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1.あいつは殺し屋 俺は一般人(1)

 この世界には、二種類の「ヒト」がいる。

 一つは、はるか昔に猿から進化し、現在地球上の人口の半数を占める人間。もう一つが、その他の動物から進化し、耳や尾など先祖の特徴を色濃く残した獣人と呼ばれる者たちだ。

 かつて獣人は差別の対象とされていたが、それはもう昔の話。

 現在ヒトビトは手を取り合い、仲良く暮らしている。──表面的には。



──20x0年 5月4日 22:05 東京──


 現代における日本の法律では「法の下の平等」として人種差別は禁止されている。そのおかげが現在は差別されるようなことは無くなり人間も獣人も仲良く暮らしているが、影では獣人を毛嫌いしている人間も少なくはない。

 そして、獣人の中にもヒエラルキーは存在する。

 草食動物が先祖である獣人は、肉食動物が先祖である獣人よりも下に見られることが多かった。俺自身うさぎ獣人という字面からして弱そうな種族であり、小学校のころなんかは犬獣人にパシリのように扱われていたこともある。そもそもこの無駄に目立つでかい耳が悪い。そんな子ども時代おかげで逃げ足だけは速くなった自信はあるが。

 また、非常に珍しい獣人であり、人間とは別で先祖の特徴を残しながら猿から進化した猿獣人は「人間もどき」等と言われて最も嫌われていたらしい。

 らしいというのも、現代における猿獣人なんて都市伝説に近い存在で、実際には見たことなんてない──いや、ないはずだった。ついさっきまでは。


 今、俺の目の前に立っている男は、スラリと細長い尾が背後から伸びていた。一瞬作り物めいて見えたその美しい毛並みの尾は、しかし男がこちらに気づいたことでピクリと動き本物であることがわかる。だがその耳は人間の耳そのもので、つまりこの男の特徴は噂に聞いた猿獣人そのものなのだ。


 猿獣人に遭遇したなど普段であれば大変驚くところなのだが、正直今はそれどころではない。それどころではないのだが、そんなところに注目して現実逃避したいくらい非常事態なのだ。

 俺の野生の本能がこれはやばいと警鐘を鳴らしている。


 なぜならその男は俺のクラスメイトで、手には月明かりでてらてらと光る血に染ったナイフを握りしめている。そして、そいつの足元には今もなお自身から流れ出ている血溜まりに倒れ伏した男がいるからだ。

 俺は今まさに、クラスメイトである瑞木(みずき)ルイの殺人現場に遭遇してしまっているのだ。



****



──5月1日 12:30──


 俺こと新月(にいつき)(りく)の瑞木ルイに対する第一印象は、底抜けに明るいがどこかずれた変な奴、だ。

 そもそも高校に入学して初日の入学式では式中ずっと爆睡し、その後のホームルームでの自己紹介は第一声が「おはようございます!」だった。もう午後だ。それを聞いてクラスメイト達はクスクスと笑っていた。おかげさまでこいつ以外の自己紹介はまともに覚えていない。



 俺たちの通っている都立伏馬(ふくま)高校は、そこそこの偏差値で獣人も人間も同じくらい通っている共学校だ。そして、このB組でほぼ全ての注目をかっさらっていった張本人は、昼休みには今日も今日とて男女人間獣人問わず多くのヒトに囲まれ、しんそこ幸せそうな笑顔でもらったお菓子をほおばっていた。

 俺はそれを横目に売店で売ってる1番安い厚切り食パン一枚をもそもそと食べる。


 高校入学から約一ヶ月。瑞木は見事にクラスの人気者になっていた。瑞木の人気の要因はいくつかあるが、一番の理由はあの無邪気な笑顔であるといえる。高校一年生とはいえ数ヵ月前までは中学生。低めの身長とまだあどけなさの残る顔立ち、そしてそれに合った無邪気な性格。それだけでも十分なのに、瑞木は運動神経もすごかった。人間でありながら体育の五十メートル走では獣人を破りトップの記録を叩き出し、バスケでは中学時代バスケ部だったやつをあっさり抜いてゴール──かと思いきや直前でこけるというミスもする。

 女子いわく「子供っぽくてドジっ子でかわいいかと思っていたら運動神経抜群というかっこいいギャップがたまらない」だそうだ。ついでに「食べ物をあげるとそれはそれはおいしそうに食べるからいくらでもあげたくなっちゃう」らしい。なんだそれ、俺だって運動神経は仮にも獣人なんだから悪くないし、食べるのならもうめちゃくちゃ幸せそうに食べる自信がある。

 ……やっぱり笑顔か。

 そんなこんなで、瑞木は休み時間のたびに人に囲まれているのだ。

 それに対して俺はというと、中学時代からの友達二人と適当に雑談をしながら昼飯を食べているわけだ。その二人ももちろん男である。だからといって別に現状に不満があるわけではないし、瑞木が羨ましいというわけでもない。今のままで十分楽しい。友達は確かに少ないが、それは最近俺が学校を休みがちであるため仕方のないことなのだ。ただ、変なやつもいるもんだなと何となく眺めていた。

 

「──おい、聞いてるか、陸?」

「え?」


 突然一緒に昼飯を食べていた友達の一人──たぬき獣人の早瀬六太に声をかけられた。もう一人の友達──クマ獣人の笹田真悟も俺を見ている。


「お前さー、やっぱ聞いてなかったな! 大事な話してたんだぞ。お前、まだ五月入ったばっかなのにかなり休んでるだろ。この調子で休み続けると留年は確実だって先生言ってたぜ」

「うっ……」

「お袋さんだって高校行って欲しいって言ってるんだろ?」

「そうだけどさぁ……」


 思わず口からため息が漏れる。実は今、入学してから今日まで一週間全てを出席しきった週は無かった。


「はぁ……俺も瑞木みたいに食べ物貰えたらな……」


 遠くで人と食べ物に囲まれている瑞木はニコニコ笑顔だ。瑞木を恨めしげに見つめる俺に真悟は苦笑している。


「お前じゃ瑞木みたいにはなれないだろうなぁ……せっかくうさぎっていう女子好みな要素があるのにその目つきじゃ台無しだ」

「そーそー、瑞木見てみろよ。あのキラキラした笑顔。まずは笑顔の練習からしたらどうだ?」

「うるせーなー……目つきとか直しようがないだろ。キラキラした笑顔とかもっと無理」

「それもそうか。そんなことより学校どうすんだ? 先生が理由も理由だし、ゴールデンウイーク中に特別に補習してやってもいいってよ」

「あー……」


 空になったパンの袋をぐしゃぐしゃとつぶす。脳内でゴールデンウイークのスケジュールを確認するが、空いてる時間は一切無い。もともと全てバイトで埋めるつもりでスケジュール調整していたので当たり前といえば当たり前なのだが。


「悪いけど、ゴールデンウイークは空いてないな」

「了解。……お袋さん、まだ入院してるのか?」

「そろそろ退院できそうだって。ゴールデンウイーク明けには戻ってくるよ」

「そっか。よかったな」

「ああ。でもまた無理させたくないしバイトは続けるよ」

「お前の親孝行は見上げたもんだけどさ、お前もあんま無理すんなよ」


 真悟が俺の頭をぐしゃぐしゃとなでる。六太も便乗して、笑いながら余計にぼさぼさにしてきた。六太はちょっとお調子者だが空気を読むのがうまいし、真悟は真面目で優しいやつだ。二人はバイトをやめろとも学校に来いとも何も言わずにバカやってくれるからここは居心地がよかった。できるだけ高校を辞めたくない理由の一つだ。


「じゃー陸とは遊べる日も無いのかー。たまにはラーメンでも奢ってやろうかと思ってたのになぁ!」

「は、ちょっ六太まじか」

「いやー残念だなー楽しみにしてたのに」

「真悟まで……! 今日、今日でも! あっいやだめだ今日もバイトだ……!」

「あはは、わかってるよ、またいつか余裕ができたらな。ちゃんと待っててやるから」


 二人はくすくすと笑っている。このやろう。だが、こんな何でもない会話に幸せを感じているのも確かだった。



──5月4日 22:00──


「おう陸。帰るときついでにゴミ出し頼む。そこの裏口出てすぐだからよ」


 ゴールデンウイーク三日目。いつも通りのラーメン屋でのバイトも終わり、さて帰ろう、という時に店長から声をかけられた。店長の視線の先、部屋の隅にはゴミ袋が二つ置いてあるのが目に留まる。


「わかりました。それじゃお先に失礼します」


 軽くお辞儀をし、ごみ袋を持って裏口から外に出る。出るとそこは路地裏で、軽くあたりを見渡すとゴミ捨て場はすぐ近くにあった。それにしても、大通りの方を見ればまだ明かりの点いている店が見えるものの、さすがに夜中の路地裏は真っ暗だ。だがうさぎの血のおかげか多少は夜目が聞くようで、周りの様子は十分わかる。

 夜に普段入り込まないような場所にいてちょっとドキドキする。普段は店の正面から出るのでそのまま大通りを通って帰るが、家の方向的にこのまま路地裏を通った方が近道なんじゃないか、なんて考えながらゴミを捨てる。路地裏を通るのはちょっと危ない気もしたが、別にここら辺が治安悪いとか聞いたことないし、今だって特に怒声が聞こえてくるわけでもない。幸い聴力と逃げ足には自信があったので、万が一危なそうな音が聞こえたら逃げればいい。今は好奇心が勝っていた。

 涼しい風の吹く路地裏を進んでいく。とはいっても明るい通りに出るまでたいした距離じゃないし、先の方には反対側の出口が見えている。軽い足取りで進み、なんとはなしに左の通路を見た時だった。


 通路の先に、男が一人、俺に背を向けて立っていた。まさか人がいるとは思っていなかったので、かなり驚いた。だが俺が声を上げる暇もなく、男はふらりと俺の方に倒れてくる。近くにいたわけでもなかったので、走って支えに行くようなこともせず、俺はただ男が倒れていくのを見ていることしかしなかった。男の奥にもう一人立っていることに気が付いた。どさり、と無機質な音が路地裏に響く。倒れ伏した男の胸元から液体が流れ出ていくのがわかった。

 やばい。俺の野生の本能が、ガンガンと警鐘を鳴らしている。

 正面を見ると、闇に溶けるような黒装束をまとった小柄な人物が濁った目で俺を見つめている。そいつの顔は見覚えのあるものだった。──瑞木だ。だが、記憶の中のあいつとは違って、目の前のこいつは背後からスラリと長い尾が伸びていて獣人ということがわかる。そして、手には月明かりでてらてらと光る血に染ったナイフを握りしめていた。濁った目に獣の尾、それに血濡れのナイフは普通の人間の頭にはどこかアンバランスな印象を抱かせ、ひどく不気味だった。そう、こいつには獣の耳が付いていない。そこにあるのはどう見たって人間の耳そのものだった。

 人間の耳に獣の尾。それは話に聞く猿獣人の特徴そのものだ。だが猿からは人間へと進化しているので、猿獣人なんてのは都市伝説並みの存在なのだ。

 殺人現場に知り合いの顔をした都市伝説の猿獣人。どんな組み合わせだ、ふざけんな。俺はもうこの異様な空間の雰囲気にのまれ、一歩も動くことができなくなっていた。何が聴力と逃げ足には自信があるだ。気付かなかったし逃げられない。数分前の自分を殴りたい。

 その人物と見つめあう時間は、まだたった数秒しかたっていないだろうに何十時間にも長く感じられた。早く帰らないといけないのに、焦燥感が募る。


「──せんせい」


 そいつがついに口を開いた。その声はやはり瑞木の声と同じように聞こえた。


「見られました。どうしますか」


 感情なんて無いかのように淡々と言葉を紡ぐ。そして、そいつが小さく頷いたその瞬間、そいつはナイフを構え、一瞬で俺に距離を詰めてきた。

 ナイフが俺に迫る。殺される。でも、絶対に死にたくない。


「──っ瑞木……!!」


 俺は苦し紛れにそう叫ぶしかできなかった。

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