晴れのステージ
晴れの日はとても楽しい。することが沢山あるから。海辺を駆け抜けながらファリスは思う。村が賑やかに活気づき、観光に来た旅行者も村人も一緒になって楽しみ、喜びを分かち合うのが好きだった。
中でもステージの上で曲に合わせて歌い、ダンスを披露するあの瞬間は最高だ。楽器が奏でる音楽が空気を震わせ、のびやかな声が風に乗り、いつしか高揚感と多幸感が一緒くたになって演者も表現者も観客も全てが一体化する。うまく言葉では言い表せないが、まるでこの瞬間の為に生きていると感じる。それをミハネ達に伝えたいと彼女は思っていた。あの二人といるのはなんだか楽しいな。そう感じるのはとても久しぶりだったのだ。
物心ついた頃から、ファリスはステージで歌ったり踊ったりすることが好きだった。本来であれば子供がステージに上がるのは窘められる事が多いのだが、顔立ちの綺麗な子供が躍ることを観光に来る客たちはとても喜んだ。美しい子供。誰もがファリスの事をそう褒めたたえた。だから彼女は、それをとても良いことだと思っていた。村でたった一人、ファリスを引き取り育てていたおばあだけが、首を横に振りながらお前はお前だとファリスに言い含めた。
「たかが面の皮一枚じゃないか。ファリス、良くお聞き。その容姿はあんたの母親そっくりだ。それは大切にするがいい。けれどもね、ただそれだけだ。決して自惚れなんて起こすんじゃないよ。よく気を引き締めておきなさい。あんたが成長するにつれて、美しいというのがどういうことか分かるようになってくるだろう。どんなことがあったとしても、あんたはあんたでさえあれば、それでいいんだよ。それはよく覚えておきなさい」
村には年寄りが多くいて、身寄りのないものを引き取って育てていた。中には亜人や魔術の素質のある者もいたが、そのような者達はすぐにこの国から出て行った。中には年が近くて仲良くなった子もいたが、皆両親に連れられてムスペルへ行くと言って去っていった。
「私たちがこの村で生きるには根性が足りないんだって。だから、ここには住めないってお父さんが話してたの。ファリスごめんね。もっと一緒に遊びたかったよ」
泣きながらそう言った友人は獣の耳を持つ子だった。火の玉を出して遊んでいた子もいつの間にかいなくなった。この村の老人たちはそのような者達をひどく嫌っていた。あんな人と違う輩はいつかこの村で迷惑行為をするに違いないと決めつけ、わざと重労働を課したりして嫌がらせをしては村から去るように仕向けていた。人と違う能力を持つ者たちを恐れていたのだろう。人間の弱さをよく知る村の人たちは、異形の者や魔術を使役する異端者などはいつか自分たちを滅ぼす気だと信じて耳を貸さなかった。
みんないい子だったのにと言いかけて、村人たちの恐ろしい顔を見て彼女は口をつぐんだのだった。
それでも村の老人たちのこともファリスは好きだったから、おばあの周りの家に遊びに行ってはおやつを食べたり、ご飯を食べさせてもらったりしたし、時に店の手伝いなども進んでやった。おばあの肩や腰を揉んでいた時に偶然ヒールを使えた時、他の魔術の素質のある者と同じく追い出されるのかと泣きそうになったが、おばあは機転を利かせてこの村にもたらされた奇跡だと周りに言うと、そんなものかと皆納得した。ファリスだけがなんだか釈然としなかった。
要するに、得体のしれない者は排除するが、自分たちに利益をもたらすものは手元に置いておきたいのだろう。と、大人になったファリスは思う。そして、美人であることがどういうことかも、とっくの昔にわかっていた。そのことを語りたくても、おばあは寿命で亡くなってしまっていた。
ここ十年の間、度重なる自然災害が原因で、以前と比べて客足は遠のき、天気が少しでも翳るだけで村は閑散とした空気が流れていた。準備していたのに直前で大雨が降り、ステージが中止になることも少なくなかった。
そして逆に増えたのが、態度の悪い客達だ。彼らは一見金払いがよく愛想が良かった。だが、酒が入ると性格が変わって罵詈雑言をまき散らす者や女の子にべたべた触ろうとする者が多かった。ファリスは昔からよく旅行客に一緒にお酒を飲もうと誘われることが多かった。彼女は未成年なので酒は飲まないが、チップをはずんでくれるので良く隣でジュースを飲んだ。異国情緒に富んだ見聞録は効いているだけで楽しかったし、この国しか知らず、学校にも行っていない彼女にとっては貴重な勉強となる時間でもあった。ほとんどの客はファリスに対して紳士的だったし、彼女もきちんとした敬語を使って話をしていた。
だが、年々おかしな客は増えて行った。酔うと体に触ろうとしたり、宿に連れ込もうと口説く人。ファリスは笑顔で接客するのがだんだん苦痛になってきた。そして、乱暴な口調で罵声を浴びせられ腕を掴まれ引っ張られたとき、ファリスはとっさに酒の入ったジョッキを掴んで顔面を殴打した。体中の血が逆流するかのような怒りに駆られ、彼女は震えが止まらなかった。村人は暴れる客を押さえつけながら怪我の処置を施した。
翌朝、客はそのことを覚えていないと言った。自分のしたことをファリスは誠心誠意謝ったが、覚えていないことだからとそそくさと彼は帰っていき、村人たちも酒の席だったから穏便に済ませられてよかったと彼女を宥めた。彼女一人が納得がいかないと感じた。ファリス自身は浴びせられた罵声も腕を引っ張られ嫌な思いをしたこともちゃんと覚えているのにだ。それすらこれ以上客足が遠のかないようにと、なかったこととして済まされてしまった。
ファリスはこの一件から、お酒のお供をするときは、笑顔と敬語を使うのを止めた。本音を言えば、お酒のお供をすることだって辞めたいのだ。けれども、せっかく金払いが良いのだから村の人たちが喜ぶならと渋々付き合っていた。
もしかしたら、と嫌な考えが頭をよぎるときもある。あのへんな客たちが、治安が悪いと吹聴してやしないだろうかと。人を見下すあの目で嫌な思いをしているのは、子供達だってそうだ。チップだとお札をわざと落として拾わせている人や子供だからと難癖をつけて嫌がらせをしている人を何度も見かけたことがある。ファリスが客に何か言おうとしても、周りの大人たちが止める。盗みをするのは悪いことだが、彼らの気が済まないという気持ちも本当はわかってしまう。この先の行く末を考えると、ファリスはとても気が重くなるのだった。
「そら、化粧が済んだよ。いつまでも眉間にしわ寄せてないで。美人が台無しじゃないか」
舞台衣装とメイクを手掛けているフフミンが笑う。はっと我に帰り、鏡を見た。肌の白さが際立つパールの入った薄紫のシャドウとペールピンクのチーク、紅い口紅。
「あんたに色々押し付けてしまっているのはわかっているんだ。皆、どうしようもない奴らばかりさ。けど、皆あんたとは違うやり方で足掻いている。未来が良い方向へと向かうようにね。だから、今は笑って。楽しんできな」
長い付き合いの彼女には色んなことを話しているから、難しい顔をしているとすぐにこうやって慰めてくれる。わかってくれているなぁと感謝する。ファリスは自分の心の中のモヤモヤが段々晴れてくるのを感じていた。
楽器奏者が打楽器と弦楽器のチューニングを施している。その音が聴こえてくるだけで頭から足まで全身がリズムを刻みだす。鼻歌交じりに曲に参加して、ファリスはもう踊りだしたくてたまらなくなる。この国で一番のご機嫌な歌。それは、まっすぐに肚に響いて心を震わせる、命の根源を表すものだ。
舞台袖にはミハネとヴェインが見に来ていた。ヴェインはボーっと立っていたが、ミハネはファリスに一生懸命両手を振っている。その様子を見て思わず笑ってしまった。
ファリスの歌声はとても軽いウィスパーボイスで、弦楽器や打楽器に溶け込むようにして独特のハーモニーを奏でていた。歌いながらゆらゆらと揺れてリズムをとる様子も、手や足をくねらせて独特の踊りを踊るのも、自然との調和がテーマになっているようだ。気が付けば皆ステージに上がってゆらゆらと踊っている。ミハネもつられてゆらゆら揺れながらステージに上がっていった。ヴェインはその様子をぼんやりと眺めていた。こういった祭りが嫌いなわけではない。ただ、こういう皆で同じことをするというものにいまいち乗り切れずにぼんやりとしてしまう。ただ、皆が心から楽しんでいるのはわかったし、それがとても大切なことであるという事も理解はしているつもりだ。ステージ上でミハネもファリスも泣きそうになったり笑ったり、忙しそうだった。ヴェインはそれを見て、拍手でエールを送るのだった。
ステージが終わってもファリスにはまだ片付けや用事があるというので、二人はまた部屋に戻ってきた。ミハネは文章を作成していたし、ヴェインはトレーニングを始めることにした。
夕方ごろに再びファリスに釣りに誘われた。夕釣りは朝とは違った獲物が釣れるという。
「今朝食べた量が多すぎたみたいだからな。今回は少し軽めに行くぞ」
そういうと、ファリスは砂地に薪を組み立て始めた。隣には一抱えあるくらいの船の形をした木の模型がある。中にはこぶし大の蝋燭がしっかりとくっついていた。
薪が組まれるとファリスは火打石で種火を作る。厚手の革の手袋をはめ、火打石に燃えやすい藁を乗せ、火打金を叩きつけると、散った火花で藁に赤い火種が出来る。それに麻紐を巻いてゆっくりと息を吹きかけると勢いよく燃え、火種が完成する。それを巻きの中の炭に乗せ、ゆっくりと育てていく。やがて炭が赤くなると、細かい木くずを載せていき、どんどん火の勢いを大きくしていった。焚火が安定してくると、木の枝を突っ込んで火を取り、蝋燭の芯に移した。
蝋燭の火が灯る船の模型を紐の付いた状態で海に離し、沖に出るのを待った。陽はもう沈み切り、爪のように細い月が星と共に浮かんでいた。
「不思議なもんだが、夜の海には光に惹かれてやってくる奴がいるんだよ。それを今回は狙う」
朝と同様に細長い竿だ。ヒュッと空を切ったかと思うと、ぽちゃんと小さく水の跳ねる音がした。しばらくすると反応があったらしく、ファリスは竿を立てて糸を手繰り寄せる。捕まえた獲物をバケツに入れると、また船に向かって釣り糸を投げる。何回かその動作を繰り返すと、木の船を引き寄せて焚火のほうへ戻ってきた。
「捕まえてきたぞ。森やニダヴェルに住んでいたらまずお目にかかることのない奴だ」
バケツの中身をひょいとみたヴェインが眉間にしわを寄せて引いている。
「何だこれ・・・」
「イカ!イカですね」
「そんな名前もあるのか?私たちは十ツ足と呼んでいる」
イカ、および十ツ足はバケツの中で足を延ばしてうねうねと動いている。半透明のそれを見て、慣れないヴェインは気持ち悪そうにしていた。
「海の魔物だろう?美味しいわけないじゃねえかこんなの・・・」
「初めて見る奴らは大体そう言う」
ファリスは小枝の中から手ごろなものをいくつか取り出すと、ナイフで先を削ってとがらせる。
「けれども多く食べるのも大体そういう奴だ」
ファリスは十ツ足の頭に器用に枝を刺すと、そのまま焚火の砂地に刺していく。十ツ足はじりじりと焼き色を付け始め、いい匂いが漂い始めた。
「ほら、すごくいい匂いがしていますよ!きっと十ツ足って美味しいですよ。私も食べたことないですけど、楽しみです」
ミハネは興奮していつもよりもテンションがおかしい。いや、この国に来てからずっとおかしいなそう言えば。ヴェインは呆れるのを通り越して、半ばあきらめの境地にいた。
ガラスのピッチャーに入ったフルーツジュースをグラスに注ぐと、ファリスは二人に手渡した。村で採れる果物をミックスして絞ったものだ。適度な酸味とまろやかな甘さが疲れた体にじんわりと沁みていく。ファリスは二人にお礼を言った。
「今日は来てくれてありがとな。すげえ盛り上がったしみんな楽しんでた」
「私も楽しかったです。ファリスさんの声が自然に溶けて気持ちがよくて。なんだかぽろぽろ涙が出ました。すごく、凄くきれいでした」
そう言ったミハネの瞳も潤んでいた。
「俺も、凄くいいと思った。すごく楽しそうに歌ったり踊ったり、俺自身はああいうのの輪に入っていくのが苦手で、出来なかったんだけど、悪くなかったよ」
「ふふ。改まって言われるとなんだか照れるな。はじめに歌った曲が一番大好きな曲なんだ・・・。もう何年も同じ演奏で歌ったり踊ったりしている」
ぽつり、ぽつりと会話は続き、燃える炎を囲みながら、互いの身の上の話を語りつくした。ファリスは親のいないということ、ミハネは親に捨てられたという事。互いの共通項を知ると、二人の仲は一層近づいたみたいだった。
焼きあがった十ツ足は頭から足の先まで旨味が詰まっていて美味しかった。三人はハフハフ言いながら堪能した。
笑いながら過去話を楽しむ女子二人を目前に自分の身の上話をするきっかけを失ってしまい、ヴェインは焼けた十ツ足を黙々と口に運んだ。父との確執や家族のことを言いたい気持ちもあるにはあったが、今はタイミングが良くないんだろう。またいつかその時期が来るのであれば、その時は俺も伝えてみよう。口には出さないが彼はそう考えていた。そして女子二人が笑って話すのを見守っているのも、案外悪くはないもんだとも思っていた。




