導かれて森の中
前述の”満月の夜に妖精は”で最後に書いたものを削除、こちらに新たに書き直しました。読みづらかったり既視感があったら申し訳ないです。
満月の夜には妖精が遊ぶから、どうせ眠りは浅くなる・・・。
すっかり白んでしまった空を横目で見ながら、ヴェインはベッドから起き上がるかどうか迷った。
床をブーツできしませる音が聞こえてくるから、父のバリーはもう準備に取り掛かっているのだろう。
ここ西の国ニダヴェルでは、先祖の代からずっと目に見えない妖精の話を語り継いできた。
料理の仕上げに使う胡椒がどこかに隠れてしまったとき、きっと妖精のいたずらよ、と言い、
窓辺に小さな野菊が置いていれば、妖精のプレゼントだという。
物語の中の妖精は、すばしこくて、いたずら好きで、おせっかいで世話焼き。そして寂しがり屋で少し意地悪で、人間のことが実は好きなのよ。
そんなことを教えてくれた、優しい姉はもういない。
鳥の鳴き声が聞こえてくる。まだ陽も昇り切っていないのに。ヴェインはため息をついて起き上がった。
バリーは沸かしたお湯でコーヒーを淹れていた。テーブルの上にはライ麦のパンと小ぶりの林檎がいくつかと橋が乾きかけたチーズの欠片が置いてあった。
「食え。体力が持たんぞ」
薄く色づいた珈琲を啜り、チーズの小さな欠片をもそもそと齧る。朝食分の食料があるのは幸運なことだった。西の国ではもうずいぶん昔から、民は苦境に立たされている。数年かに一度起こる作物がカビが生える病気にかかったり、作物を食べる虫の大量発生のせいで、慢性的な不作に陥っていた。窮地に立たたされた国王は北の国に援助を要請し、国民を助ける為の助成金と、その足しになればと作物の種を支給してもらった。いうなれば北の国に借金をした形となったのだが、状況は一向に良くならず、返済のめどもいまだたっていない状態だ。二人の棲んでいる町では、不況ではあるが国民はまだまだ何とか支え合い、持ちこたえている状態だった。周囲の村や町の中では、心中を行ったり体力の衰えによる病気の流行で壊滅したところもあった。国の状況を鑑みて、バリーは今まで培った財産を要所に隠し、出来るだけ質素な生活を送るようにしていた。
(これも妖精の所為だっていうのかよ)
ヴェインは忌々しそうに唇を噛んだ。支給された作物の種は北の国では豊かに実るものとのことだったが、この国の大地では一向に芽の出る気配がない。そのことを王に伝えてもとにかく植えろの一点張りで無駄足に終わった。
北の国は経済的にはもちろん、軍事力を見ても大陸内で群を抜く大国だ。近隣諸国という事で友好条約を結んでいるものの、本気で戦争を仕掛けられたら西の貧乏国などひとたまりもないだろう。それでもこの国を滅ぼされないでいられるのは、ひとえに国民の気質・体質の賜物でもあった。
広大な土地とともに生き、田畑を耕してきた農耕民族としての歴史の長い西の国では、目上の者に対しての忠誠心が強く、真面目な者が多い。そして、幼いころから田畑を耕すのを手伝って過ごすので、足腰の力が強く、鉄でできた甲冑を着ても負けない基礎体力ができている。つまり、国を護る騎士としてのポテンシャルがとても高いのだ。そのポテンシャルを西の国で活かせられれば良かったのだが、実際には優秀な若者は北の国で王国の護衛や騎士団に引き抜かれることがしばしばあり、給金の良い北の王国での仕事を求めて若者たちはこの国を去っていった。残されたのは兵役を終え戻ってきた老人と女子供ばかりだ。
ヴェインは秋に15歳になった。考え方や体つきはだんだん大人になってきていると思っているのだが、周囲にはいまだに子供扱いされるし、細身の体躯では騎士になどという期待もされていない。茶色のツンツンとした短髪と同じ色の目も平凡で好きではなかった。バリーは北の国で一時期はとある騎士団の長を務めていたという。同じ短髪でも白髪交じりの黒い髪をしている。目は茶色に深い緑が混じっていた。人の背丈ほどもある大剣を扱い、長身で筋骨隆々の肉体を持ち、引退後も気骨・体力の衰えなく周囲から期待されている。西の国へ帰ってきてからも、北の国からの便宜で守衛団に所属することができ、依頼が来たら働くという勤務形態をとっている。
守衛団というのは、ケイオスの森を定期的に点検し、密猟や乱獲などを取り締まる役割を持つ集団だ。ケイオスの森はその立地とどの国の領域でもないという事から、絶滅危惧種の乱獲や密猟の温床になりやすい。そのことを危惧した東西南北四つの国の合意により、違法ハンターを取りしまる守衛団が誕生した。
バリーが守衛団として仕事に駆り出されることとなり、ヴェインもそれに巻き込まれることとなったのは、三日前の事だった。
「ケイオスの森の点検?つい一週間前に終わったところだし、何も変わったところはなかったぞ、ばあちゃん」
「ふぅむ・・・なにやら妙な胸騒ぎがするからねえ・・・」
「近隣諸国含めてしっかりローテーションして見回ってるんだよ。森の生き物は用心深い。足音があったり鳴き声は聞こえるけど、姿なんて絶対に見せない。そんな奴らに比べると人間の悪いこと考える奴っていうのは色々と駄々洩れてんだ。逃すはずがないさ」
「言うねぇ。バリー。今までおばばの勘が外れたことがあったかい?」
「・・・・そこまで言うなら仕方がないな。満月の翌日だね」
おいおいばあさんの妙なヤマカンで駆り出されるのかよ、と訝しがっていると、そこの坊主も連れてきな、と道連れにされたというわけだ。
15歳というのは、子供のように無邪気で居られず、かといって大人のように言動や行動に責任を持てるわけでもない。そのことをヴェインは知っていて、ひどく苛立っていた。
親父を超えられる日が来なさそうなこと、姉が居なくなったこと、ばあさんの一言で行動が決められてしまうほど、自分に決定権がないこと・・・。そのすべてが気に入らなかった。
お前もいつか大剣を振るって活躍する日が来るだろうよ。そう言って笑う父のことが誇らしく、大好きだった。ある日こっそり大剣を持ってみようと思って触れたことだってある。
「準備はできたのか」
「・・・・すぐ済む」
何枚も服を重ね、外套のボタンを留める。革でできた防寒用の帽子と手袋を装着し、弓矢を背負う。食べきれなかった林檎とパンを鞄の中に入れ、父の後に続いた。
ケイオスの森に入るために用意された馬たちは、南の国から仕入れた品種だ。頑丈で畑仕事にも耐えられる馬力の西の国の馬とは違い、カモシカのような線の細さがあり、森に入るとき蹄の音があまり響かないように静かに移動することができる。頭がよく、足音を聞き分けていくつかの動物の足音をまねる器用さもある。小屋に入って馬具を装着し、餌用のニンジンを少しやった。ヴェインによく懐いており、鼻先を優しくなでてやると、頬に優しくこすりつけてくるのだった。
「よし、出発だ」
二人は馬の手綱を引いた。そろそろと歩いていた馬がたっと走り出す。
馬に負荷がかかりすぎるのと、森で使うのはそぐわないという事で、バリーは大剣を置き、細身の件を携えていた。彼がよそを向いているすきに、ヴェインは鈍い音を立てて床に倒れた剣を持ち上げてみた。
(あと10年・・・20年・・・いつになったら親父を超えることができるんだ・・・?)
あの日と同じように大剣はピクリとも動かなかった。
森は静まり返っていた。冬の冷気の所為か空気がピンと張り詰めていて、馬が雪道をサクサクと進んでいく音だけが二人の耳に入った。早朝には居たはずの小鳥の鳴き声すら森では聞こえないことに、彼らは違和感を感じていた。
「妙だな。静かすぎる。ヴェイン、周りに注意しろ」
木々が避けたようにしてできた獣道を抜けると、ひときわ大きな大木が見えてきた。
「ここまで変化なし・・・」
そう呟いて辺りを見回す。相変わらず何も聞こえてはこない。一歩一歩慎重に進んでいくと、ヴェインの目に妙なものが飛び込んできた。
「親父、これ」
「何も見えん」
「もっと木に近づいて」
バリーは馬を寄せて木をまじまじと見る。よくよくみると木の幹の皮質に刻まれたしわの隙間から、わずかな金粉がこぼれ出た。
「なんだこれは・・・」
「他の木からも出てきている。付いていないのもあるけど・・・」
二人は金粉が出ている木を見つけながら、その繋がりを辿ると、円を描くみたいに木が避けて生えている原っぱが見えてきた。陽当たりがよく、小さな実がなる低木もある。そこに小さな少女が倒れていた。
手足が棒のように細く、一応帽子や手袋などの防寒具を身に着けてはいたが何年も着古したようなボロボロの衣類を身にまとっていた。顔色は悪くはないが目の周りが赤く腫れており、涙の痕が頬に付着していた。口に手を当てると、小さく呼吸しているのが見てとれた。彼女は猪ほどもある巨大な兎をしっかりと抱きしめていた。そちらも縫いぐるみではなく生き物であることが確認されたが、既にこと切れていた。
「この少女はいつから森に?どこからもそんな報告など聞いたことがないぞ・・・」
「妖精が大事に隠してたんじゃねえの」
こんな寒い日には、西の町でも老人や体の弱い子供が亡くなることがある。毛皮のようなものに包まれていたとはいえ、そのまま死んでいたっておかしくなかった。
「とにかく、このままでは凍死してしまう。早く連れて帰って介抱せねば」
ぐったりと動かない少女を馬の前にのせ、倒れてしまわないよう腰同士を縄で縛ると、馬を走らせ帰路を急いだ。そんな父を見ながら、同じようにペースを合わせてヴェインも付いて行く。
姉に話したらなんて言うだろう。地面から女の子が生えてきたのかしら。それとも妖精達がお友達を作ったのかしらね?想像力の逞しい姉なら言いかねない。そんなところがボケてて嫌いだったのに、今はいくらだって聞きたいのだった。




