ピラミッド内部探索
ラズダーザを発つ際に、ミハネはマリスから両方の手のひらに薬草をすりつぶした塗料で魔法陣を描いてもらい、最後の装備にと首にレース仕様のチョーカーを着けてもらった。生成りのレース糸に月下睡蓮の花弁を加えて編み込み、細やかな細工を施してある。
「完成した後に魔力と術を組み込んであるから、急所の一つである首を攻撃されると発動して全身を治癒するように出来ているの」
「なるほど、いきなり首を狙ってくる魔物もいるという事ですね」
「いいえ、逆よ。野生の動物は大抵獲物を一撃で仕留めるために首を狙うことがあるけど、魔物の場合は四肢の動きを封じ、腹を食いちぎって苦悶と恐怖の表情を確認してから最後に首の骨を折って仕留めるの。まぁ、大声を出されないように声帯をまず潰そうとする魔物だっているけどねぇ。魔物が忌み嫌われる理由の一つとして、獲物の殺し方の残忍なことも挙げられるわ。何故そのような執拗に攻撃して苛め抜いたあとに殺すのかはわかっていなけど」
「仮に助かったとしても痛みと苦しみはトラウマになりそうですね・・・」
「まぁ、多分そこまで用心することはないとは思うんだけど、念のためにね。ほかの用途でも使えるでしょうし、持っておいて損はないわ」
「色々してくださってありがとうございます。怪我のないように帰ってきますから」
「石化を治す薬ができたらすぐにミズガルに飛ばなくてはならないしね」
「そうでした!!ファリスのところにも早くいかなきゃです!」
マリスが心底呆れた顔でミハネを見ていたのは言うまでもない。
ピラミッドの内部へ足を踏み入れると、その奥はやけにひんやりとした空気が漂っている。静まり返った長い通路の奥は少しの物音でも反響して響いてしまいそうだ。
念には念を入れて準備をし、ミハネはここまでやって来た。魔物に感知されないよう、ヒイパの根を良く焼いて灰にしたものを露出している肌という肌に擦り込んで人の匂いを消した。パロの葉から絞ったオイルを希釈したものを噴霧器に入れて携帯している。この匂いを魔物が嫌がる為、表れていないうちに周囲に振りかけながら進むと魔物と遭遇しにくくなる。足元は噛まれないように薄い金属の入ったブーツを履いているが、その底には柔らかい毛皮を履かせて足音が響くのを遮断している。壁は石で造られたものだろう。触れるとひんやりと冷たく、つなぎ目のない磨き抜かれたような滑らかな感触がどこまでも続いた。
(早く月下睡蓮のところまで行って水とお花を持って帰らなきゃ・・・)
はやる気持ちを抑えて、右手で壁を触りながらミハネは慎重に歩みを進めた。光の射さない場所を突き進んでいくのは目を閉じながら歩くのとほとんど同じで、視界以外の感覚が知らず知らずのうちに鋭利になっていくのがわかる。それはまるで、体は起きているのに眠りの中にいるかのような奇妙な感覚にも思えてくるのだった。
後ろを振り返ると、はるか遠くに見えていた入り口から漏れた鈍い月明かりが既になくなっている。右手に触れている壁だけが示してくれている、おそらくまだ一本道であろうこの通路は、まだまだ折れ曲がる気配がない。まるで外で見たピラミッドの大きさよりもはるかに中の空間のほうが広いかのようだ。奇妙なことだが内部が真っ暗で見えないがためにそのように感じてしまうだけかもしれない。明りを着けて周囲を確認したい気持ちを何とか抑えながら、ミハネはゆっくりと深呼吸をすると、気を取り直してまっすぐに進んで行った。
やがて右手が伝っていた壁が途切れ、ようやく最初の角を曲がる。上の階に行くための杭が現れるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
何も見えないような闇を歩き続けることは、ミハネにとって結構な負担となっていく。時折自分が動くと出来るかすかな服の擦れる音を魔物が遠くに潜んでいると勘違いすることも増えた。
人は暗闇に長く身を置くと、自らの想像力によって最も恐ろしいと感じる者を生み出してしまうのだという。それだけ精神的なダメージを負いやすいのだろう。今のミハネにとって物音を立てることを許されず、気を紛らわすことができないのが一番辛いことだった。
しばらく慎重に歩いて行くと、最初の曲がり角以降徐々に曲がる回数も次の曲がり角までの距離も少しずつ短くなっていく。一回は割と単調な通路となっているようだ。手のひらに金属の棒のようなものが当たると、ミハネは躊躇なくそれを掴み、上の階へと進んで行った。
二階に上がるとまず身を潜めて何かの気配がないか確認をした後、パロの葉のエキスを周囲にスプレーする。杭のうち付けてあるところからまた右手を壁に付け、それを伝ってミハネは再び歩き始めた。
一階とは違い、二階は曲がり角が多く複雑な造形の迷路の様だ。どこまで行っても曲がり角のない道を進み続けるのも大変だったが、逆に曲がり角が多いとずっと同じところを回っている気になってくる。ミハネは触れていない部分がないか慎重に動きながら三階に上るための杭を探っていく。
壁に気を取られていると、足元にある何かに躓いて思わず転びそうになる。勢い良く手をついて体勢を整え、何に躓いてしまったのか床に触れていくと、そこにはほんの4㎝くらいの丸い石が一列に並んでいる。その連なりに触れながら追っていくと、壁から独立して一本の柱が立っており、そこに杭は打たれているようだった。
急いでその杭を上っている最中、何かが蠢いている気配を感じた。さっき床に手を付いた時の衝撃音で魔物に感づかれてしまったかもしれない。だが、ここを抜けて四階を逃げ切ったらすぐそこに月下睡蓮があるのだ。平静を装って四階へと上って行き、壁に手を当てたとき、下の階から遠吠えが聞こえてきた。今まで密やかだった空気は一変し、気配がこちらに集中して集まってきているのがはっきりと分かった。慌ててパロの葉のスプレーを噴霧したが、もう遅い。魔物の気配が低い唸り声と共に集団で向かってくる。観念したミハネは両方の手のひらをかざして炎を発現させると、松明に移して火を灯した。天井にいたらしい蝙蝠の魔物たちは光に驚いて散り散りに飛んでいく。そのうちの何体かはミハネに体当たりをして攻撃をしてきた。爪や翼でひっかき傷を作りながら、ミハネは落ち着いて鞄の中から薬草を探ると、カシムの花を取り出してぎゅっと握って固めると、火をつけて気配のする方へと投げ込んだ。濃厚な煙が辺りに充満する。催眠作用がうまく魔物に効いてくれると、ある程度時間稼ぎができる。しつこく攻撃してくる蝙蝠の魔物に火を向けながら威嚇して跳ねのけると、ミハネは煙の充満していない通路の方へと向かっていった。辺りが明るくなると、今まで手探りだったピラミッド内部の全貌が見えてくる。壁が滑らかな触り心地だったのは、大理石でてきているからだったようだ。壁の天井に近いところには灯りを灯せるランプが備えられており、膝くらいの位置にレンガほどの大きさの出っ張りが設置されている。思っている以上に複雑なつくりになっているのかもしれないと今更ながらミハネは思った。ミハネは手をかざして小さな炎の玉を作ると、ランプめがけて飛ばしてみると、ランプの芯は勢いよく燃え、辺りを明るく照らした。
少しずつ用心しながら火をつけて回っていくと、ピラミッドの中央の壁から離れたところに、独立した部屋が一つあった。扉に鍵はなく、両手で押すと簡単に開く。松明で中を覗いてみると、中には何もなく、上の階に行くための杭も見当たらない。壁に手を付けていける場所にあるとマリスからは聞いている。ここは上の階とは何の関係もない部屋だろうとミハネはこの場所を後にした。
それからもしばらく歩き回っていると、煙の匂いが漂ってくる。ミハネが先ほどカシムの花を燃やしたものだろう。火の玉をランプに灯しながら進んで行くと、煙の催眠効果でやられたのか、大きな狼の姿をした獣が何頭か横たわっており、その横の壁に上の階に行くための杭があった。
魔物は眠っているのか動く気配がない。恐る恐る近づいて動かないとを確認すると、杭にしがみついて上へと登った。
あと少しで五階へ上れると思ったとき、唸り声を上げながら体当たりしてきた魔物に弾き飛ばされた。体勢を崩して咄嗟にバランスを取ろうとすると、蝙蝠の魔物達に顔面を攻撃され、引き剥がそうとしていると狼の魔物が横腹に喰らい付き、勢いよく床に叩きつけた。松明の火が消え、鞄からいくつかの薬草が飛び散る。ミハネは考える間もなく四つ足でその場を疾走した。
壁に備えられたランプに火をつけてきたお陰で闇を探る必要がないのは助かった。後ろから狼の遠吠えが追いかけてくる。必死にスピードを上げていると、前方から遠吠えに応えるように鳴き声が聞こえてきた。足を止めて通路を横に逸れると、ピラミッドの内部へと向かって走る。
ミハネは中央にあった何もない部屋の前まで逃げてきていた。急いでその扉を開けると、中に入って扉を閉めた。
扉一枚隔てたところで、追いかけてきた魔物たちが唸り声をあげ、うろうろとその場を歩き回って扉が開くのを待っている。
この部屋の中には何もなく、何の用途で造られた部屋かもわからない。ミハネは完全に逃げ道を無くして行き詰ってしまった。ただの時間稼ぎにしかならないと理解していながら、ミハネは息を殺して魔物の気配が静まるのを待った。だが、時間が経てば経つほど魔物たちの苛立ちは募り、ついには体当たりをして扉を壊そうとする者まで出てきた。息をひそめているわけにもいかず、その部屋の中に何か仕掛けはないかと手探りで壁という壁を探ってみる。だが、手掛かりのようなものは見つからず、先ほど見たレンガの様なでっぱりも見当たらない。
体当たりをする魔物の数が増えてきた。ミハネが扉に体重をかけて支えている為にまだ開くことはないが、これ以上扉の向こうの魔物が増えると危ないかもしれない。ミハネは暗い部屋に灯りを灯そうと手から火の玉を発現させた。気持ちを集中させてランプに灯そうとしたが、この部屋にはランプがないようだ。どうしようかと炎を天井に向けたとき、魔物が扉にぶつかった衝撃でミハネは天井に炎の玉を打った。
炎の玉が天井に当たり火花を散らすと、美しい赤い光が出現して辺りを照らし、やがてその光は魔法陣を描き形作ると、魔法を発動させてミハネの立っている部屋の床を消した。
自分の立っている場所を失ったミハネは、そのままピラミッドの地下深くへとどこまでも落ちていくのだった。




