支援
ミズガル国に支援物資を送るために、ミハネ達は一旦ニダヴェル国へと赴き、ヴォルヴの街へと帰ってきた。ミズガル国が大きな被害を受けたことは、ニヴル国を経由してバリーやリンデルの耳にも情報が入ってきていた。
「ヴェイン!ミハネ!!よく無事だったな」
バリーとリンデルは二人を乗せたイーヨが着陸するやいなや駆け寄ってきた。もう離すまいとするように抱きすくめられたとき、どんなにか安心しただろう。
「よかったわ・・・・まさか津波だなんて」
積もる話もあるだろうからと食事をするために教会へと集まると、ヴェインとミハネは簡単に今までのいきさつを話すことにした。
津波に呑まれそうだったのを間一髪のところで助かり、村にいる人たちともはぐれたのでひとまずケイオスの森へ行き、一晩明かしたこと。マリスに会う必要があってラズダーザに寄った後、ヴォルヴに帰ってきたということを二人に伝えた。もちろん、話がややこしくなるのでミハネの体が乗っ取られかけたことや魔物の住む家に泊めてもらったことは伏せておく。
「ケイオスの森だと?あの日は確か新月だったよな。ヴェイン、お前大丈夫か?体は何ともないか?」
「大げさだな。新月の日に森へ行ってはいけないという事は俺もちゃんと覚えていたさ。けれども、あのまま浜辺で右往左往していたらまた津波が来るかもしれないと思ってさ。苦渋の決断だよ」
自分でも意外なくらいすらすらと弁解の言葉が出るもんだなと感心していると、バリーは険しい顔でヴェインを一喝した。
「森を甘く見るな!!」
脳天から突き抜けるような迫力に、周りは一瞬しんと静まり返った。
「・・・やむを得ず新月の夜に森へ赴いたことが何度かある。おばばにはきつく言われていたが、お前のように”苦渋の決断”をしたんだよ。その時に居なくなった仲間は一人や二人ではない」
頼むからもう新月の夜には、森へ入ってくれるなと父に懇願され、軽口をたたいた自分を恥じたのだった。
話を終えると、次はミハネ達がバリーに村がどのような状態になっているのかを教えてもらう番だった。ヴェインたちは津波が起こった夜のうちにケイオスの森へと入って行ったので村の様子がどうなったか知らない。それをそのまま伝えると、バリーは深刻な表情でミズガル国の現状を教えてくれた。
現在ミズガル国では、怪我人や津波のショックで心の病を発症したものが少なからずいる。村は決して大きくはないが、老人と子供の人口が多い。逃げ遅れたためか、行方不明になっている人の数も少なくはないようだ。
津波から逃げおおせた人たちは、やっとのことで高台にある森の入り口付近まで避難できたのだが、津波は宿も家も屋台も、村の全てを飲み込んでしまい、きれいさっぱり海の藻屑へとしてしまったらしい。もっとも、何度も嵐の被害に遭っている国なので、家も宿も災害で壊されても良いように天然の素材を積み上げて補強し組み立てて作られている。それでも、村ごと全て持っていかれるような被害は今回が初めてだった。簡易的なテントや毛布などの物資や食料、飲み物の援助は率先してニヴル国が行っている。医療チームや救助隊も準備を整えているそうだ。それでも、砂浜周辺に流れ着いたごみや岩の撤去などで必要な人手が足りない。すぐに守衛団の面々も駆り出されることになるだろう。バリーはヴェインにその時の為に準備だけはしておけと伝え、ミハネには役に立ちそうな薬草を用意していて欲しいと伝えた。
二人は各自でそれぞれの準備に取り掛かる。
二日後、バリーが言っていた通りミズガル国より要請があり、守衛団の人々は次々とドラゴンに乗って現地に派遣されていった。そこにはバリーとヴェインの姿もあった。
ミハネもストックして置いてある薬草をいくつか調合し、軟膏や煎じ薬、丸薬づくりなど、使いやすい形に加工して持っていくことにした。大半は服用することで体の調子を整えられるものだ。その他にも痛み止めや麻酔に使えるもの、外傷に効果のあるものや気持ちをリラックスさせる効果のあるものもいくつかピックアップした。薬草は現地の医療チームで使用されることになるが、見立てや使用法など細かい部分にはいくつか注意点がある。その説明をするために現地へ赴きたいというミハネの願望と必要だろうというバリーの決断によって、守衛団を通じてミハネも現地へと飛び立つこととなった。次々にドラゴンで出発していく守衛団に事情を話し、同乗させてもらう。ニダヴェル国経路でミズガル国に直接赴く場合、ムスペル国経由で行くときよりも長時間ドラゴンに乗っていなければならない。今回乗せてくれた守衛団のドラゴンライダーのケラスは、ケイオスの森にも詳しい様子で地肌の見えている大樹の入り組んでいない場所を見つけ出すと、こまめにドラゴンを休ませながらミズガル国へと向かった。ミズガル国付近で吹き荒れる変則的な風も乗り躱しつつ、かつて村の在った場所で着地してくれた。
陽が翳りだし、じきに夕刻が近づいて来ようとしていた。海は何事もなかったかのように澄ましたように凪いでいる。だが、水は濁り、打ち上げられた木片や海藻や不揃いな石の数々が美しい砂浜を荒らしていた。かつての美しい様相は嘘みたいに消え、にぎやかな村の営みやささやかな人々の暮らしも、すべては夢か幻だったかのように変わり果てていた。
「俺はここでほかの守衛団の奴らと合流する。君は村の奥のほうにある森のふもとで、村人たちを介抱してあげてくれないか」
「わかりました。ここまで運んでくださり、ありがとうございます!」
ミハネは張り切って村跡を足早に駆けて行った。
果樹園のある辺りでは、白い帆布の張られたテントが幾つも建てられており、その下で避難者は保護されることとなった。テント一つに収まる人の数は限られている為、家族や旅行者など、縁のある者達で分けられてテントが振り分けられる。けが人や心に傷を負った者達は別の場所に隔離され、そこで適切な治療を受けられる。ミハネがまず案内されたのは、怪我人を見ている医療チームの人たちの集まっている場所だった。白衣を身に着けた人たちが人々の様子を問診しながらカルテに記入していく。怪我をした箇所を綺麗な水で洗い流し、包帯を巻いたり、泣いている小さな子供にずっと付きっ切りでいる人もいた。
どこも慌ただしく、必要な物資が足りないと声が飛び交っている。
その中でひときわ冷静な視線で周りを見ながら、的確な指示を出している総白髪のふくよかな老人が医療チームのリーダー、ランデムだ。ミハネが来たことに感謝をし、手短に何を持ってきたか、何ができるかを聞いてきた。
「薬草と、薬草を加工したものをいくつか持ってきました」
「そうか。私が欲しいのは麻酔や痛みを抑える効果のある薬草なのだが、それはあるかい?」
「それにはチドの草とベラドの草が効果的です。麻酔にはこちらの加工した丸薬を三粒ほど、こちらの軟膏は外傷の治療痕に塗ると炎症や痛みを押えます」
「ありがとう。僕のところはこれだけあればとても助かる。胃痛や腹痛に効くものは?」
「それでしたら、ラリセ草とパロの葉がいいです。せんじ薬があるので使ってください」
「ふむ。おーい、アリー!君の欲しがっていた薬だ!リラックス効果のあるものは?」
「それならペパミンとカーミ草が。カーミ草は夜は飲んじゃダメなんですが」
「キース!リラックスする薬だ!!」
しばらくするとバタバタと慌ただしく人が走ってランデムの元へやってきた。黒髪長身の女性がアリーで、金髪やせ型の男性がキールというらしかった。
「薬草屋のミハネだよ。ニダヴェルの。僕らはニヴルの医療チームだが良く効く薬草だと評判は聞いている。今から薬草の使い方を説明してもらうから、よく聞いて薬を使用しろ。そして薬草の事で分からないことは彼女に聞くように!」
ランデムが言い終わると二人は威勢よく返事をし、ミハネに指示を仰いだ。まるで野戦病院のようだと雰囲気にピリピリしながらも、成るべくテキパキとわかりやすく伝わるように薬草の事を二人に伝えるのだった。
この日は結局テントの中で夜が更けるまで、怪我人の様子を見ながら水を飲ませたり包帯を替えたりと慌ただしく動くことになった。必要な治療や手当が済み、人々が安らかな寝息を立てる頃、医療チームの人々もようやく一息ついていた。簡易に作られた丸椅子で円を作り、皆で囲んで座る。
ミハネが調合したリラックス効果のあるお茶をみんなで飲みながら、改めて自己紹介を始めた。
「何も知らされずに来たんだって?いきなりでびっくりしただろう。けれども人を本当に救おうとするには一刻の猶予も許されない。何もかもを惜しめない、すべてを出さなければならない瞬間というものがある。今日は本当に助かったよ。改めて言うが、私は医療チームのリーダーをしているランデムという」
「よろしくお願いします。私はミハネです。私はとにかく役に立ちそうな薬草を持って来て欲しいとだけ聞いていたので、出来るだけ使いやすくしてから来たのですが、他の人たちもケガや病気は大丈夫そうですか?」
その質問をアリーが受け取る。
「そうねぇ、思ったよりも重篤な人が居なくて良かったわ。空気や水が綺麗だから中毒症状や病気もないし。ストレスからくる胃腸やお腹の痛みを訴える人はいるんだけどね。だから薬草を持って来てくれてとても助かったわ。私はアリーよ」
「こっちは津波のショックがかなり大きかったみたい。村も流されたし海も荒れてしまって落ち込みが激しいな。住んでいる場所や毎日見ている場所ってさ、知らないうちに大きな拠り所になっていたりするからね。僕も薬草を活用させてもらうよ。お茶もとても美味しいし、穏やかな気持ちを取り戻してほしいから。あ、僕はキールね。よろしく」
「短い間ですが、よろしくお願いいたします」
「遠くから来てすぐに色々手伝わせてすまなかったな。もう夜更けになる。今日はもうお休み」
ランデムからそう言われ、ミハネは皆よりも一足先に眠りにつくことにした。医療チーム用のキャンプにはアリーに連れて行ってもらう。金属でできた軽くて折りたたみ式の簡易ベッドに白いシーツが敷かれている。ベッドの足元には毛布が一枚畳まれて置いてあった。ミハネはお礼を言ってベッドで横になった。固くて冷たい寝心地だが、地面に直で眠るよりはましだろう。それにもう既に睡魔が襲ってきていた。明日はもう少し時間に余裕はできるだろうか。職務に当たっている間は考えていられなかったが、今になってファリスのことが気に掛かって仕方がない。ファリスは無事だろうか。
今日よりも明日は忙しくならないようにと祈りながら、ミハネは眠りにつくのだった。




