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月光の下で

 天を駆け上るラマンドの躰は赤い炎を放出しながら光り輝いていて、彼が通り過ぎた後には熱の余韻で陽炎が揺らめいていた。ラマンドに乗るミハネは炎に包まれながら燃えている自分を不思議に感じていた。熱くはない。が、辺りを照らす光は確実にこの炎によるものだ。この炎も自分さえも幻のように感じながら、近づいてくる天井の中央にある、自分が落ちてきた穴のあたりを眺めていた。

 

「見慣れない場所には興味を惹かれるのですか?


「ええ。地下にこんなに広い部屋があったなんて。それに、ラマンドさんの躰が燃えているのに服が焼けないのも。ピラミッドの内部は何もかもがなんだか不思議ですね・・・」


「無理もありません。外の世界とここでは違う空間を有しています。ここで私たちは今、時空の狭間を通過しているのです」


「時空の狭間?」


「ええ。こちらの世界でいうところの、あの世とこの世の境界線のようなものですよ。認識されていないだけで、この世界にもあちらの世界にも影響されない亜空間というところを通っているのです。私の躰の炎はここでは只の光でしかない。だから貴方も、火傷しないままで済んでいる」


「亜空間・・・」


 初めて聞く単語をミハネは用心深く咀嚼しようとした。昔グノーが地龍の姿になった時、夜更けに咆哮したことで周囲に何ら影響を及ぼすことはなかった。それと同じことを起こすことができる空間という事だろうか。相変わらず視界に入るのは変わらないピラミッドの内部だ。深く考えようとする前に、ラマンドは壁をいとも簡単にすり抜けた。”ある”のに影響されないというのはこういう事なのだとミハネは理解した。


「こういうのも、貴方にとっては不思議なことなのかもしれませんね。私たち竜は、この不思議が当たり前の世界に生きているのです。人が誕生するずっと前から、現実と、現実にはないとされている世界の丁度真ん中あたりに私たちの祖先は住んでいて、興味本位で色んな時空を渡り歩いてはその場その場に影響を与えては消えていく・・・。そういうことを繰り返してまいりました。その時々で人に召喚される事となったり、人に忌み嫌われて追われることとなったり、神と言われ崇められることだってありました。そんな風に人は思い思いの気持ちを、想像上の”竜”にぶつけてきます。けれども竜はただ竜なだけ・・・。私たちからすれば人間のほうがよほど不思議です。一人ひとりとは通じ合えても集団になるとまるで人間が変わってしまう。まるで変らないでいることのほうが難しいみたいに。貴方は、どうでしょうか」


 ミハネはしばらく無言で考えていた。


「わからない。人は成長していくにつれて変化していく生き物だから、今思っていることを五年も十年も先にだって変わらないとは限らない。けれども、私がずっと私で居られるという事は、約束できるのかもしれません。けど、あぁ、なんて言ったらいいんだろう」


「・・・私の言い方が難しかったでしょうか」


「えっと、若干・・・」


「でしたら、もっとシンプルにお伺いいたします。これからもマリスと仲良くしてくれますか?」


「なぁんだ。そういう事ですか。はい、ええ、もちろん」


 ミハネが答えるとラマンドの雰囲気が和らいだような気がした。



 ラマンドはミハネとピラミッド内部の隠し通路の入り口まで来ると、ミハネを降ろして再び人の形へと戻った。通路の両側にあるランプに火を灯すと炎は明るく辺りを照らしラマンドの顔を浮かび上がらせる。体の下半分は出会ったときと同じようにきちんとスラックスを穿き、丁寧に磨かれた靴を身に着けている。だが体の上半分は全く雑で、くしゃくしゃの紙に殴り書きをした丸に点々で顔を描いたような、子供の落書きをそのまま具現化した姿をしていた。


「・・・ラマンドさんですか?」


「ええ、あまりしげしげと見られると恥ずかしいですね。本当に人の姿に化けるのは下手くそなんですよ」


 彼は俯きながらぼそぼそと喋った。先ほどのように背筋を伸ばしてミハネをもてなしてくれた彼はまるで違って、同一人物とは思えない。彼の目の前にいるのはミハネだけなのに、彼は自分を恥じている。確かにこれでは人に見られなくても無理はないかもしれない。けれども、彼の誠実な人柄は会話を通してよくわかった。ミハネは、外見だけで判断されてしまうことを残念に思った。


「・・・ラマンドさんは、マリスに会いたくありませんか?」


「そりゃあ会いたいですよ。けれどもこんな姿ではまた民衆にいつ袋叩きにあうかわかりませんし、マリスにも迷惑が掛かってしまう。あの子にもう余計な苦労は掛けたくないのです」


「・・・でも、出来るだけ顔が隠れるように深く帽子を被って、包帯などで輪郭や皮膚の色を誤魔化せば、あと、堂々としていれば、今ならラズダーザの街に行けるかもしれませんよ。ここ何十年かの間に、外の世界はどんどん変わっていってますから」


「・・・それはどういう事でしょうか?」


「魔物を懸賞にかけるようなオークションは既に廃止されていますし、魔物や亜人の格好で仮装しt道を歩いている人だっています。ラズダーザはとても懐の深い大都市で、少し誤魔化すくらいでは引き留められたりしませんよ。・・・一度マリスさんに顔を見せに行ってはどうですか?」


 ラマンドは俯いたまま、考えておきますと小さく呟いた。


「この道に入ってすぐに螺旋階段があります。それを登っていくと月下睡蓮を栽培している部屋へと到達できるでしょう。それと、あなたに渡しておきたいものがあります。ちょっとお手を拝借出来ますか」


 ミハネが手を差し出すと、そこへラマンドは小さな石を置いた。丁寧に磨かれツルツルとした石は、ランプに灯された炎にかざすと、赤く透けてきらりと光った。


「それを持っておいてください。それと、月下睡蓮の浸されている水を瞼に塗ってごらんなさい。それは貴方に必要な儀式でしょうから」


「ラマンドさん。何から何まで本当にありがとうございます」


「ゴールまであと少しですから。頑張ってくださいね」


 ミハネはラマンドにお礼を言うと、螺旋階段まで駆けて行った。隠し通路には明りがないため、その先は闇に包まれている。ラマンドは火の精霊を呼び出してランプに火を点けてくるよう言い付けた。彼らは光の速さで飛んでいき、小さな明りを灯していく。

 光を伴いながら駆けていくミハネの姿は、そのまま幼い頃のマリスを彼の脳裏に彷彿とさせた。その記憶を懐かしみながら、ラマンドはその後姿をいつまでも眺めているのだった。



 幅螺旋階段をミハネは出来るだけ急いで登り切ろうと奮闘していた。火の精霊が灯りを灯して登りやすくしてくれてはいるものの、狭い通路、段差の高すぎる階段を子供の足で登るのは結構体に負担がかかるものだ。じっとりと汗をかきながら、手すりのない階段に無理やり足を掛け、目の前に来る段を手で掴みながら登っていくのだった。それは、ピラミッドに入って4階まで上りつめたときよりもずっと長く時間が流れているような気がする程だった。

 ようやく階段を上り切ると、目の前には大人が一人入れるくらいの小さなトンネルが目の前に現れた。天井も左右の壁もトンネルに合わせて低く狭くなるように造られており、どうやらそこを通過するほか道はないらしい。ミハネはそろそろと膝をつき、この先何があるかわからない真っ暗な道を少しずつ進みだした。トンネルはいたるところが曲がりくねっていて、曲がる箇所があるとわかるまでミハネは何度か鼻先を壁にぶつけることになった。手のひらと膝が擦り剝けて痛みだす。闇の中に長時間いる為か、時間の感覚はすっかりマヒしてしまい、今が何時ごろなのかもわからない。焦る気持ちを抑えきれずに走ってしまいたかったが、手持ちの薬草もほとんどない状態で壁にぶつかるのは得策ではない。手先の感覚を鋭くしながら、ミハネは急ぎながらゆっくりと進むのだった。

 長らくそうして進んでいると、手先に木の感触が感じられた。魔術で火起こしをしてみると、それはどうやら木でできた扉の様だった。落ち着いて取っ手を持ち、ゆっくりと引いていく。すると、さぁっと扉の向こうから光が射しこんで辺りを照らし出した。


 木の扉をくぐって中に入ると、そこは天井から壁に至るまでガラス張りになっており、月の光で満ちた温室の様だった。昼の太陽の光程明るいわけではないが、光がどこかに集中しているようで部屋全体が明るく照らされている。外から見たピラミッドは石でできたレンガが積まれて出来ており、このようなガラス質ではなかったはずだ。どういった仕組みでそうなっているのかは分からないが、今まで明りを灯しても周囲がぼんやりと見える程度の暗い場所にいたミハネにとってはようやく安心していられる明るい場所だった。その部屋の中央には四角い石造りの溜池が造られており、並々と溜められた水の奥底で仄かに光る月下睡蓮が月の光を受けてまっすぐに伸び花ひらいているのだった。

 その凛とした佇まいが美しく、ミハネはしばらく見入ってしまい動けないでいた。


(なんだか採取してしまうのが勿体ないような・・・)


 ラヴィの為に魔王の城まで行き、とんぼ返りで戻った時には花を見つめる余裕なんてまるでなかった。透けるような花びらも、通常の蓮とは異なり水中で月下睡蓮の周りに生える細く鋭い剣のような葉も、揺らぎのない凛とした姿で生きている。その美しさと生命力に圧倒されながらも、ミハネは水筒の準備を始めた。

 まず最初に、月下睡蓮を育てているこの地下水を水筒いっぱいに組み上げると、きっちりと蓋をして保存した。


「・・・ごめんね。一本だけ貰いますね」


 ミハネは一言断りを入れると、リンデルにもらった方のナイフを池に沈めて茎の根元を切り取った。そして、水筒を池に沈めると、水ごと花が入るようにして掬い、蓋をして保存した。

 ミハネはようやく一息つくと、ラマンドに言われたことを思い出し、濡れた手で瞼をなぞってみた。

何が起こるのか期待しながら目を開く。だが、視界に移るのは月下睡蓮の池だけで、他に変化したところは見当たらない。ラマンドは嘘をつく人の様には思えなかったし儀式をしてから変化が分かるようになるまでに時間がかかるのかもしれない。期待しただけに肩透かしを食らう想いをしたミハネは、がっかりしてその場に座り込んだ。

 天井のガラス越しに月を見ると、高い位置に座して遠くから光を送っているのが分かった。太陽と同じで月も時間ごとに空を移動して日の出頃に沈んでいく。という事は、意外と時間は経っていないのかとミハネは少しほっとした。鞄の底に残っていた回復用の薬草を少し齧る。気持ちを切り替えて戻る準備を始めたが、あまりに居心地が良いのでもう少しここに留まっていたかった。

 それにしても。そう考えながらミハネは辺りを見回してみる。どのような技術を使ってここへ光を送り込んでいるのだろう。ミハネはそれが不思議だった。気持ちに余裕が出てくると、周囲に対する視野も広がってくる。その為にミハネは部屋の違和感に気づき始めた。遠い場所から送られてくる光だけでこの部屋を照らすには明るすぎるのだ。

 辺りをきょろきょろと見まわしていると、横から吹いてくる風で髪の毛が乱れた。


「わっと」


 慌てて髪を抑え、風の吹く方向を向くが、そこにはやはり誰も居ない。


「・・・待って。そこに、いるのね?」


 クスクスと笑う声が聞こえたような気がした。この気配を、彼女は知っている。

あの日も、満月だったのだ。この光はきっと、彼女たちのもたらした恩恵なのだろう。


「・・・風の精霊さん達、お願いします。ラヴィに会わせて下さい」


 ミハネの髪がまるで誰かに触れられたかのようにそっとそよいだ。そのことに彼女はまるで気が付かずに、目の前に釘付けになってしまっていた。その瞳からは涙がとめどなく零れ続けた。


 最初に出会った頃の姿で、ラヴィはミハネの目の前に立っていた。


「ラヴィ・・・・!!!」


 まるで言葉にならずに子供のように泣きじゃくるミハネをそっと抱きしめて、ラヴィは目を細めるのだった。

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