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その覚悟はあるかしら

 実のところ、月下睡蓮の在処であるダンジョンに入るために必要なミハネの能力や力については、マリスは今のところ不満はない。不安要素だった守備も防具を揃えることで何とかカバーした。彼女が危惧していることと言えば、ミハネの14歳の女の子らしい感性と精神がそのまま不安材料となりえることだ。逆に言えば、そこをうまく意識させて成長させることができれば、ミハネの能力を飛躍的に伸ばすことも可能だろう。そのようなことを、マリスは泥だらけのミハネとヴェインが訪れ話し合いをしたときから、ずっと考え続けていた。


(まぁ精霊だのなんだのがずっと一緒にいるってこと自体、この子が将来何かしでかすことになるんでしょうけどね・・・)


 人間には二種類いるとマリスは考える。大きな力を使いこなして理想を築き上げる人間と、大きな力に振り回され、食い尽くされて滅びる人間だ。これまでどれだけ沢山の人や亜人や魔物たちが、大きな夢と希望を掲げてムスペルの魔窟へ挑んだだろうか。オークションが最盛期だった頃に、蹴落とされた人間発ちの残骸でできた階段を上っては逃げ切ったごくごく一部の人間が巨万の富を築き、今でも富裕層の住む居住区の区画で左団扇で暮らしていることをマリスは知っている。もちろんミハネが持っている力というのはその類のものでは決してない。だが、今の思春期特有の安定していない精神状態の彼女がどちらになってしまうのか、未だマリスには測りかねた。だからなのか、自分でも消化できない感情を抱えながら、ミハネに対しては出来るだけ力添えをしてやりたいと心を砕くのだった。


 店に戻るとマリスは、ミハネに武器を持っているかどうか尋ねた。


「えっと、リンデルさんから護身用の短剣を頂きました」


 マリスはその短剣を見せてもらうと、柄を握って軽く振る。細身ですらりとした短剣は、しっかりと握ってみると使いやすそうで刃こぼれもない美しい品だ。けれども、魔物との戦闘には向いていない。


「果物やロープを切るのには役に立つでしょうけど、硬い魔物の皮膚を裂くには頼りないし、ダンジョン向きではないわね。前に言ったでしょう?ダンジョンには大抵魔物が棲みついているということは」


「はい、聞きました」


「基本的にムスペル国側の砂漠にあるダンジョンには大抵は狼や蝙蝠に似た魔物が住み着いているの。もちろん例外もあるし、変異して複数の動物が融合し生成されたキメラの様な存在だっている。だから、防具のほかにも武器が必要なのはわかるわよね」


「・・・はい」


「貴方が行くダンジョンの内部は狭いから、よほど熟練の使い手ではない限り長剣や槍は向かないわ。弓矢とかもね。慣れてくれば適性のある武器もおのずとわかってくるでしょうけど、最初は扱いやすい短剣から始めたほうがいいかもしれないわね。護身にもなるし」


 そう言いながらごそごそとテーブルの上に出してある武器を一つ一つ見たり持ったりしながら適切なものを探していく。どれも一つ一つ丁寧に手入れをされているのがわかる品物だ。真剣な表情で唇を結んでじっくりと品を選ぶマリスを見て、ミハネは緊張感で胃がおかしくなりそうだった。実際には数分しかたっていないだろうその間は、ミハネにとって永遠ともいえるほど長い時間のように感じていた。

 やがてマリスは並べてある武器の中から一つだけ選び取ると、それをミハネに手渡した。リンデルのくれたナイフよりも一回り大きな短剣だ。樫の木でできた柄は滑らかに磨かれていて、決して細さは感じないが、手の馴染みが良く握りやすい。幅の広い刃の背が若干沿った造りで刃先が対象に触れやすく逃げられにくい仕様になっている。見た目に反して持った感じは意外と軽くそれでいながら金属特有の重量は伝わってくる。触れるだけでわかる使いやすさを体感して、ミハネはうすら寒い感情を抱いた。


「そのくらいの刃渡りの長さがあれば、いきなり飛び掛かってこられても喉元を狙えば一発で魔物を返り討ちに出来るし、群れに出くわしても先頭にいる一頭さえ仕留めてしまえば怯ませて時間稼ぎも出来るでしょう」


 淡々としゃべるマリスの言葉を聞くたびに少しずつミハネの顔色は悪くなっていく。

やっぱりそうなるわよねぇ。と、マリスは独り言ちる。

 これまでマリスは、商談を終えるといつもミハネと沢山の話をした。お互いの今までの境遇や、考えていることや将来の事、事業の拡大ややってみたいことまで、様々なことを。ミハネの話の中に出てくる人物は皆いい人だ。誠実で親切で、まるで自分の事のようにミハネの事を考えてくれるような。それがたとえ魔物であったとしても、ミハネに対する愛情は変わらない。という事は、これまでミハネは今まで憎悪や悪意、殺意といった強いマイナスの感情に触れたことがないだろう。おそらくは、ダンジョン内で生まれて初めて自分を殺そうとする存在と対峙するはずだ。彼女が目的を達成するためには、その試練を乗り越えなければならないのだ。


「貴方の考えていることを当てて見せましょうか」


「・・・」


「”魔物だってきっと話せばわかってくれるはず”残念ながらダンジョンに住む魔物たちは積年の恨みすら腹の足しにして生き長らえているような連中だから、すべての人間は殺戮の対象なの」


「で、でも、森では」


「ここは砂漠よ。森みたいに水や食べ物の豊富なところで分け合いながら譲り合いながら生きていける場所じゃない。人でも魔物でも奪い合い蹴落としあう、弱肉強食の世界で生きているわ。人間と違って魔物はね、人間とは違って食べ物や水を長年摂らないでも、瘴気のふんだんにある場所であれば何とか生きていける。その代わり復讐に飢え続けるの。棲処を追われ捕らえられて無理やり連れて来られて。ダンジョン内に逃げ込み繁殖し増え続けた魔物たちがひっそりと息を殺しながら冒険者を八つ裂きにしようと待ち構えている。あなたが行こうとしているのはそんな場所よ」


 事実を突きつけられてミハネは俯き顔をゆがませた。みんな仲良くなんて理想は、幻想に近いことなのだとは理解はしていたつもりだ。ただ、どこかで期待していた。ケイオスの森で出会ったルーファスやロメロのように、理解し合えるような繋がりがどこかにありはしないかと。


「どうしても殺さなきゃ駄目なんでしょうか・・・」


「それはあたしにもわからないわ。あたしがダンジョンに行く場合だったら、アイテムを見つけて持ち帰ることがあたしの仕事なんだから、邪魔する魔物は躊躇なく倒すし、使えそうな毛皮や骨を持っていたら出来るだけ良い状態で持ち帰る。命のやり取りという部分では、野生動物を狩る狩人と同じだと思っているわ。けれども、貴方の目的は月下睡蓮を育てている水であって、魔物そのものではないわよね。けれども、彼らの巣に入るという事は、襲われても仕方のないことでもある。そこで命を狙われたとき、その命を守るのは身に着けている防具と、最終手段としてはその短剣も役に立つでしょうね。あたしの言っている意味、分かるかしら?」


 ミハネはその言葉に、頷くしかなかった。


「さて、と。だいぶ陽も落ちてきたところだし、食事にでも行かない?」


 マリスはさほど調子を変えることなくミハネに声を掛けた。おそらくミハネの事だから、考えすぎて脳が混乱をきたしているだろう。そう考えてマリスは気分転換に外の空気を吸うことにした。後ろからついてくるミハネの表情をこっそりと覗いてみたが、暗く重たい空気はなく、静かに考えこんでいる様子がうかがえたので、あえて彼女は声を掛けずに夕暮れの街並みを見ながら歩き続けた。

 彼女の行きつけのレストランもまた、路地の狭い通路にあるドアの一つの奥にひっそりと佇んでいた。そこは二階に上がったところに2つのテーブルしか置かれていない小ぢんまりとしたお店だ。その代わり、その日仕入れた食材を使って作られる料理はどれも創意工夫が凝らされていて絶品なのだ。


 ドアを開けるといらっしゃい、と鳥頭の店主は言った。


「ミハネ、こちらは亜人のフェイズ。無国籍料理を作ってくれるシェフよ」


「どうもこんにちは。当レストラン『ディクレタメンディ』のシェフのフェイズです。小さなお店ですがごゆっくりくつろいでいってくださいませ」


 瞬膜を瞬かせながら、フェイズは深くお辞儀をした。ミハネは若干面喰いながらぺこりとお辞儀を返すと、既に階段を上がっていくマリスの後に続いた。大きな木枠の窓から明るい蜜柑色の夕暮れの光が射し、白壁を優しく染め上げている。マリスは当たり前のように窓際のテーブル席に着くと、沈みゆく太陽と細い路地の先にある小さな海の入り込んでいる景色を眺めた。


「この時間帯が一番いいわね。少し早いだけで席が選べるし、景色も中々いいの」


 時間が過ぎるごとに表情を変えるキャンバスの様だ。ミハネはそう思いながら、自分たちが歩いてきた細い路地を眺めていると、明るいオレンジ色は少しずつ陰りを見せ、複雑な情景を現していた。


 やがてフェイズがグラスと水の入ったピッチャーを持って階段を上ってくる。ピッチャーをテーブルの端に置き、翼の先を使ってグラスを二人の目の前に設置すると、少し高いところから水を注いでくれる。


「今日は何があるの?」


「野菜をふんだんに、あとは貝柱がメインで、スープはタコや魚を使って、と言ったところでしょうか。食後の飲み物はいかがなさいますか?」


「今日はアルコール無しで。デザートと相性のいいものをお願い」


「畏まりました」


 料理の説明はざっくりとした趣だが丁寧だ。いつだってこのお店ではどんな料理が出てくるかわからない。マリスはこのお店もフェイズの事も結構気に入っていた。ミハネもニコニコして楽しそうにはしていたが、いつものように好奇心丸出しではない。それもまた仕方のないことだとマリスは気にしすぎないようにした。

 はじめに前菜として来た料理は、巣ごもり風のサラダだ。新鮮で柔らかなベビーリーフをはじめ数種類の野菜を巣に見立てて形作り、中にウズラの卵の形をした鶏肉をゼリーで固めて作った煮凝りをいくつか中央に入れている。シャキシャキとした野菜の食感と柔らかなお肉、口に入れた瞬間に溶けてなくなるゼリーの深い味わいが口の中で一つになる。ミハネが今まで味わったことのないタイプの新しい美味しさだった。タコと魚のスープも、魚の骨といくつかの野菜をじっくり煮込んで抽出したスープに旨味を損なわないようあっさりとした味付けを施し、冷たく冷やしたものに薄くそぎ切りにしたタコをあしらったものが出てきた。上品な味わいでするりと喉を通り、いくらでも飲めてしまう。タコのコリコリとした食感もいいアクセントだ。貝柱はソテーしたものが出てきた。通常よりも大きく、ミハネ達の顔よりも大きな貝殻の上で、肉厚で拳ほどの大きさもある貝柱が表面をこんがりときつね色に焼かれ、鮮やかな野菜のマリネを付け合わせに添えられていて、十分な食べ応えがある。料理の合間合間に給仕の鳥頭の青年がパン皿にパンを提供しに来てくれた。それぞれにニンジンやカボチャ、サツマイモなどが練り込まれ、色合いや香りで選ぶのが楽しい。そろそろお腹が膨れてきたと感じる頃、デザートにはココナッツミルクのシンプルなアイスクリームが運ばれてきた。同時に来たのは暖かいミルクココアだ。優しい甘さのアイスクリームと合わせて少しビターで甘さも控えてある。


 食べ終わる頃には外はすっかり暗くなっていた。


「ふぅ。またパンを食べすぎちゃったわ」


「私もお腹が苦しいです」


 ぽつりぽつりと会話を交わしながら、二人はゆっくりとココアを最後まで飲み干した。


「マリスさん、今日は一日ありがとうございました」


「何よ改まって」


「短剣を目の前にしてから色々考えすぎちゃって、今もなんだかわけがわからないんですけど。わからないなりに一つの結論を出そうと思います」


「・・・ふぅん」


「私の目的は月下睡蓮を育てている水であって、魔物そのものではありません。だから、積極的に殺すつもりはないんです」


「まぁそうなるわよねぇ貴方なら」


「だから、出来る限り薬草とかいろいろ使って、魔物とのエンカウントを回避したり、自分がいるのにいないと思い込ませて最後まで逃げ切ろうと思います」


 ミハネの口調はとても静かだったが、目には光が宿り、言葉には力があった。こう、と決めたら梃子でも動かない頑固さも少し滲んでいる。


(全く。少しばかりつれない態度を取ったところで自分の思い付きを引っ込めもしないんだから)


「でしょうねぇ」


 マリスはしみじみと呟くように答える。呆れて少し笑ってしまいそうだ。


「貴方、やっぱり大物になるかも知れないわねぇ」


 言葉の真意を測りかねてミハネはきょとんとしていたが、なんでもないわとマリスは微笑んで見せた。

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