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3.人間と犬のおまわりさん

──5月5日 05:30──


 朝が来た。生きているって素晴らしい。信じてもいない神様に祈りでも捧げたい気分だ。


 結局、昨日は家に帰ってからも何もなく、いつも通りに家での時間を過ごした。朝だっていつも通りの時間に起きたし、昨夜の出来事はすべて夢だったのではないかと思えてくる。

 ていうか夢だな。クラスメイトが殺し屋で俺も殺し屋になるとかどんな夢だって感じだが。


 ひとまず俺は今日のバイトに行く準備をするため起き上がり、着換え始めるのだった。




 新月家の朝は早い。今日も今日とてゴールデンウイークではあるが、朝早くからバイトがある俺に合わせて海も空も起きてくる。基本的には海が朝食を準備して、三人で一緒に朝ご飯を食べる。

 

「そういえば、今日の新聞に載ってたけど兄さんのバイト先の近くで事件があったみたいだよ」


 食事中、海がテーブルの上に置いてあった新聞を指さして言った。その一面にでかでかと「強盗殺人事件」という文字が載っている。


「……まじか。バイト先って、どっちだ?」

「ラーメン屋の方だよ。昨日もバイト行ってたでしょ? 強盗殺人だって、怖いよね。被害者の人には悪いけど兄さんが無事でよかった」

「……おー、ありがとな」


 ラーメン屋の近くといったら昨夜の瑞木達だよな、多分。やっぱり夢ではなかった。新聞を広げて読んでみると、予想通りの場所での事件が書かれている。


『昨夜未明、伏馬市の商店街にある路地にて、人間の男性の遺体が発見された。男性は刃物で背中を数ヶ所刺されており、近くに中身の抜き取られた財布が落ちていたことから警察は強盗目的の殺人とみて捜査を行っている。男性は近くに事務所を構える会社の社長であるとみられており──』


 つらつらと読み進めていくが、内容も昨夜俺が見た状況と合致している。そういえば瑞木は死んだ男から財布を抜き取っていた。


「兄ちゃん! 強盗なんて危ないよ。犯人が捕まるまでバイト休んだほうがいいよ!」


 見ると、海だけでなく空も心配そうに俺を見ている。空に至っては半泣きで耳が垂れている。


「うーん、でもそう簡単に休めないしな……」

「でも、今日だって十時まででしょ……暗いし、まだ犯人がうろついてるかも」

「大丈夫だって! 警察だって近くで捜査してるだろうし同じ場所で事件とか起こさないだろ。心配しすぎだって」

「そうは言ってもさ……」


 なおも食い下がろうとする空をなだめながら食事を続ける。

 二人が心配してくれているのには申し訳ないが、犯人は知り合いなうえ一応は仲間……なはずだ。あいつらの気が変わって俺の口封じをしに来ない限りは俺は安全である。

 とはいえ馬鹿正直に二人に話すこともできないので適当に返すことしかできず罪悪感が募る。

 俺は手早くご飯を食べ終えると皿を流し台に置いた。


「悪いけど俺、もう出るな。洗い物頼む」

「うん……気をつけてね」

「行ってらっしゃーい……」


 歯を磨いてパーカーを羽織ると、不服そうな二人に見送られて家を出た。今日のバイトは午前中にコンビニ、夕方から昨日のラーメン屋だ。

 予定を頭の中で組み立てながらコンビニまでの道を急いだ。



****



──5月5日 16:25──


「こんにちはーっす、てあれ?」


 いつものようにラーメン屋に入ると、店内から人の話し声がする。まだ開店30分前だから客は来ないはずだし、これからのバイトは俺一人のはずなので店には店長しかいないはずだ。

 キッチンから覗いてみると、店長とスーツ姿の男女が三人で話をしていた。


「おう、陸。ちょっとこっち来い」

「あ、はい」


 近づくと、女性に軽く睨まれた。女性は犬獣人のようで耳がピンと立っている。犬獣人には昔パシリにさせられてたこともあっていい思い出がない。

 俺がびくつきながら近づくと、男性の方に声をかけられた。 


「君が陸君だね。僕は犬飼(いぬかい)修二(しゅうじ)。刑事なんだ。彼女は僕と同じ刑事で朝比奈(あさひな)(あゆむ)。少し話を聞いてもいいかな」


 二人が懐から取り出した警察手帳を俺に見せる。そこには「警部補」と「巡査」の文字が書かれていた。


「あ、はい。大丈夫です。話って、昨日あったっていう強盗殺人ですか」

「お、話が早いね。そう、その事件なんだけどよくわかったね」

「まあ、さっき横の路地に黄色いテープが張ってあったし、新聞でも見たんで」

「なるほどね。それで、君は昨日十時ごろにこの店を出たって店長さんに聞いたんだけど、何か見たり聞いたりしてないかな」

「えっと……」


 やばい。俺は何を言えばいいんだろう。少なくとも瑞木と先生のことは言ったらダメだよな。いや、ていうか今ここで全部言ったらどうなるんだ? 店長と警察しかいない状況ならあいつらにばれる心配なんてないし、今言ってしまえば瑞木なんてすぐに逮捕されるんじゃ……


 そんな考えが一瞬浮かんだが、すぐにそれは打ち消した。

 瑞木はともかくあの先生とやらは明らかにプロっぽかったしすぐには捕まらなそうだ。瑞木が逮捕されたと知ったら俺だけじゃなくて家族まで殺されるかもしれない。


「……特に何もなかったと思います」


 結局それくらいしか言えなかった。


「よく思い出してほしいんだ。なんでも、些細な事でもいいんだ。いつもと違うと感じることはなかった?怪しい人を見かけたとか」

「いえ、別に。ゴミ出しだけして、まっすぐ帰りました」

「そうか……弱ったなぁ」


 俺の言葉に犬飼刑事は眉を八の字に曲げた。あからさまに困ってますといった表情だ。

 すると、朝比奈刑事が見かねたように一歩前に出た。


「事件が起こったと思われるのが、丁度貴方が店を出たのと同じくらいの時間なの。悲鳴も聞こえなかった?」

「……特に聞いてないです」


 朝比奈刑事の肉食動物の鋭い視線が俺に突き刺さる。正直怖いし全部ゲロってしまいたいくらいだが、何とか堪えた。

 少なくともこの質問に関しては本当だ。被害者の男が倒れてくるのを見るまで、俺は彼らの存在に一切気づけなかった。勿論悲鳴なんて聞こえてない。改めて考えると悲鳴も上げさせずに殺すとか瑞木の技術が恐ろしすぎる。


「……そう。情報が無いのは残念だけど、少なくとも貴方が犯人と鉢合わせしたりしなくてよかったわ。危なかったわね」

「あ、はい。ありがとうございます」

「そうだね。今日もこれからバイトみたいだし、気をつけて。僕ら警察もパトロールの巡回は増やすけどまだ犯人は捕まってないから」

「はい、気をつけます」

「それでは、我々はこれで。御協力ありがとうございました」


 刑事二人は、最後に俺たちに「何か思い出したことがあれば警察までご連絡ください」とだけ言い残して店を出ていった。


「さてと!事件があって物騒だが今日も開店準備すんぞ!」


 店長の一声で俺の中に残っていた緊張感が霧散する。改めて準備に取り掛かるのだった。



──20:05──


「今日はお前もう上がっていいぞ」

「え、まじですか」


 本来のシフトより二時間も早く、俺は店長に仕事の終わりを言い渡された。客もあまり来ず、暇しているところでのことだった。


「事件のせいで客も少ねぇしな。今日はもう店じまいだ。犯人もまだうろついてるかもしれないし、子どもはさっさと家に帰っとけ。ま、もう暗いがさらに遅くなるよりマシだろ」

「でも、片付けとかは……」

「そのくらい一人でやるさ。家族も心配するから早く帰んな」


 店長にそう言われ、今日家を出る前の弟たちの表情を思い出す。確かに心配しているだろう。


「ありがとうございます! お先に失礼します」

「おう、気をつけな」


 軽くお辞儀をし、急いで帰りの支度を始める。エプロンをハンガーに掛け、上着を引っつかむと外に出た。

 春とはいえ夜は少し肌寒い。

 ちらりと路地の方を見ると、黄色いテープがまだ貼ってあるのが見えた。人の姿は無い。


 いつもより早い時間だし、ちょっとだけ奮発して弟たちのご機嫌取りも含めてコンビニでスイーツでも買っていってもいいかもしれない。

 そう考えつつ少し歩いていた時だった。


 ヴー……ヴー……


 バイト中にマナーモードに設定したままだったスマホが振動している。

 何となく嫌な予感がしてスマホを見ると、画面は着信を知らせていた。知らない番号だ。

 このまま無視をすることも考えたが、その結果何が起こるかと考えると怖くなったので恐る恐る電話に出る。


「やぁ陸君、こんばんは」


 女性の声だ。多分、昨日の先生の声。


「私たちのことは誰にも話してないようだね、合格だよ。これからの話をしようか」



****



──5月 5日16:35──


「──先輩。さっきの少年、少し怪しくないですか」


 私は手帳とにらめっこしながら前を歩く犬飼警部補──先輩に声をかけた。


「どこか気になることでもあったのかい?」

「死亡推定時刻は十時ごろ。それなのに、丁度その時間近くを通った少年が悲鳴も何も聞いてないなんてことありますか」


 私の言葉に、先輩はあからさまに困ってますというように眉を八の字にして苦笑いを浮かべている。


「うーん、推定時刻っていうのも多少振り幅があるからね。彼が通った時はまだ何も起こってなかったのかもしれないよ。それに、近隣住民だってあの店の店長だって特に音は聞いてないって言ってただろう。彼の発言と矛盾しない」

「それは……でも、何も知らないにしては妙におどおどしてたっていうか、びくついてませんでした?」

「ははは、警察から話を聞かれたらちょっとくらいびくびくしても仕方ないよ。おまけにさっきの子はうさぎだった。肉食獣の君におびえてたのかもしれない」

「そうですけど……それにしたってこの事件不自然じゃないですか。近くの建物には人が居たのに、誰も悲鳴を聞いてないなんて。犯人は一切被害者に声を出させなかったってことですか?おまけに犯人の遺留品も被害者と犯人がもみ合ったような跡もないんですよ?そんなことがただの強盗犯にできるんですか?」

「計画的は犯行って言いたいのかい?確かにそうかもしれないけど、ただの偶然ってこともあるしなぁ……」


 これだ。先輩は優しいんだけど、こういう考えをする時ははっきりしない物言いをする。要するに、優柔不断な人なのだ。


 今回の事件、ただの強盗殺人にしては不自然なほど情報が集まらず、とても一筋縄では行く気がしない。

 こんな先輩に頼ってないで私がしっかりしないといけないと、私は密かに気合いを入れ直した。

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