惨劇と魔王城
満月の日には妖精たちが躍るよ。月明かりの下で輪になって。
季節の花と木の実を用意おしよ、されば君たちに祝福が与えられん。
新月の日の夜には家から出てはならない。腹をすかせた闇の悪魔がお前を頭から食っちまうから。
これは、大陸の西側に伝わる童話を短い詩にしたものだ。
森をよく知る者であれば、月光が大樹の枝葉に邪魔をされずに道を示す“月の通り道”をすぐに見つけて通ることができるのだが、月が欠けてきて光が弱まるとそこは目隠し通りとなる。夜目が効かない代わりに神経が鋭敏になりすぎるため、想像力が生み出した怪物が牙を剝く。森に限らず、万物は昼と夜とでは全く違う表情を見せるのが常だ。常に安全地帯と変化を意識しながら行動と意思決定をしないと、知らず知らずのうちにぽっかりと口を開けて待っている闇に呑み込まれてしまう。
ラヴィたちは闇の恐ろしさをよく知っているため、月が欠け始めると必ず夜中に家から出ないように徹底していた。そしてその恐ろしさをミハネに何度も言い含めた。念には念を入れ、新月の日には早くに寝てしまう。だから、彼らの誰も気が付かなかった。
凍てつく冬の朝、窓から光が差し込むころに皆は目覚めた。ラヴィはすでにいなかったが、気まぐれに散歩に行っているんだろうと思い込んでいた。ミハネは溶かしてお湯にするために必要な雪を集める傍ら、ぶらぶらと散歩をすることにした。もしかしたら、ラヴィとばったり出くわすかもしれないし、そうしたら一緒に、皆で食べるペパミン草を探すことにしよう。ミハネは普段通りの朝に何の疑問も持っていなかった。ルーファスとロメロを少しばかり待たせて道草が長引かなければ、ペパミン採りに気を取られなければ、その普段通りの幸福は少しばかり延びたかも知れなかった。
普段は除きもしない茂みの奥をミハネはひょいとのぞき込む。そこにはおびただしい量の血痕があった。
(珍しいな。狩人でも森に入ったのかな・・・)
肉食獣が草食獣を襲って食べたり、姿は見たことはないが、狩人の使う弓の羽音を聞くことがあった。なので、別段驚きはしなかった。血まみれで虫の息となっているラヴィを見るまでは。
全身が心臓になったかのように脈打った。声がかすれて出てこない。
足ががくがくと震えるのをこらえながら、ラヴィに触れる。ぶるぶると震えながら、ラヴィは時折キィ、キュイッと小さく鳴いた。ミハネは泣きながら辺りを見回して血止めになる草がないか探し、シャツの裾を大きく破いた。出血のひどいところに端切れを当てて抑える。それでも出血は収まらず、抑えている指の間からぽたぽたと溢れ流れた。連れて帰ろうにも、大人のイノシシほどもある巨体を持ち上げるだけの力が彼女にはない。
「待ってて、死なないで。お願いだから。ルーファスたちを呼んでくるから、それまででも生きていて」
そう伝えると、ミハネは俊足で家路へと急いだ。
暖かいお湯とありったけの薬草と包帯代わりの綺麗に洗ってあったミハネの古着を抱えて、三人はラヴィの元へと急いだ。出血のひどい箇所を改めて診ると、背中の石がえぐり取られていることが分かった。
「ハンターか。夜目に紛れて野犬をけしかけたのかもな。ひでぇことしやがる・・・」
ルーファスが悔しそうに呟く。ロメロはおろおろと泣いている。
白湯と数種類調合した薬草をすりつぶしたものを混ぜ、ラヴィの口から流し込む。出血のほうも血止め草と古布で何とか止まってきた。相変わらず震えがひどく、三人集まったところで持ち運ぶことはできない。立派な毛皮があるとはいえ、このままでは雪と冷気がラヴィの体力を奪っていく。
「ミハネ、ラヴィを助けたいか?」
ミハネは力強く頷く。森の暮らしの中で、ラヴィたちはミハネにとってすでにかけがえのない家族のような存在となっていた。
「ラヴィの為なら何でもします!」
ルーファスの表情が険しくなる。
「ちょっとお使いを頼みたいんだが」
ケイオスの森の中央地から魔王の棲む城に行くまで、大人の足で三日はかかると言われている。
城に近づけば近づくほど瘴気が強くなるため、普段森に棲む動物は近づかず、植物の質も変化してくる。広葉樹は毒気に当てられてすぐに枯れてしまうが、瘴気に強い特殊な針葉樹と瘴気を餌に成長する寄生木が繁殖力を強め蔓延る。
針葉樹林を通り何とか城のふもとにたどり着けたら、そこから恐ろしく高い山の上にそびえる魔王城へ行くためにツテを辿らなければならない。
「前に少しだけお話したところですね」
「うん。瘴気が蠢いて雪を溶かしていくから、ここからでも色が変なところがあるの、わかるでしょ」
「はい」
「その変な色のところのうんと上のほうにある、尖がった屋根がいくつもあるお城が魔王城なんだ」
「瘴気の森を抜けたらすぐに見えてくる酒場がある。そこで俺の知り合いが働いているから、『ルーファスに頼まれてきた、魔王に会わせてほしい』というんだ。そしたら会わせてくれるだろう。魔王と対峙したら、”月下睡蓮”をもらってきて欲しい。多分アレを持っているのは魔王ぐらいだからな」
「それがあればラヴィは助かるの?」
「おそらくだがな。俺かロメロが連れてってやるとスムーズなんだろうがミハネの足でなきゃ間に合わんかもしれん。それぐらい一刻を争う事態だ」
「ミハネ、家に戻ってパロの葉をありったけ持っていくんだ。あれは瘴気除けの効果があるから。具合が悪くなる前に齧って瘴気が体に廻らないように気を付けるんだよっ」
「はい!行ってきます!!」
ミハネは四つん這いになって大地を蹴った。弾かれたように飛び跳ねた彼女の体と両手が、目に見えるよりもずっと先の地面を掴んだ。自分の吐息が耳の奥にこだまする。ミハネは考えることを止め、俊足に集中した。
「速く、速く・・・・待ってて」
まるで光の矢のように、ミハネは一直線に跳んで行った。




