再会
一口に”重篤な患者”と言っても、様々な症状の者がいる。例えば、津波が来たパニックで皆一様に高台へと駆け上がった時、突き飛ばされた弾みで骨折してしまった老人や、転んだところを起き上がる前に踏まれてしまい、内臓が傷ついてしまった子供。津波が村を飲み込む様子を間近で見てしまったせいでパニック症状から治らない人たちもいる。ランデムは外傷のある患者と同様、重篤な患者も受け持っている。テントの外からでも聞こえてくる慌ただしくナースの歩く足音と、短い叫び声や低く重たい呻き声などが聞こえてきた。
ランデムは外科とこの重篤な患者を収容しているテントの受け持ちだ。先にテントの中に入ると、中にいるナースとカルテを見ながら静かな声で会話を始めた。
今までの怪我人や病人を扱うどのテントよりもひっ迫した雰囲気に、ミハネはテントに入るのを少し躊躇した。
「ちょっと、邪魔」
このテントで従事するナースがピリピリとした調子で言う。慌てて謝りながら端によると、何人かのナースが慌ただしい調子で入り口から出て行った。圧倒され呆然としていると、中からランデムがミハネを呼ぶ。そうだ。ここには一刻を争う症状の人たちがいるのだ。怖じ気づく気持ちに発破をかけながら、ミハネはテントの中に入った。
テントの中では八床のベッドが間を開けて置かれていた。その一つ一つが重たい帆布のカーテン囲まれていて、中の様子が分からないようになっている。
カルテをざっと読み終わり、ナースに適切な指示を出し終えたランデムは、同じ調子でミハネに必要な薬草を持ってくるよう指示を出した。麻酔と痛み止め、リラックス効果のあるもの、免疫力を高めるもの。軟膏や煎じ薬などの加工した薬草はだいぶ量が少なくなってきた。残りの分を全て渡すと、乾燥した薬草を調合して材料を合わせてランデムの言う症状に合うようにしたものを作る。作ったそばからナースが持っていき、薬草は見る見るうちに残りわずかとなっていった。
薬草が無くなってしまうと、今度は身の回りの雑用だ。医療についての知識が全くないミハネには重篤な患者の様子を診ることは出来ない。そのかわり、汚れたシーツや包帯を新しいものに交換したり、身動きの取れない患者の小水の入った瓶の中身を捨てるなど、雑用とはいえやることは沢山あった。
お昼になると離れにある調理をするために食材や調理器具が置いてあるテントへ行き、食事の炊き出しを手伝う。細かく切った鶏肉と野菜と麦の入った具の柔らかなスープとバターたっぷりのパンだ。避難している人の数だけあるので、かなりの量がある。ミハネは食事をもらいに来た人の為にアルミの器にスープを注いで渡していく。その中に知っている顔・・・ファリスやファリスの弟分の悪ガキ達がいないか気にかけながら、どんどん押し寄せてくる人達に一つずつ渡していった。中には家族分欲しいとアルミの器を二つ分スープを入れて欲しがる人やスープは要らないからパンだけ欲しいと伝えてくる人もいる。そういった人たちには言うとおりに渡してあげることになっていた。以前ファリスと踊っていたり、楽器を弾いていたらしき人達が食事をもらいに来たが、その人達はミハネの事をあまり覚えていなかった。ファリスの事を尋ねたかったが、そそくさをその場を離れていき、次に並んでいた人が器を差し出してきた。
ファリスはどこで何をしているのだろう。だんだんミハネの心の中に焦燥感が芽生えだしてきた。
次にはテントの中の患者へと持ちまわる。眠っている人やまだ固形物の食べられない人、様々だ。
どのテントにもまんべんなく行き渡ったところでようやくミハネ達も順番に休憩に入ることができた。だが、それもかなり慌ただしいものだ。患者が待っているために、ほとんどの医師もナースもパンを口に頬張りスープを啜って器を空にすると、すぐに現場へと戻っていった。テントからはまた新しいナースや医師がやってくる。目まぐるしく後退していく人たちに気おされるようにして食事を終わらせると、ミハネは慌ただしくランデムの元へと戻っていった。
「なんだ。休憩はもういいのか?」
カルテを読んでいたランデムは確認するようにミハネを見る。
「はい。大丈夫です」
「顔色が悪いな。・・・まぁ、無茶はするなよ」
そう言うとランデムはナースに続いて検温の記録を取ることを指示された。八床しかないベッドを回るのだからそんなに大変なことではないだろう。そう思いながらミハネはナースについて行った。ミハネの後ろにも何人かついてくる。不思議に思っていると、
「あなたは患者から離れているように。気をつけなさいよ、患者は今普通の状態じゃないの。噛みつくかもしれないし、暴れるかもしれない」
ナースはそう忠告すると、シャッと締め切られていたカーテンを開けた。全身を強く打ち、何か所か骨折した老人だ。鎮静剤が効いているのか、ぼんやりとしたまま身動きはない。ナースは老人の服をはだけさせると、ガラスでできた体温計を手際よく老人の脇に挟んだ。しばらく待って体温を、ミハネに伝える。別に暴れることはない。拍子抜けしたミハネとは裏腹に、ナースは緊張の面持ちでカーテンを開けていく。四人の検温が滞りなく済んで五人目のいるベッドのカーテンを開けようとナースが手を掛けたその時だった。絹を裂くような声が入り口から一番遠い奥のベッドから聞こえてきた。ナースが一斉にそこへ向かって走り出す。
「どうしました!?落ち着いて」
「鎮静剤を持って来て。早く」
カーテンの奥へとナースが何人も入って行く。ミハネはナースたちが確保していた鎮静剤を持っていく。中ではナースが三人がかりで暴れる女性を押さえつけているようだ。
「ああああああああ!!!水が!水、水・・・・・触るな、私から離れろ!!」
聞き覚えのある声に思わずカーテンの中に入って行こうとすると、待機していたナースに止められた。
「危ないわ。下がって」
カーテンの不自然な膨らみ方で、ファリスが全身をばたつかせて拘束から逃れようとしているのがわかる。
「あの子は返すから!!頼む、連れて行くな。離せ!!」
支離滅裂なことを言っているこの声は間違いなくファリスだ。ナースの手を振り切ってミハネはカーテンを開ける。
「ファリス!!」
ミハネの声に反応し、ファリスの動きが一瞬止まった。その間にナースは素早く漏斗を噛ませ、鎮静作用のある煎じ薬を流し込んだ。喉元を過ぎたのを確認して顎を閉じ、木綿の布で口を塞いだ。暴れていた四肢の動きが鈍りだし、殺気立っていた表情がとろんと眠そうな眼つきになっていく。ぐったりとして身じろぎしなくなったのを確認し、ナースたちはファリスから離れた。
ミハネはファリスに駆け寄っていくと、だらんと力を無くしたファリスの手を握った。ファリスの眼が焦点を取り戻し、ミハネを捉える。
「あれ・・・ミハネがいる・・・」
「ファリス・・・私よ。ミハネよ。生きてるわ・・・私もヴェインも・・・」
「・・・無事だったんだな・・・」
「ドラゴンのイーヨもね・・・津波に呑まれそうだったんだけど、なんとか助かったわ」
二人は涙を浮かべた。積もる話はいくらでもあったが、話す前にナースに流れは遮られた。
「仲良しなのは分かったけど今は検温が先よ。ファリスさん、ご協力願えないかしら」
「え、あ、ここは・・・病院?」
「あなた長いこと意識不明で危険な状態だったのよ。これ、脇に挟んでちょうだい」
混乱しながらもファリスはナースの指示に従う。
「36.5度・・・問題ないわね。ミハネ、記入を。・・・ミハネ?」
ミハネはファリスのベッドに顔だけ伏せてスヤスヤと小さな寝息を立てて眠っていた。連日気が張っていたのがファリスが目覚めたことで一気に緩んでしまったのだろう。ナースたちは肩をすくめると、ミハネが抱きしめていたカルテをサッと抜き取って次の患者のところへと向かって行った。
ミハネが目覚めた頃には、既に数時間が経過していた。慌てて起き上がると、そこはもともとファリスが眠っていた場所だ。カーテンを開けて周りを見ても忙しそうに歩き回るナースの姿ばかりで、ファリスがいない。驚いてナースに聞くと、
「ファリスならランデムが診察して問題ないと判断したため、別のテントへと移りました。貴方が目覚めたときに来るように言ってくれとランデム医師から言付けがあります。どうか行って指示を仰いでください」
そう、ナースは淡々と伝えるのだった。
「すまなかった、ミハネ。今回の君の症状は過労からくるものだろう。慣れない所で無茶をさせてしまって申し訳ない。君はバリーから話を聞いて来てくれたんだったな」
「はい。薬草を持っていくようにと」
「ということは、医療補助は今回の仕事内容には含まれてないわけだ。色々と手伝ってくれて助かった。最後に一つだけ頼みたいのだが、良いだろうか」
「はい、大丈夫です。何でしょうか?」
「今回君から受け取った薬草が予想以上に患者に良く効いたのでな。薬草の発送を頼みたい。君の出発するタイミングで良いのでニダヴェルに帰ったら、ミズガルと往復しているドラゴンライダーに薬草を渡してくれないか」
「わかりました。今夜夜行便で出発することにします。その前に、もう少しだけファリスと話がしたいのですが、よろしいでしょうか」
「ああ、君の仕事はこれで終了としよう。君の今までの働きと必要な薬草を記した手紙を渡そう。働きを記したほうがバリーに、薬草を記したほうは薬草を運ぶライダーに渡してくれ」
「わかりました。今までお世話になりました」
ミハネは一礼すると、ファリスを探しに向かうのだった。
アリーはキールの担当するテントへと収容されていた。ランデムの見立てでは問題ないとされたが、覚醒時の暴れっぷりや記憶の曖昧さが少しあるため、様子を診るために精神的な傷を負った人たちと同じところで癒すことが必要だと認識されたためだった。ミハネはキールに仕事の終了を伝えると、彼はお疲れさまと労ってくれた。
「色々と慣れない所でこき使われて大変だったでしょ。お疲れ様。君がいてくれて本当に助かったよ。いつもはもっとずっとピリピリした空気になるんだけど、たとえ経験がなくても一生懸命頑張ってる子がいるだけでちょっとみんな機械から人に戻るんだよね」
その言葉だけで、ほんの少し報われたような気持ちになった。
「あ、ありがとうございます・・・・。そうだ、ファリスがここにいるって聞いたんですけど、どこに・・・?」
「ああ、あの子ね。ここに運ばれてから何も食べてないから、食事をしに向かったよ。あの離れの調理場に」
「・・・行ってみます。」
調理場に行くと、ファリスは夢中でスープとパンを貪っていた。余った食べ物は廃棄処分となるため、食べてもらえるのは有難いが、片づけをしているほかの医療チームの人たちもさすがに苦笑している。
ミハネが声を掛けると、ファリスはもぐもぐと口を動かしながら目を輝かせた。器ギリギリに盛られているスープを一気に喉から流し込むと、一息ついてから話しかけてきた。
「いやー私ずっと寝てたみたいでさ。なんだか食べても食べてもおなかがずっと空いてんだ。なんでだろうな?まぁいっか。ミハネ、あんたの話、聞かせてよ」
ミハネはあの時津波を被ってしまったことや、そこから記憶がないこと、ヴェインが言うには、自分がドラゴンを操作して森まで行き、故郷の大樹の下にある魔物の家まで行ったらしいということをファリスに伝えた。
「へぇー。やっぱ色々あったんだな」
「はい・・・。ファリスはどうして意識不明に?」
「・・・よくわからねぇんだけどさ、子供を助けて高台を上がってくるときに、水に捕まっちまって・・・」
ファリスは体に這い上がってきた水に顔を塞がれたことや、返せという声の事をミハネに伝えた。
「じゃあ、やっぱりあの石像は海から来た子供なんでしょうか?」
「多分・・・・。昔遊んだあの子がさ、眠っているときに言うんだよ。海へ帰る、私をかえしてって。石像とおんなじ顔で・・・。だから、そういうことだよな、きっと」
浮かない顔をしているファリスに、ミハネは一度ニダヴェルに戻ることを伝えた。それから、ラズダーザへ行きマリスに教わりながらダンジョンへと行くことも。
「終わらせましょう。悲しいこと全部」
ミハネの強い言葉に、ファリスはそうだな、と応えるのだった。




