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森での生活~冬春夏秋~

 精霊たちに護られたケイオスの森には、もともと棲んでいた者たちに紛れて野良の魔物や野生生物が多く棲む。中にはほぼ絶滅危惧種として数十匹といない種も少なくない。

彼らは野生の本能と知恵を絞り、深い森の奥で気配を消しながら生き永らえる。

数十年、数百年と年齢を重ねた生き物は、森の木々草花から漏れ出る霊力を蓄えて特別な森の主となって君臨するらしい。


「それがこのうさちゃんなのですか・・・」


 柔らかそうな耳がピクリと動く。猪ほどの大きさがあるとはいえ、つぶらな目が愛らしい。こわごわ体に触れてみると、あの雪の日と同じ柔らかい毛並みにふわりとめり込む。触れ覚えのある感覚に、一気に気持ちが和らいだ。


「ヌシはヴィジュ・ヘアーっていう種類の兎でな。成長するにつれて体の一部から宝石のようなきれいな石が生えてくるんだよ。上等な毛皮とオマケに宝石もついてくるんじゃどこへ行っても目をつけられてな。方々の国から命からがらこの森にやってきたのさ。今じゃおそらくこの森にしか生息できてないんじゃねえかなぁ」


 ラヴィの背中を撫でていると、固いものが指先に当たった。それは鶏の卵ほどの大きさの乳白色の柔らかく優しい色合いの石で、光の反射具合が変化すると美しい蒼味を帯びた。


「密猟ですか・・・ひどいことをしますね」


「数年前までは猟師があちこちをうろついていてほんとひどかったよねっ。経験値欲しさに僕らまで狙われたんだからっ」


「経験値?モンスターを倒したらレベルが上がるってことですか?」


 昔携帯用のゲーム機で楽しんだ、数々の思い出が少しずつ蘇ってきた。

恐ろしい魔王と魔王に従う数々の魔物たちと、魔王軍に勇敢に立ち向かう勇者たちのパーティ。はじめはレベル1だった勇者たちも、自分たちの生まれ育った城下町から離れ、雑魚敵を倒しながら旅をしていくことで、伝説の武器を手に入れ魔王に挑めるようにまで強くなっていく。ゲームの種類は違えど、本質としてはそんなストーリー展開だったはずだ。この世界は、ゲームの中のシステムによく似ている。


「レベルっつーのは訓練値の事だから、自分の素質に遭った訓練をすればそれで上がってはいくんだがな。まぁ猟師なら狩れば狩るほど上がっていくだろう。俺らもついでに攻撃すれば、その分多少は上乗せできんだろ」


(私はこの世界でどうやって生きていくのが正しいのだろう・・・)


 ミハネは戸惑いを感じていた。まず、目の前にいる魔物たちが全く恐ろしくないのだ。ゴブリンもスライムも、主人公が旅立ってすぐに出会うレベルの弱い者たちだ。そう考えると、この森はまず最初に攻略すべき地点と考えて間違いはない。では、まず適当な武器を持ち、この者たちを倒して経験値を稼ぎ、魔王の元まで行けるように伝説の武器を調達すべく旅に出るべきなのではないだろうか。そこまで考えてみるが、ミハネはたちまちやる気をなくした。なぜなら、彼らは魔物である以前に、恩人であるからだ。真冬の雪風が吹き荒れる中彼らが助けてくれてくれなければ、ミハネは間違いなく命を落としていただろう。それに、体調不良まで治癒してもらい、この世界のことを色々教えてくれようとしている。そんな者たちをどうしてやっつけることができるだろう。むしろ、徐々にではあるが、子供を捨てたり、狩りのついでに魔物を傷つけることができる人間に対しての不信感が募りつつあった。


(でも、もしかしたら何か理由があるのかもしれない。人間こそが悪者だとは思いたくない・・・)


 ミハネは前世での両親が施してくれた愛情を特別稀なケースだとは思いたくなかった。そして今世での幼少の頃の母親の愛情もまた、偽りではなかったと信じていた。たとえあの雪の日に、いつまでたっても迎えには来てくれなかった、それが事実であったとしても。


 ラヴィが前足で切り株のテーブルをトントントントンと叩く。


「ごめんねーラヴィ、すぐ片付けるからね」


空になった木の皿やコップを器用にそろえ、ロメロが持って行った。

ラヴィは素早くテーブルを腕で拭くと、そこへリュックを逆さにして中のものをすべて出した。

テーブルの上に山のように積まれたそれは数種類の採れたての草や、赤く熟した木の実だった。

雪にまみれていたのか、しっとりと水けを含みひんやりとしていた。


「美味しそう・・・」


 思わずミハネは呟く。それもそうだ。村にいた頃だって碌に何も食べていない。この家に来た時だって。思いっきり下した後にお湯を少し飲んだきりなのだ。


「少しだけ待ってくれ。仕込みが必要なものもあるからな」


 ルーファスはそう言ったが、思わず手が伸びてしまっていた。赤い実を口に含んだとたん、彼女はそれを後悔した。


「っっ渋っ!酸っぱい!!!」


「だから言ったろ。ホグの実はそのままじゃ食えねぇの。蜂蜜に数か月漬けてから、お湯で溶いてフルーツスープにするんだよ」


「ミハネ、こっちをお食べよ」


ロメロが肉厚なミントグリーンの葉を渡してくる。涙ぐみながら食べてみる。噛むとシャリシャリとした食感で、ほのかな甘みと清涼感が口に広がった。


「こっちは食べられる!!甘くて美味しい!」


「ペパミンは冬の間に生える珍しい植物だよっ。大抵木の根元の雪の中に埋まってるんだ」


 こんな調子で、魔物二体とウサギ一匹は丁寧に草や実をより分けながら、その欠片をミハネに食べさせてくれた。それでも、ミハネにとっては久しぶりすぎる食事となった。

草や実の中には、甘い物、塩気のある物、酸っぱい物様々で、ミハネは夢中になって口に運んだ。

最後にロメロから渡された薄黄緑色の豆粒を食べると、びっくりするほど満腹になってしまい、ようやく口に運ぶ手が止まったのだった。


 病み上がりということもあり、ルーファスはミハネの様子を見つつ仕分けをしていた。彼は口調は乱暴だったが、このメンツの誰よりも細やかに面倒を見ていた。ふと手元に意識を向き直したとき、彼は仕訳けていた草の中に毒や麻痺、睡眠を引き起こすものが混ざっていることに気が付いた。


「おいラヴィ、これは一体・・・」


 ラヴィは毒草に別の草を一本添え、何か言いたげに髭を動かし目を細めた。



「見ず知らずの人間に、ここまでしてくださってありがとうございます」


「まぁ気にしないでよっ。気持ちが変わらない限り、ずぅっといてくれたって構わないんだからっ」


ロメロは無邪気に飛び跳ねていた。新しい友達ができたようで、とても喜んでいるのだ。


「で、でも、そういうわけには・・・」


「そういったってお前、どこかの村や町にツテでもあるのか?」


 ミハネは押し黙った。着の身着のままで森へ連れて来られて、もはや村がどの辺りにあったのか戻れるのかも怪しかった。


「まぁ、目途が立つまでうちにいたらいいさ。幸いここには町では手に入らない、薬になるような草も沢山ある。ある程度目利きの効くようになれば、沢山の薬草を町に売りに行くことだってできるだろ。とりあえず、ここで過ごしながら生活力を磨くことだな」


 ルーファスの言葉にミハネは胸がいっぱいになった。自分にもできることがあるかもしれないと思うと、ようやく希望が見えてきたように思えるのだった。



 冬の間は雪や風が激しいため、ほとんどの日を室内で過ごさなければならない。ミハネは冬に採れる草や実について、彼らから学んだ。中には毒のある草や特殊な効果を発揮するものなどがあり、そういった危険を伴うものも食べるように言われた。もちろんそのような状態を無効化する草のことも一緒に教わった。それから、草や実の保存の仕方も教わった。ケイオスの森では、四季によって採れるものが変化していく。生える場所や草そのものの性質によって保存の仕方が変わるため、細かく注意することを学ばなければならなかった。

 

 前世で三虎ミハネだったころ、彼女は密かに学校の授業に出るのが夢だった。規則正しく並べられた机のどこかが自分専用の席と決まっていて、先生の目を盗んでこっそりと周りの友人と交流を深めたり、科学の実験や音楽の授業で別の教室へ移動したり、お弁当を友人と食べたり・・・。そんなことをしてみたいと思っていたことを、思い出した。


 切り株のテーブルを囲んで植物について学んでいるこの時間は、ミハネにとって行ったことのない学校の授業のようでワクワクした。見聞きしたことを書き留めておくペンや紙がないのがとても歯がゆいところだが、丸暗記できるようルーファスの言葉に耳を傾けるのだった。


 

 春の到来を知らせる雪解け水が小さな川のせせらぎを作る頃、新たな生命が芽吹き、森の表情を変えていった。若い芽を食べるためにシカや野兎が集まりだし、花の蜜に集まる虫たちとそれを狙う鳥も、日に日に増え始めた。動物たちに交じって、ミハネやみんなも柔らかくて美味しい木の芽や花の蜜を収集した。川の水の氷のような冷たさがいくらか和らいだころ、ミハネは着込んでいたコートや重ねて巻き付けていた毛布、下着などを順番にすべて洗って干した。それらが乾いたころ、もう着ない衣服は家の隅の邪魔にならない所に置いておいた。ラヴィはミハネをいろんな場所へと連れて行った。木の根が絡み盛り上がったジャングルや枝葉の多い大樹に近づいては、素早く足場を見つけては蹴り上げて上や前へと進んだ。

狼などの肉食獣に見つかった時、逃げ込むのに都合がよかったし、そのような足場のない場所では、四つん這いになって後ろ足を思い切り蹴り上げ、スピードを出して逃げ切るか、時に狼に後ろ足攻撃することもあった。その動きを見てミハネは興奮を隠せなかった。無駄のない動きや鍛え上げられた筋肉によって生み出されるスピード、そして強さ。すべてが逞しく、美しいと感じた。そんなラヴィの動きを真似しようとして、不器用ながらラヴィについていった。たどたどしい動きは危なっかしく、夢中になりすぎて狼に狙われていることすら気づかないこともあった。そんなピンチには、必ずルーファスやロメロが助け舟を出した。



 春が過ぎ、強い日差しと熱気の夏が到来する頃には、ミハネは何とかラヴィの俊足に追いつけるようになっていった。追い風に乗ってラヴィとどこまでも駆け抜けていくのはとても気持ちが良かった。

ラヴィとミハネが飛び跳ねている頃、ルーファスとロメロは黙々と初夏の果実を集めていた。水気が多く甘みの強い夏の果物は、放っておくとすぐにほかの鳥や小動物に食べられてしまうので、急いで収穫する必要があった。


「暢気なものだよなぁあいつら」


「仕方ないよ~。思いっきり体を動かしたかったんでしょ」


「それなんだが・・・。ロメロ、お前四つん這いになってラヴィと同じくらい早く走れる人間、見たことあるか?」


「ううん、ないね。走るのが得意な体質とかじゃないの?たまにいるでしょ?特異体質」


「もう俺らじゃ追い付けないもんな」


「うん。だから、早く収穫、収穫。ねっ」


 この日のラヴィとミハネはずいぶん長いこと走り続けていた。運動制限の在った前世と違い、走れるという事が嬉しくてたまらなかったのもある。森を一周できるくらいの距離を走ったところでラヴィは走るのをやめ、休憩を促した。大樹のふもとにある柔らかい草の上に寝そべって、ゆっくりと深呼吸をする。空は痛いくらいに青く、雲の流れとともに風運んできた。ラヴィは気持ちよさそうに目を細めて草を食んでいる。

 しばらくたってから、この場所が最初に母を待って子守唄を歌っていた場所だという事に気が付いた。

ずっしりと構えている大樹に触れてみる。あの日のことを思い出し、少し切ない気持ちで締め付けられるように感じた。


(お母さん・・・。元気にしているだろうか・・)


 その時ラヴィが服の裾を引っ張った。


「どうしたの?」


 大樹の幹を時計回りに回る。その根のふもとに、真新しい子供用の綿の服が綺麗に畳まれて置いてあった。



 夏も過ぎ、肌寒い日が続くようになってきた。あれだけ青々とした草の絨毯が広がっていた森の景色も、草が枯れ、落ち葉に覆われることで落ち着いた雰囲気を醸し出してきた。

実は、冬ではなく秋が一番食べられる草が少ない季節だ。夏場に採れるような柔らかくて水気の多い果物も少なく、代わりに保存が効くような固くて皮の厚い果物や穀物に近い食感の、調理しなくては渋さのある木の実などがよく採れる。冬に向けて、大量の果物や木のみを一気に収穫しなければならないし、まきとなる木を割ったり枝を拾ってきては冬に備えて蓄えておかなくてはならない。それは、ミハネ達だけではなく、森に棲むすべての動物が考えていることなので、どうしても争奪戦となってしまう。朝早くに出かけて木の実を収穫し、午後からは保存食の仕込みに入る。この季節が一番忙しく、十分に蓄えを倉庫に詰め込んだと思ったら、すぐに冬がやってくる。


 ルーファスは効率よく木の実を拾うために、木の実のなる大木を良く殴った。

あまり体力のないゴブリンの攻撃でも、このパンチを喰らったら普通の人ならかなりのダメージを負うだろう。大粒の雨のようにざぁざぁと音を立てて降ってくる木の実を拾いながら、ミハネは感心していた。


「ルーファス、そんな特技があったんですね」


「まぁ、ゴブリンは大体この技を持ってんだよ」


「へぇ、すごい・・・。じゃあ、万が一の時には戦うことも出来るんですね」


「ミハネも練習してみればいいんじゃねえの?見よう見まねでラヴィのように走れるんだから」


「えっ・・・いいんですか?じゃあ私、練習してみます!」


 ミハネは喜び勇んでその辺の木を殴り始めた。落ちてきた毛虫が体についたロメロが悲鳴を上げた。



 日照時間が日を追うごとに短くなっていき、冬の気配がすぐそこまで来ていた。

このまままた、春が来るまで家に閉じこもりながら、待たなければならない。

けれどもここ最近のミハネの心は満たされていた。この一年で教わったことのすべてと、冬に教わったことの復習をこの閉じられた時間にじっくりと学ぶことができるからだ。そのために必要な先生も仲間も、この家の中に一緒にいる。ミハネは幸せだった。


 素朴だけど幸福な、ミハネの森での日々は、ミハネが10歳の誕生日を迎えるまで続いた。

春夏秋冬の訪れが来るたびに置かれていた子供服は、ミハネが初めて見つけてからちょうど一年すぎるころ、届けられなくなった。

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