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誕生・森にまつわる別れと出会い

 すみません、不慣れなもので後からミハネの姿がどのようなものか書いていないことに気づき、修正しました。

 子守唄が聴こえてくる。


優しく赤ん坊をあやすように、小さく囁きかけてくる。

でもその声は、ミハネの知っている母親の声ではなかった。


――誰?


うっすらと目が開く。ぼんやりとした視界の中に女性らしき人物がゆっくりとした動作で近づいてきた。

貴方は誰?と口を動かそうとするが、うう、ぁーあ、としか発せない。

驚いて体を動かそうとする。体が何か温かいものに包まれていて、身動きが取れない。


女性はおくるみをはだけさせ、ミハネの手をきゅっと優しくつまんでみせた。


「どうしたの?おなかすいたの?それともおむつかしら」


このぬくもりをミハネは知っている。家族にかける愛情というものだ。

優しくかけられた声で、ミハネは何となく自分が赤ん坊になっていて、相手の女性は母親らしいことがわかってきた。つままれた手の先もなかなか見ることができないが、とても小さいということも分かった。


私は生まれ変わったのかな。


今度は、自由に体を動かせるといいな・・・。


優しい手に頬を撫でられ、ミハネはまた、微睡へと落ちて行った。



 時間が経つにつれ、ミハネは自分が転生したこと、場所が貧しい農村の端にある掘立小屋であるという事、父親がいないことなどがわかってきた。この村には、ミハネと同じくらいの子供はいなかった。数年前までは子供のいる家庭もあったらしいが、新しい働き口を求めて皆村を捨てたらしい。いるのは老人と病人、そして、何か理由の在りそうな独り身の者のみだった。


 村の人たちから、ミハネら親子はとても似ているとよく言われた。

体型が目立たないような簡素なブラウスとロングスカートを身にまとっていたが、すっと伸びた姿勢に女性らしいふくらみを持ち、柔らかで量の多いヘーゼルの髪をみつあみに結わえ、淡いグリーンの目をした母の容貌は遠目でも絵になった。派手さはないものの、佇まいの美しさが自然ばかりの村の風景に合っていた。ミハネは同じ色の髪を結ってもらうのがとても好きだった。街へ出稼ぎに出て、帰ってきた村人が気まぐれにくれた、目の色と同じ淡いグリーンのリボンを、母は決まって結い終わった髪の先に飾ってくれたものだ。


 ミハネの母親は、繁忙期の田畑の手伝いや他家の家事仕事などをして、なんとか食い扶持を稼いでいた。時にどこかからの郵便物を待っている様子もあったが、あまり期待しないようにしていた。

ミハネは、貧乏や日々空腹でいることをあまり気にしてはいなかった。

まず村人全員が貧乏であったため、皆、それでも何とか分け合って生きていこうとしていたし、前世でも固形物があまり食べられず、チューブで流し込まれるかかなり厳しい食事制限があったため、あまり楽しい記憶がないからだ。


 それよりも彼女は、体が動かせることが嬉しくて仕方がなかった。

彼女が三つの時に初めて自分で家の外に出て、見上げた空の大きさにくらくらしたものだった。

五つになると彼女は進んで母親の手伝いをするようになった。前世で家族に何もしてやれなかった自分を悔いていたのもあるが、母親が何をしているのか気になったし、彼女は何でも知りたがった。

 


 六歳になったばかりの冬の寒い日の夜に彼女は初めて母親に連れられて森のふもとへと訪れた。

大人の背丈の倍以上ある大樹が立ち並び、ぽっかり空いた入り口の奥には闇が広がっていた。その根が絡み折り重なる様は、どこか恐ろしい場所へと連れていかれそうな怖さがあった。


「ママ、本当に行くの?」


「ええ、もう食べ物がないのですもの」


「・・・でももうこんなにも暗いし、明日の朝にしようよ」


「ミハネ、満月の夜にはね、妖精のご加護で沢山食べ物を分けてくださるの。だから今夜中に行かなくては」


「・・・本当だ。綺麗・・・」


 月明かりのおかげで、道程はスムーズだった。


 普段は森へは近づかないよう、固く言い渡されていた。

母だけではなく、村人全員が互いにそう言い含めるようにして、森に近づかせないようにしていた。

だからこそ、月明かりに照らされ浮かび上がる母の横顔が、ぞっとするほど美しいと感じた。


「怖い?」


 母はミハネに向き直った。ミハネは素直に頷く。母は立ち止まりミハネを抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫だからね」


 そういうと、かすれた声で歌い始めた。赤ん坊の時によく聴いた子守唄だ。

そうだとわかると、にわかにこわばった心がほぐれ和らいだ。


 母は私を置き去りにするだろう。そう彼女は思っていた。

二人の家の中には、食料も暖炉の薪もほとんど残っていなかった。


「お母さん。私、ここで子守唄歌って待ってる。だから、沢山食べものを採ってきて」


 森の中でひときわ大きな木の下で、ミハネは母に伝えた。

母の顔は一瞬こわばり、その顔を伏せて優しい声を出した。


「そう・・・。じゃあ、ここでいい子にして待っていてね。すぐに戻るからね」


 そう言い残して、母親は森の奥深くへと足早に去っていき、すぐに闇に飲まれて消えた。

風にかき消されそうな透き通る声で、ミハネは母の消えた方向に、いつまでも歌い続けていた。


 風に細雪が混じり始めた。か細く小さな歌声もいよいよ途切れ始めた。疲れと飢えと眠気のせいでふらふらとよろけてしまい、ついにミハネは地面に倒れこもうとしていた。


ぼふっ


・・・これは・・・枕・・・?


ミハネの体はもう一度乱暴に突き上げられ、再び枕へと落ち込んだ。

細かく柔らかな長毛が密集している枕をもふもふと撫でていると、ついに心身共に限界が来た。

彼女はそのまま動かなくなり意識を失った。



 どれほど時間が経ったのだろうか。ぱちぱちと小さく火の爆ぜる音と、誰かの話し声で目が覚める。

遠くに吹きすさぶ風音が聞こえるが、ここまで寒気は来ないようだ。

どうやらここは、がらんどうの古木をそのまま利用して作った小屋のようだった。

部屋は10平米ほどの広さがあり、その隅で毛皮のようなものをかぶせられて寝かされていた。

火が爆ぜているのは簡易的な暖炉で、石造りのしっかりしたものの中央に乾いた薪がくべられていた。

朦朧としたまま起き上がると、口の中にすさまじい苦みが広がりだした。


「げほっ」


慌てて吐き出す。口の中いっぱいに何かの草が詰め込まれていた。


「おいおい、何してんだ」


 声のほうを向くと、背の低い男がこちらに向かってくるところだった。


「勿体ねぇな、貴重な草なんだが」


 男は床に広がった草の残骸を乱暴に拾い集め、ミハネの口に押し込んだ。

再び吐き出そうとするミハネの口に金属のカップを付け、中の液体を流しこむ。


「動くんじゃねぇ、絶対吐き出すんじゃねえぞ。そう・・・よし、そのまま飲み干せ」


 涙目になりながらも彼女は指示に従うしかなかった。男の只者じゃない風貌も恐ろしかった。

彼は乾いた緑色の皮膚をしていた。尖った大きな耳をして、その耳にむかって口が裂けていた。男が喋るたびに、異様に尖った犬歯がちらつく。ミハネを捉えた大きな目は、ぎょろりと眼光鋭く睨みつけていた。


「あのう・・・・私を食べるんでしょうか・・・」


「あ?」


「だってあなた、ゴブリンさん、ですよね」


 ミハネは薄々気づいていた。日本ではない風景や景色、しかも少し時代を巻き戻したようなローカル感。まるでファンタジー映画の中にでも入りこんでしまったかのようだ。


「下味でもつけて丸焼きにする気ですか?」


「・・・いや、聞け・・・」


「病死の次は極貧の上モンスターに食べられて死ぬ人生だったとか、なんなんですかこれ!やっとこさ普通の人生が歩めるって本気で期待したんですよ私は!!家族に迷惑かけて、家族に捨てられて、どんだけ我慢すればいいんですか!やってらんないですよ全く!私が何をしたっていうんですか!!」


 この後もミハネの憤慨は続いた。ままならない体で一生を過ごした前世のことも、いい子にしようとして空回りして置き去りにされたことも、勢いに任せて全てぶちまけた。火の番をしながら、ゴブリンは静かにそれを聞いていた。


「・・・すみません。勢いに任せて怒鳴ってしまって」


「いや、意味は全くわかんねぇけど・・・それだけ喋れりゃ元気だなと」


「聞いてなかったんですか!?」


「あぁ、いや、まぁいいやめんどくせぇ。そうそう、お前に食わせた草だけどよ、あれ、解毒剤なんだわ」


「解毒?」


「あぁ、ヌシがお前を拾ってきたんだが、見たら食中毒を起こしてたみたいだからな」


「そうだったんですか・・・」


「ちなみに意識が戻って腸が動き出したらすごい勢いで下すから家の外の便所で出せるもん全部出してこいよ」


  直後に鳴り響くお腹の音に思わず血の気が引く。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いろんなことが起こりすぎてて何が何やら・・・」


 バン!と乱暴にドアが開く音がして、また何かが入ってきた。


「ねぇルーファスー!!女の子大丈夫なのー?」


 入ってきたのは青いブヨブヨした物体に目玉の付いた魔物だった。


「スライム・・・・!?やっぱり食べる気じゃないんですか!!」


「ロメロお前タイミング悪い時に入ってきたなぁおい・・・」


 腹痛に耐えながら家の外で用を足したミハネは、ゴブリンのルーファスが淹れたお茶を啜り、ようやく普段の落ち着きを取り戻すことができた。


「あの、ありがとうございます。命を助けていただいて・・・。色々あったのがようやくすっきりしました」


「まぁ、そいつは何よりだな」


「子供を捨てるなんてひどいよねっ。ここでゆっくりしていきなよ!」


 スライムのロメロはまだ憤慨している。どうやら悪い奴ではなさそうだ。ミハネはロメロの体をつんつんとつついた。透き通ったブルーの体はふよんふよんと揺らめいている。


「あの、母もやりたくてやったんじゃないと思います。生活が本当に苦しかったし、村の人たちだって農作物が育たなくて苦労していたし・・・」


「・・・まぁ悪さする奴ってのは、大抵理由があるんだよな。原因となる問題の根幹を解決しねぇとどうにもならねぇことばかりだしな」


 ルーファスがもっともらしいことを言ったが、ミハネの頭上には疑問符がまだ浮かんでいた。


「この世界のモンスターは人間を食べたり、悪さしたりしないんですか」


「まだそんなこと言ってるのー?僕たちは悪い魔物じゃないよっ」


ロメロがぷるぷると体をゆすっている。ミハネは波打つ彼のボディにそっと触れてみた。


「だって、村にはモンスターなんて出なかったし、貴方たちに会うまでその存在すら知らなかったです。お願いします。この世界のことを教えてください」


 ミハネは深く頭を下げた。二人の魔物は目配せをして、ぽつりぽつりと語りだした。


「・・・まぁ、俺らも世の中のすべてを知っているというわけじゃねえんだけどよ。この世界には大まかに分けると、魔物、人間、家畜を含む動物が存在する。中にはカテゴリー別にしづらい人と魔物との亜種だとか、ドラゴンだとかもいるな。生き物たちはこの世界に棲み分けをしてトラブルを回避しながら生活している。人間の領地には魔物は入れないし、魔物の領地に入った人間は基本的にどうなっても自己責任だ」


「それは、食べられてしまっても仕方がないという事でしょうか」


「いや、その可能性もなくはないんだが。魔物っていうのは基本的に瘴気という、汚染されたような澱んだ空気に好んで集まるんだ。その瘴気に侵された連中は誰かに危害を加えるという行為に依存しやすくなる。そのために魔物は瘴気を多分に含む場所に集落を造って滅多にそこを出ないようにしているか、魔物の王が統べる領域内で自由にしているんだな」


「ちなみに森をずっと北に抜けていくと魔王城だよー」


 ロメロはぽいんぽいんと飛び跳ねている。ミハネは思わずぽちゃぽちゃと彼を軽く叩いた。


「という事は、悪さをする魔物は瘴気を浴びているという事ですか?ルーファスやロメロは悪さをしなくても大丈夫なのは何故?」


「今言った生き物たちは皆目に見える存在だよな?この世界には”見えざる者”も存在する。そいつを見るためには色々と手段が必要らしいが。そのような存在が多く集う場所では、瘴気が来ないんだよ。この森が特別なのはその為だ。この森には、沢山の妖精や精霊と呼ばれるものがいるらしい。そいつらが森と手を組み、外の大陸とは違う生態系を形成しているそうだ。だからこの森には他にはない様々な効果のある草木も豊富にあるというわけだ。これは俺も親先祖から聞いた話だけどな。魔物の中にも、瘴気無耐性っつって、瘴気に耐えられない奴らが生まれてくることがある。そういう奴らはほかの魔物と同じ瘴気の中で群れることができない。俺やロメロがそうだ。俺らは瘴気にどっぷりつかった魔物の仲間からはぐれて生きるしかなかった、いわば”のけ者”なんだよ。」


 ルーファスの話を聞いて、ミハネは前世での暮らしを思い出した。人と同じことが全く出来なかった、病室から窓の外ばかり見て、外の世界にあこがれていたあの頃・・・。


「それは・・・辛くて寂しいですね」


「ちょっとミハネー!僕で遊ばないでよー」


 先ほどからちょっかいをかけているミハネにロメロが抗議しだした。


「ごめんなさい。ロメロってツルツルしていて触り心地が良いんです」


 ミハネはロメロを撫でながら不思議に思っていた。あの時雪の吹きすさぶ中倒れようとしたときに、

傍にいたのは”モフモフ”の者だったのだ。ロメロのようにツルツルではない。


「まぁそれに、妖精や精霊がいないにしても、森には”ヌシ”がいるからな」


「ヌシ?」


―—ガタン


 物音がしたために全員が振り返る。


「ラヴィが帰ってきた!!」


 ロメロが飛び跳ねていく。それにミハネが続いた。ロメロを手伝って、重い扉を思いっきり開く。


「お帰りー!」


「あ、あの初めまして!命を助けていただいてありがとうございます・・・」


お辞儀をして頭を上げると、真正面には誰も居ない。ミハネは視線をずっと下におろす。


 布づくりのリュックを背負った大人のイノシシ大のウサギが、鼻をひくひくと動かしていた。

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