校で習うのは救急車のサイレンとかチャルメラといったシンプルなものばかり。他の曲については、自主的な追及に託された。
俺は過去に、家のピアノを弾こうとしたことがある。音楽を聴くことは好きだったからな。自分で演奏して、自分で好きなだけ聴けるってシチュエーションにあこがれたんだ。結局、指たちをまともに動かすことができなくて、諦めちまったけどさ。
でもリコーダーなら、できるんじゃないかと思ったんだ。サイズからして、求められる指の動きはそれほど大きくない。サミングはじめとする技術はあるものの、白と黒の二種類の鍵盤を相手にするよりは楽なはずだ。
そう考えて家で適当な楽譜を漁り、どうにかリコーダーで演奏できないかと、練習し始めた俺。ところが途中で玄関の戸が開いた音がするや、どんどんと音を立てながら階段を上ってくる気配がした。
部屋の戸を勢いよく開けてきたのは、ばあちゃんだった。俺が思わずくわえていた笛を放すと、ばあちゃんはほっと、ため息をつく。
「良かった。『笛吹きわらし』じゃなかったか」
そうつぶやいたばあちゃんは、急いでやってきた疲れがあるのか、廊下の壁に手をつきながらよたよた歩き出す。
笛吹きわらし。聞き慣れない言葉を、俺は立ち去ろうとするばあちゃんに尋ねてみた。
それはばあちゃんの地元にいるという、あやかしの一種なのだとか。そいつはどこからともなく現れ、名前通りに笛を持った子供の姿で、いずれかの方向を見据えて演奏を始めるんだ。
扱う笛の多くが横笛だが、ときにこのリコーダーのような縦笛も使う。だが共通しているのが、その笛吹きわらしに音色をぶつけられたものには、遠からずよくないことが起こってしまうというものだった。
先ほどのばあちゃんの行動も、それじゃないかと、警戒したためだったらしい。
「あんたも屋内、屋外関係なく、笛を吹いている奴を見かけたら用心しな。できる限り近づいちゃだめだ」
そんなばあちゃんの諫言を受けて、数日後の学校帰り。
友達と別れた直後、俺はふとかすかなリコーダーの音を聞きつけて、首をもたげた。
「ふるさと」だ。ちょうど音楽の授業で新しい演奏曲として、採用されたばかり。歌も聞かされていたが、当時の俺には「やけに古めかしい歌詞だなあ」程度の印象しかなかったよ。
すっかりばあちゃんの話をうっちゃっていた俺は、「熱心な奴もいるもんだなあ」と感心しながら、誰が練習しているのかと、音のでどころを探りにいったんだ。
何度も角を曲がり、たどり着いたのは生け垣に囲まれた一軒家の姿だった。周りの家がブロック塀なだけに、異質さが際立っている。
だがそれよりももっと奇妙なのが、その垣根の切れ目。天然の玄関となっている箇所の数メートル横で突っ立っている、ひとりの子供の姿だった。
晴れにもかかわらず黄一色の雨ガッパを羽織り、角から曲がってきた俺に背中を向けたている。俺とその子の間にはかろうじて車一台が通れそうな幅の道が横たわり、通行人の姿は見られない。
その子はひたすらに、ふるさとをエンドレスで奏でていく。抑揚があるとまではいかないが、どうにか音程通りに吹けているというレベルだ。クラスの中で該当しそうな奴の姿をいくつか思い浮かべつつ、どっかで突っかかったら声を掛けてみようと思っていたんだ。
だが、じょじょに俺は自分の背中がざわついてくるのを感じる。
聞く限りでの判断だがな、この演奏する奴が奏でる曲。何回ループしようが、変化がないんだ。
もちろん、曲は「ふるさと」そのものを吹いている。だがこいつはループ最初の音を決まって大きく外していたんだ。何回繰り返そうと、直す気配がない。
それどころか、音の伸ばし具合も聞いた限りだが、まったく同じでぶれないんだ。こう、CDとかをえんえん連続再生しているような感じなんだよ。けれど機械を介している音色じゃなく、肉声ならぬ肉音だとしか思えなかったんだ。
くわえて、こいつは息を吸っているように見える。抑揚がないといったが、こいつの演奏は、本来ブレスが置かれるとこさえ、音を垂れ流しているんだ。
一筆書きの演奏版ってところか。片時も音が途切れることなく、俺の耳へ注がれてくる。
気味悪い姿に、ようやく俺はばあちゃんの笛吹きわらしの話を思い出した。
関わり合いになるとまずい。そっと後ずさり始めた俺だが、ほどなくそのカッパを着た奴の前で、不意にガサガサと生け垣が揺れ始めたんだ。
ネコとかが出てくると思ったんだが、違う。奴の真ん前の垣根は、刃物を入れられたかのように、おのずと左右へ分かれ始めたんだ。
奴はあいかわらず演奏を続けている。手足や道具を突っ込んでいる様子はない。じりじりと分かたれていく垣根は、やがて縦数十センチあまりの、細長いひし形状の穴をこさえてしまう。
その向こうに、家の玄関が見えた。軒先に電球を吊るし、格子つきのガラス戸がついた玄関。そこへと続く地面以外のものを映さない。はかったかのような割れ目を作り、生け垣は一切の動きを止めてしまったんだ。
笛の音が止み、カッパを着た子供はぷいっと垣根の穴から目を反らし、俺から見て右手の道の先へと歩いていく。奴を追うことも、垣根の穴に近づくこともはばかられる俺は、そそくさとその場を立ち去るよりなかったんだ。
数日後の朝は、近所を走る消防車の音をひんぱんに聞くことになった。
あの垣根の家で火が出たらしい。奇妙なことにあの垣根から玄関にかけてのみがすっかり焼け焦げ、他の部分はすべて無事だったという。
そして学校で授業を受けている最中。俺はまた、かすかに聞こえてきた「ふるさと」の音色にびくついちまったよ。音楽室とは反対側から聞こえてきて、授業中の演奏とは考えられなかったな。
学校が終わるまでも、何度か同じ音楽を耳にする。俺は帰りのホームルームが終わると、すぐに昇降口から出て、校舎の様子をうかがった。
例の雨ガッパの奴はいない。それでも校舎の壁やフェンスに異状がないか、俺は順繰りに見て回った。知らぬ間に火の手があがって、火や煙に巻かれるのは避けたかったからな。
そんな挙動不審な俺の行動に、クラスメートのひとりが声を掛けてきた。
「おでこ、ぱっくり割れているけど大丈夫かい?」と。
俺はすぐさま鏡を見て確かめる。おでこの中心が、右手の親指で隠せるくらいに、だがひし形にぱっくりと割れている。不思議なことに全く血は出ず、傷口の奥には底が見えない、黒い空間が広がっていたんだ。
俺は即刻、その傷をばんそうこうを何枚も張り付けて隠した。同時に帽子もかぶってのカモフラージュも欠かさない。
それから今日にいたるまで、どうにか無事に過ごせている。傷口は治ってすっかり埋まったのが数年前だ。
ただの自然治癒とは思えない。あの笛吹きわらし、きっと俺以外の新しい標的を手に入れたんじゃねえかと、俺は考えているんだ。




