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マリスと四方山話

 ファリスのヒールが効いているのだろうか。仮眠を取った後はほとんど疲労感もなく、無事ニダヴェルに到着した。ケラスにお礼を言って別れると、まずミルの村へ行き、薬草の倉庫を確認する。マリスに納品する分の薬草はあらかじめ用意してある。より分けていないほうの純粋な薬草のストックの中から、ランデムが記したとおりのものを一つ一つピックアップしていく。加工したものが必要であれば用意し、無ければ一から精製した。指示された通りの量よりも少し余分に加えておくと、念のためにジンサンマメも少し足した。そしてランデムが渡してくれた手紙にこう書き加える。


≪ファリスが空腹で仕方がないと言ったときに処方してください≫


 ミハネは荷造りしたものを背負うとヴォルヴへと走って戻る。荷物はドラゴンの停留所へ行き守衛団のドラゴン乗りへ預けると、次は教会へ行き自室でラズダーザへと向かう準備を始める。準備と言っても、必要な着替えと護身用の小型のナイフ、ノートとペンに後はグノーの石くらいだ。ダンジョンに入るというので、それ相応の武器や防具を揃えたい。けれどもその為には農作地であるニダヴェルよりもダンジョンに近いムスペルで購入したほうが強いものが手に入りそうだ。そう考えてミハネは必要最低限の用意だけに留めていた。

 用意を済ませると久しぶりに教会で昼食を摂る。黒糖とくるみのパンにキノコのたっぷり入ったシチュー。美味しくてすぐにぺろりと平らげてしまう。これではファリスの事をとやかく言えないと少し恥ずかしくなっていると、リンデルは二人分の紅茶を持って来てくれた。カップに半分ほどポットから注ぐと、続いてたっぷりとミルクを注いだ。ミハネもミルクティーがとても好きなのだ。


「あまり無理はしないようにね」


 リンデルは普段のように微笑んでいたが、その表情が何故かミハネには少し寂しそうに感じた。


「はい、ありがとうございます!」


 ミハネが笑顔で感謝を伝えると、リンデルはポロリと一粒涙と零した。


「リンデルさん・・・。どうしたんですか?どこか辛いんですか?」


「いいえ、大丈夫、そうじゃないのよ」


 そういうとリンデルは微笑みながら優しくミハネの髪を撫でると、


「不思議ねぇ。ついこの間まで可愛らしい子供ちゃんだったのに、今は立派な娘さんに見えるの。私はお母さんではないけれども、成長を見届けられて、これからいろんなところに旅立っていくあなたのことを想像するとね、なんだか少し気持ちが切なくなっちゃうのよね。ふふ。年のせいかもしれないけれども」


 と目じりを拭いながら言った。ミハネは少し戸惑っていたが、すぐに気を取り直して、


「リンデルさんはいつだって私のお姉さんみたいな、お母さんみたいな・・・とても大切な人です。だから、何度も、何度でも帰ってきて、ご飯を食べさせてもらいますよ」


 そう言って笑った。



 昼を過ぎてニダヴェルを出ると、ラズダーザに到着するのはほぼ夜に近い。ホテルに泊まるかマリスの店を訪ねるかどうか迷ったが、背負った荷物の大きさを考えて直接マリスのところへ向かうことにした。


「あら、珍しいわね。こんな時間に来るの」


 マリスは思いのほかすんなりと店に入るよう促してくれた。


「すみません、夜遅くに。今までミズガル国に居て、今日の朝帰ってきたものですから。それから急いでこっちに来たらこんな時間になっちゃいました」


 自分の体ほどの大きさの布で巻いた薬草をそのまま担いで来ているのを一瞥しながら、マリスはお茶の用意をしようと店に引っ込んだ。続いてミハネも店内に入る。


「まぁ、そんな恰好じゃとてもじゃないけどホテルになんて入れないし?それにニダヴェルからなら碌な時間にドラゴンが飛んでないからね。早朝かお昼からか夜行便でしょう?うちに着くのがよくわからない時間帯になるのよね。まぁ早朝に来られるよりも全然いいわぁ。あたし朝は死ぬほど機嫌悪いから」


 変わらない毒舌にちょっとだけほっとする。彼女は早朝には死んだように眠りにつき、お昼ごろにようやく重たい体を引きずってベッドから抜け出してくるほどに朝が弱いのだが、夜型な為、夜は比較的機嫌がいいのだ。品のいい小さなティーカップと、耐熱ガラスでできている丸くて透明なポットを用意してくれる。ポットになみなみと入っているお湯の中でガーベラに似た花が揺蕩っている。


「それよりも貴方、体調は大丈夫なの?話を聞く限り結構ハードなスケジュールでこっちまで来ていない?」


「はい、それは不思議と元気なんですよね」


「そう。じゃあ、ちょっと薬草の検品と四方山話に付き合ってもらうわよ」


 ミズガルの津波の話はムスペル国内でももちきりになっているらしい。この大陸は小さな島々が寄せ集まって大きな大陸を形成しているわけではなく、もともとが大きな独立した大陸の為、地盤が強固にできている。したがって地下でプレート同士がぶつかり合ってできる地震などはほとんど起きることがない。あるとすれば、原因不明の雷雨や嵐、ごく一部の乾燥した地域で起こる山火事などだが、人命を脅かすほどの規模の災害はほとんどない。今回の津波はこの大陸に住む者の心に脅威として爪痕を残した。


「まぁ、自然相手だと何が起こっても不思議じゃないわけだから、今までが幸運だったのかもしれないけれどもね。まぁ、これからは用心して生きるに越したことはないってわけね。そっちの様子はどうだったの」


「ええっと、医療の現場は目まぐるしくて一日中気を抜けなくて大変でした」


 ミハネはマリスに、高台のテントで経験したことを一つ一つ語り始めた。切迫した雰囲気の中医療チームが患者を常に見て回っていたこと、人手と物資が足りずに自分も駆り出されたこと、友人が意識不明の重体でベッドに眠っていたことなどを伝えると、マリスは真摯な様子で聞いていた。


「話には聞いていたけど・・・悲惨よね。お友達、良かったわね、助かって」


「それで、その子はヒールを使えるんですけど、意識を取り戻したときには使えなくて、食べ物を数人分食べてジンサンマメを食べてようやく落ち着いたら、また使えるようになったんです。なんだか不思議な体験でした」


「何そのジンサンなんとかって」


「あれ、紹介してませんでしたっけ?三粒くらいでお腹一杯になるお豆ですよ」


「知らない。今持ってる?」


「あ、はい」


 ミハネはいつも通りショルダーバッグの中から白い布の袋を取り出すと、三粒マリスに手渡した。マリスはそれを電球に透かして見たり、スプーンの底で叩いてみたりして慎重に調べているみたいだったが、砕けた欠片を少しだけつまんで口に入れてゆっくりと噛んだ。


「・・・これ、マジカルビーンズだわ」


「マジカルビーンズ?」


「ラズダーザでお祭りがあるときに、出店で時々売っているの。植えた人によって全く違う色・大きさ・形の豆が生る不思議なお豆。へぇー。ジンサンマメっていうのね。ケイオスの森ではお腹を満腹にするお豆が生って、あなたが作ると魔力増幅のお豆になるってわけね。多分あたしが植えたらまた違ったお豆が出来るわよ。面白いわねぇ。何か商売に繋げられそう」


 マリスはウキウキしながら残りの豆を見つめている。ミハネは何故自分が作ると魔力増幅の豆ができるのかが分からずに、首をひねっていた。


「そのファリスって子が空っぽになっちゃったのはね、自分の力量以上のことを自分の力の全てを使ってやり遂げようとしちゃったからなんじゃないかしら」


「力量以上のこと・・・ですか」


「そう。怪我や体の痛みをちょっと治せるくらいなのに、人の命をどうにかしようとしたり、あろうことか津波を止めようとしたりね。自分の器以上の力を無理に引き出そうと意識した時、その過剰なエネルギーは暴走して治まりきらない器を壊そうとするの。破壊の力とその力から自分を守ろうとする力が拮抗し合った状態が長く続くと消耗が激しくなってプツンっと切れちゃうのよ。そうならないように毎日少しずつ練習を重ねて自分の器を大きくしていく。これは魔術師にとっては常識だし、ちゃんと頭に入れておかないとダメよ。ようは、謙虚さも大事ってことね」


 ミハネは忘れないようにマリスの話をノートに書き記した。その頃には時計は10時半を過ぎようとしていた。


「私はこれからが本調子なんだけど、あなたは今日はゆっくりと体を休めたほうがいいわね。ちょっと眠たそうな顔をしているし・・・今日はお開きにしましょうか。明日からはダンジョンの事をちゃんと伝えていくわ」


 マリスなりに気遣ってくれたのだろう。顔に出したつもりはなかったが、疲れがピークに達していたようだ。軽くなった鞄を持って、ミハネは軽くふらつきながら、おやすみなさいと言って店を後にした。


 ラズダーザの街の夜はとても明るく賑やかだ。朝とは違う広場で聞こえてくる掛け声や出店の食べ物の匂いを背にして、ミハネはいつも利用しているホテルを目指して歩き続けた。

 ホテルについて入浴を済ませるとミハネはそのままベッドに倒れ込み、10時ごろホテルのスタッフが起こしに来るまで一度も目覚めることなく眠り続けた。こんなことは今までなかったのだが、ずっと長い間疲労が溜まり続けていたのだろう。その場でお金を支払って12時まで延長してもらい、部屋に設置されている時計を見ながら支度を済ませ、時間までに部屋を出た。

 秋の入り口とはいえまだ暑く、ラズダーザの空気は乾燥している。ミハネはレストランへ行き、エビと貝の濃厚なスープのパスタと季節野菜のサラダ、搾りたてのフルーツジュースを注文すると、黙々と食べ、飲んだ。さわやかな柑橘系がベースのジュースが喉の渇きを潤し、濃厚な味わいのパスタの塩気が食欲を刺激する。すっかり満足して身も心も回復したのを感じると、ゆったりとした気持ちでマリスの店へと向かった。

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